さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 スオメンリンナ島 その2

2015年08月08日 | 海外旅行
フィンランドがスウェーデンの支配下にあった1748年に、ロシアに対する守りをかためるため、スオメンリンナ島に要塞が築かれました。フィンランド戦争中の1808年5月3日に要塞はロシア軍に占領され、1809年のロシア軍によるフィンランド占領の足がかりとなりました。また、1855年のクリミア戦争のときには、イギリス海軍とフランス海軍による艦隊の艦砲射撃で損害を被りました。

スオメンリンナ島は、現在では、世界遺産に認定されるとともに、ヘルシンキ市民の憩いの場になっています。



橋を渡ると、堅牢な壁が続いています。



内部には、狭い門をくぐる必要があります。



門の脇に置かれた世界遺産のプレート。



ゲートを抜けた先の広場には、スオメンリンナ島の要塞化の功労者であるエーレンスヴァルドの墓があります。



時間も早いため人も少なく、ネコがのんびり散歩していました。



ため池も設けられていました。



前方の丘の上に、大砲が見えてきました。



海を見ながらの気持ちの良い歩きになりました。





海に向かって、大砲が並んでいます。



振り向くとヘルシンキの市街地も見えていました。



ズームアップすると、ヘルシンキ大聖堂も。



砲座や弾薬庫も多く設けられていました。



地上を歩いているだけでは判り難いですが、スオメンリンナは星型要塞として築かれています。スオメンリンナは、スオミの城塞という意味で、フィンランドの独立に合わせて改名されました。



海上には小さな島が点在し、航路も限られて、防御の役にたっていたのでしょう。





沖には、ヘルシンキとタリンを結ぶフェリーが見えていました。



道を引き返していくと、南の島への橋のたもとの桟橋に市営のフェリーが到着していました。子供の団体が降りてきて、急に賑やかになってきました。



北の島はホテルになっているようです。乗客を満載したフェリーが到着したので、そのフェリーで引き返すことにしました。朝の静かな時間にスオメンリンナ島を散策できたので満足でした。



大きなフェリーが入港するところでしたが、これはストックホルムとヘルシンキを結ぶシリアラインのようです。



スオメンリンナ行きのフェリーとすれ違いました。満杯状態のようです。



マーケット広場の桟橋に戻ってきました。



前日とうってかわった青空が広がったおかげで、スオメンリンナへのミニ・クルーズを楽しむことができました。
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