語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】「イスラム国」は今後どうなるか ~イスラム国との「新・戦争論」(2)~

2015年02月23日 | ●佐藤優
(4)最大の脅威は中東全域の核武装化
 (a)今後、空爆の効果は相当見込める。いまは一昔前とは空爆の意味合いが変わってきている。<例>ドローン(無人攻撃機)が進化し、イスラエルも小型で攻撃の精度が高いUAV(無人飛行機)を沢山作っている。これで相当程度、手を汚さないで攻撃できる。
 (b)【池上】有志連合が考えている方策は三つ。いずれにせよ、長期化は避けられないが。
   ①クルド人、特に勇猛果敢で知られる「ペシュメルガ」(イラク北部クルド人自治区の治安部隊)に最新の武器を与える。クルド人は早速、1月27日に「イスラム国」からアインアルアラブ(シリア北部の要衝)を取り戻すなど、一定の効果が出ている。
   ②イラク政府軍をもう一度鍛え直す。
   ③「自由シリア軍」(シリアの反政府勢力のうち穏健派)に軍事訓練を施す。
 (c)有志連合には当然入ってないイランが、本格的に地上部隊を入れる可能性もある。それを長年敵対している米国も黙認するという流れだ。
 (d)イランが入ってくる意味はとりわけ大きい。「イスラム国」と戦うことで、イランと、米国やイギリスの利害が一致する。すると、イランに対して核開発を止めさせる圧力がかけにくくなり、既成事実化されかねない。イランに言わせれば、「こういう情勢だから核保有国にならなければならない」となるだろう。
 (e)いま、インテリジェンス・コミュニティが最も恐れているのは、「イスラム国」が核を持つ可能性だ。その技術を提供するのはパキスタンだ。パキスタンの統合情報局(ISI)内には、イデオロギー的に「イスラム国」に共鳴している人はかなりいる。イランや北朝鮮への技術流出で話題となったパキスタンのカーン博士の「核の闇市場」は、大いなるブラックボックスだ。今でも、パキスタン国内で、核の管理がどうなっているかは分からない。
 (f)パキスタンの核開発は、サウジアラビアが資金提供したと言われている。イランが核を持つなら、サウジアラビアは、スポンサーとしてパキスタンの核を移転することだって現実に可能だ。
 (g)「イスラム国」と中途半端な形で、対話や統治地域を認めるべきではない。完全に解体しなくてはいけない。ナチス・ドイツでも解体できたのだから、できないわけがない。イランの核開発に、米国から事実上のゴーサインが出れば、米国の同盟国であるにもかかわらずイスラエルは、対イラン戦争を考えなくてはならない状況に追い込まれる。いよいよ中東情勢が一気に流動化する。
 (h)【池上】レバノンは大シリアの一部だが、シリアのアサド現政権に対抗する勢力もあれば、ヒズボラ(イランから援助を受けるシーア派の原理主義者)もいて、内戦になりかけている。そのヒズボラでは、年に一度「アーシューラー」という行事を行う。男たちがみな上半身裸になって、わざと鎖やナイフで自分たちの身体を傷つけ、血を流しながらパレードする。7世紀のカルバラの戦いで殉教したイマーム・フセイン(ムハンマドの孫)の辛い思いを追体験しようとする儀式だ。男たちが血を流すのを女たちはうっとり眺め、カルバラの戦いにおけるフセインの悔しさに係る演説を聞いて、ヒゲ面の大の男たちがワンワンと泣き出す。
 (i)こういう儀式を毎年繰り返すことで、カルバラの戦いが、あたかも昨日あったかのように思える。日本人は例えば「関ヶ原の戦い」と言われても大河ドラマの世界のこととしか思わないが、それとは感覚が全く違う。彼らの歴史観は「進歩史観」ではなく、「下降史観」だ。社会は時間が経てば経つほど悪くなる。近代的な価値観はなく、昔ほどいいと考える。
 (j)かつてのアルバニアや現在のトルクメニスタン、北朝鮮のように国民が独裁政権の圧政下にある地域はほかにもある。しかし、「イスラム国」が問題なのは、人類の普遍的価値観に反する論理を世界に強要する点だ。「革命の輸出」を行っていることだ。人質を取って彼らが日本に要求したのは、「革命の阻害をするな」ということ。彼らは基本的人権をはじめとする現代の普遍的価値に挑戦しているのだ。

(5)日本人はついに戦争の当事者となった
 (a)「イスラム国」を倒すのに最も効果的なのが空爆なら、それと併用すべきなのは周辺地域の難民支援だ。「イスラム国」がどんなに強いことを言っても人がいなければ成り立たない。域外に食べ物と生活できる場所を準備して、「そんなところにいないで、外へ出てこいよ」と住民に呼びかけ、足元から揺さぶるのだ。
 (b)「イスラム国」と戦う国を支援するため、シリア、イラクなどの周辺国に2億ドルの人道支援を行う場合、日本政府が自覚しなければならないのは、人道支援は「イスラム国」からすれば大変な敵対行為であるということだ。日本は、この意識が薄い。今回の事件でも、2億ドルが人道支援であることを繰り返し強調していた。人道援助であることを強調すればするほど、敵対していることが露わになるだけだ。
 (c)日本も、この戦争の当事者であることを忘れてはならない。この当事者性は切実だ。この当事者性は切実だ。日本でも「『イスラム国』は正しい」と公言している人がいるが、「イスラム国」から見れば、彼らは口先だけで決起していない中途半端な存在だ。彼らを追い詰めて、いつかは決起させたいと考えているだろう。日本政府は、テロ勢力の蜂起を国外の問題と考えず、日本国内の「イスラム国」シンパを必要以上に追い込まないために何をするかを考えなくてはいけない。日本にもモスクがあり、イスラム教に改宗した人がいる。「イスラム国」からすれば、日本も十分にイスラムの地だ。地理的領域ではない。日本においてムスリムが迫害されているとなれば、日本でジハードが展開されることになる。
 (d)そもそも、日米同盟がある時点で、米国の仲間と認識されている。そこを理解した上で、どこまで積極的に「イスラム国」問題に介入していくのか、歩留まりも考えた上で行動したほうがいい。彼らは極めて合理的に行動している。無駄なことはしない。日本の微妙な動きもしっかり見極めている。
 (e)安部総理は、中東のホルムズ海峡での機雷除去も可能にしたい考えのようだ。公明党は中東へは行かずに日本有事の寸前に限定したい。まだ、どちらの流れで決着するか不明だが、その結果次第で「イスラム国」へのコミットの具合が変わってくる。

□池上彰×佐藤優「イスラム国との「新・戦争論」」(「文藝春秋」2015年3月号)から主として佐藤優の意見を要約
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 【参考】
【佐藤優】「イスラム国」は今後どうなるか ~イスラム国との「新・戦争論」(1)~
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
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【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
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