語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】「イスラム国」は今後どうなるか ~イスラム国との「新・戦争論」(1)~

2015年02月22日 | ●佐藤優
(1)安部総理の対応に問題はなかったか
 (a)後藤健二さんらの人質事件について、安倍政権に積極的なミスはない。どの政権も今回と同じ対応しかとれなかっただろう。特に「イスラム国」が公表した後藤さんらの画像の分析について、官邸は自信を持っていて、信憑性に問題がないことなど、的確に判断していた。発生当時安部総理が中東歴訪中でイスラエルにいたことを考えれば、イスラエルにインテリジェンス協力を頼んだのではないか。
 (b)外務省が今回の事件が起きることを読めなかったとしても仕方ない。というのも、1月7日にフランスで起きた連続銃撃テロ事件で局面が大きく変わったからだ。この事件をもって、「イスラム国」は戦争を始めた。この認識は、日本に限らず世界中で弱かった。
 (c)1月8日のロイター通信が、アンドリュー・パーカー・イギリス情報局保安部(MI5)長官がフランスのテロ事件を受けて記者会見した、と伝えた。そもそも、彼が会見すること自体が異例なのだが、イギリスでも同様の事件が起きる可能性を指摘し、「シリアのアルカイダ系グループが、西側に対する無差別的攻撃を計画している」と発言した。これは、今回のテロがフランス特有の問題やムハンマドのカリカチュア画を書いたから引き起こされたわけではなく、実は戦争が始まっていて、彼らは世界中で標的を探しているから警戒するように、という意味合いがあった。世界のインテリジェンス・コミュニティに対する、かなりはっきりした声明だった。
 (c)今回の事件では、日本の世論やマスコミは二つの「疑似問題」【注】に振り回された。
   ①2億ドルの身代金・・・・銀行振込というわけにはいかない。現金での受け渡しだと、100ドル札なら、百貨店の紙袋に400袋になる。密かに受け渡すのは不可能だ。金塊だと4.5トンになる。そもそもできない要求を日本に突きつけたのだ。
   ②サジダ・リシャウィ死刑囚の釈放・・・・2005年の自爆テロ実行犯で、一連の事件で約60人が死亡している。「イスラム国」の前身「イラクのアルカイダ」の指導者、ザルカウィの側近の親族だという。
  ①、②は要するに、「イスラム国」は最初から無理な要求をすることで、日本国内を分断し、さらには日本とヨルダンを分断したかったのだ。また、世界に「イスラム国の行動は阻止できない」という無力感を抱かせたい。彼らは考え抜いた上で、極めて目的合理性に基づいて行動している。
 (d)「イスラム国」は、ヨーロッパの中堅国程度のインテリジェンス能力を持っている。<例>後藤さんが湯川さんの遺体の写真を持った画像を流したのは1月24日23時過ぎ。27日に後藤さんの画像が流されたのも23時過ぎ。この時間を選んだのは、日本の新聞の締め切り時間を意識した上で、紙面で最大限大きく扱われるように考えた結果だろう。20日に公表された最初の動画も、安倍首相のイスラエルでの会見の数時間前にYou Tubeに投稿されている。つまり、会見日程も把握している。すると、日本のメディア事情に通じた協力者がいると見たほうがいい。

