さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ダブリン

2018年07月11日 | 海外旅行
30年ほど前に出張でダブリンを訪れました。当時は、成田からロンドンへのフライトも時間がかかりましたが、さらにロンドンから再度飛行機に乗り換えてダブリンに向かう必要がありました。

ロンドンからダブリンへは、アイルランドのフラッグシップであったエアリンガスを使いました。格安航空会社の出現前のことで、機内サービスも良く、1時間弱のフライトでしたが、軽食が出ました。成田を出発してから4回目の食事となり、そんなに食べられないという記憶だけが残っています。

エアリンガスのマークは、アイルランドの象徴とされるシャムロック(クローバー)で、ナショナルカラーの緑に塗られています。



ダブリンにやってきたのは良いのですが、この訪問時には地球の歩き方「アイルランド」は出版されておらず、現地の観光協会で手に入れた資料を頼りの歩きになりました。



幸い予約したホテルも街の中心地に近く、歩き回ることができました。



ダブリンは、アイルランドの首都ですが、イギリスの地方都市といった感じです。





歩行者専用道路になっていて、ゆっくりと歩くことができました。



7月初めの訪問でしたが、気温が低く、まず最初にセーターを買うことになりました。アイルランドでは、アラン島の漁民用セーターであるアランセーターが有名で、専門店も幾つかありました。ただ、アランセーターは土産に買いましたが、厚手過ぎてサマーセーターには不向きで、別の薄手のものを買いました。



旧市街地の中心地は、リフィ川に沿って広がっています。



オコンネル・ストリートの入口には、オコンネル像が置かれています。



オコンネルは、19世紀前半の連合王国統治下で活動したアイルランド人政治家で、カトリック教徒解放運動の指導者として活躍しました。



ダブリン城。

ダブリン城は、1204年にジョン王によって建てられて以来、7世紀にわたってイギリス支配のシンボルになっていました。

ダブリン城の庭にあった「黒い水たまり Dubh linn」が、ダブリンの語源になったと言われています。



当時の姿を残すノルマン・タワーが印象的です。



ダブリン城の附属施設のベッドフォード・タワー。





クライスト・チャーチ大聖堂。アイルランド教会のダブリンとグレンダーロッホ教区の主教会です。

1038年にデーン人によって木造の教会が建てられた後、1172年に石造りの教会に建て替えられました。



ダブリンの街の各所からこの教会の塔を眺めることができます。





聖パトリック大聖堂。

1191年に建てられた、アイルランド最大の教会。

「ガリバー旅行記」を書いたスウィフトは、ダブリンに生まれ、聖パトリック大聖堂の司祭長を務め、お墓も大聖堂内に置かれています。



トリニティー・カレッジの正門。

トリニティー・カレッジは、1592年にアイルランド女王でもあったエリザベス1世の勅令により創立されました。正式名称は「ダブリンにおけるエリザベス女王の神聖にして分割されざる三位一体大学」。オックスフォード大学やケンブリッジ大学と並んで、英語圏最古の7大学の一つです。卒業生としては、文学者分野だけでも、ジョナサン・スウィフト(ガリバー旅行記)、ブラム・ストーカー(ドラキュラ)、オスカー・ワイルド(ドリアン・グレイの肖像、幸福な王子)、サミュエル・ベケット(ゴドーを待ちながら)など大勢がいますね。ただ、アイルランドの作家としてまず思い浮かぶジェイムズ・ジョイスは、「ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン」を卒業していました。



トリニティー・カレッジの中庭の鐘楼。



左の建物は、「ケルズの書」で有名なトリニティカレッジ図書館。



フォー・コーツ。

アイルランド最高法廷で、1796年から1802年にかけて建築されました。



セント・スティーブンス・グリーン。

アイルランドの首都ダブリンの中心部にある公園で、私有の庭園でしたが、ビール醸造会社ギネスの創業者の孫、アーサー=ギネス卿が議会に働きかけ、1877年に市民のための公園になりました。



トリニティー・カレッジで行われたウェルカムパーティーでは、バグパイプがお出迎え。



地下のホールでは、ケルト音楽の演奏が行われました。
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