 【注】「ウサギの角の先は尖っているか、それとも丸いか」といった、そもそも解答が存在しない問題。ウサギに角はないので議論しても答えようがない。

(2)後藤健二さんのキリスト教的博愛精神
 (a)後藤さんは、日本基督教団に属するクリスチャン。ネットメディア「クリスチャントゥデイ」に掲載された記事を読むと、しっかりした信仰を持った人であることがわかる。その記事に書かれていることは、喩えるなら、99匹の羊を残してでも1匹の迷える羊を探しに行かないといけないという感覚が強い。
 (b)クリスチャンである後藤さんには、イスラム教徒も同じ「神」を信じている、という思いがあったのではないか。それまでの経験も踏まえて、自分なら「イスラム国」の活動家とも共通の言葉を見出せるのではないか、と考えていたのではないか。
 (c)2004年のイラクにおける人質事件では「自己責任」論が出たが、今回はネットで一部出たものの、大勢では出てない。後藤さんは、万一のとき自己責任論が出てくることを前提に、シリアで「イスラム国」支配下地域に入る直前に「自己責任で行く」旨を画像に残している。流石だ。逆説的に、自己責任論を封じるのに最善の手段だ。
 (d)今後、紛争地域の取材も変わってくる。今回の事件では、ジャーナリストが現地に入っても拘束されて放送できない。通信手段を没収され、何も発信できない。これでは、ハイリスク・ノーリターンだ。今回の事件では、ウェブを見ることでしか「イスラム国」の情報を得る手段がない。この「ウェビント(ウェブ・インテリジェンス)が、今回の事件で出てきたポイントだ。

(3)「イスラム国」が旧ソ連化する悪夢
 (a)これまでの過激派組織との違い・・・・<例>「アルカイダ」が主敵を米国やイスラエルなどの外部に置いたのに対し、「イスラム国」は、シーア派を殲滅しなければイスラム革命はできないという「内ゲバ」の論理を持っている。これに魅力を感じる人も少なくないらしい。800万人の住民を暴力だけで統治しているわけではない。
 (b)シリアにもキリスト教徒が10%もいる。アサド現政権の基盤となっているアラウィ派は12%だから、キリスト教徒の比率は少なくない。
 (c)アブ・バクル・アル=バグダディのバグダディはバグダッド出身という意味。「イスラム国」は、「イラクのアルカイダ」を母体としている。だから、宗教、出身地、部族のアイデンティティが重要なのだ。バグダディが「カリフ」という預言者ムハンマドの後継者を自称していることは重要だ。インパクトはあるが、みなが従っているわけではない。「イスラム国」のような集合体では、バグダディの機能を果たす人は次から次へと出てくる。
 (d)「イスラム国」の最初のカリフはアブ・オマル・アル=バグダディだった。その後任がアブ・バクル・アル=バグダディだ。彼らは、「あ、やっぱりカルフだったのか」と思わせるために、さまざまな情報を自分たちにちりばめている。だから、彼らはムハンマドと同じく由緒正しい「クライシュ族」であることも強調している。
 (e)最大限の要求は、地球全体を彼らの帝国にすることだ。多くの人は、圧倒的多数のムスリムは平和愛好的で、過激なのはごく一部だけだという。しかし、なぜこんなに過激な人が出てくるのか。仏教でもキリスト教でも過激な人が出てくるが、影響力は限定的だ。イスラムでは明らかに過激派が影響力を拡大しつつある。宗教の構造自体に踏み込んでみた場合、特有の問題点がある。
 (f)「イスラム国」もスンニー派に4つある法学派のうちハンバリー法学派に属している。その特徴は、『コーラン』と『ハーディス』にすべてが書いてあり、この中にしか真理はないということ。この二つの書に書いてある通りにやっています、と言われれば、信者は何となく納得してしまう。
 (g)軽々に「イスラム国」とイスラム穏健派との対話が可能で、そこから影響力が行使できると単純に思わないほうがいい。
 (h)「イスラム国」が今後どうなるかのシナリオは三つある。
   ①「イスラム国」が勝利して、地球の全員がイスラム教徒になる。
   ②「イスラム国」がなくなる。
   ③「イスラム国」がソビエト化する。初期のソ連は国際連盟に加入せず、国際法はブルジョワジーが作ったものだと認めなかった。それが途中から、ソ連は国家としてやっていき、革命はコミンテルンが担うという分業体制になった。「イスラム国」も今後国家ができて、その背後でイスラム革命を輸出する組織が生まれる、というのがこのシナリオ。このシナリオが実現したら、想像を超える悪夢が始まる。マルクスとエンゲルスが屋根裏で作った思想で、世界は70年もの間煩わされ続けてきた。それがイスラムとなれば、桁違いの伝統と、全世界的な裾野の広がりを持っているから、千年は付き合う覚悟が必要だ。

□池上彰×佐藤優「イスラム国との「新・戦争論」」(「文藝春秋」2015年3月号)から主として佐藤優の意見を要約
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 【参考】
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【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
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