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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~

2015年02月26日 | 社会
 (1)トマ・ピケティは、幾つかの簡単なマクロ変数の関係で所得の格差現象が説明できるとし、大きな反響を呼んでいる。だが、彼が指摘する関係は、日本では成り立っていない。
  (a)「資本収益率rがあまり変わらず、経済成長率gが低下する」・・・・という関係が成立しない。資本収益率rを幾つかの指標で見ると、高度成長期から現在に至る間に、顕著な低下傾向が見られるのだ。経済成長率gも低下しているが、それと共に資本収益率rも低下しているのだ。
    ①国民経済計算における営業余剰の国富に対する比率で見ると、1960年代末には10%を超えていたが、1970、80年代を通じて継続的に低下している。現在では1.5%程度だ。
    ②法人企業統計における総資本営業利益率を見ても、同様の傾向が見られる。1960年代において7%程度だったものが、1990年代後半以降は3%程度になっている。

  (b)貯蓄率sが著しく低下している。これを国民経済計算における貯蓄と国民可処分所得の比率で見ると、1960年代末には30%を超えていたが、2011、12年度には1%を下回るようになった。

  (c)所得中の資本所得のシェアαは、r・s/gで表すことができる。ピケティは、低成長経済への移行によってαが上昇するとしているのだが、その際、rとsは一定と考えている。しかし、その仮定が日本では満たされないのだ。
    ①αの値を直接データで見ると、日本の場合には時系列的に上昇するのではなく、逆に低下している。国民経済計算における営業余剰の対GDP比を見ると、1950年代から1980年ごろまでの期間に、40%から20%へとほぼ半減した。2000年ごろ以降は、営業余剰の対GDP比は20%程度で安定的だ。
    ②経済学では、要素所得の比率は安定的だとされる場合が多かった。ピケティはそれを批判しているのだが、2000年以降の日本は、従来の経済学が考えている世界に近い。

  (d)資本所得は、労働所得に比べて格差が大きい。しかも相続によって子孫に受け継がれる。したがって、αが高ければ格差が拡大する。・・・・それはその通りだ。しかし、
    ①資本所得のシェア拡大現象は、日本では見られない。つまり、ピケティの理論は日本では当てはまらない。
    ②格差の拡大が顕著だと指摘されるのは米国だが、この主たる原因は「スーパー経営者」の著しく高い給与だ。・・・・このことは『21世紀の資本』でも指摘し、クリスティア・フリーランド『グローバル・スーパーリッチ』でも同じ指摘をしている。
    ③米国ではさらに、成功したベンチャー企業の新規株式公開(IPO)の影響もある。これも、資本所得というより、労働所得の一種だ。つまり、労働所得の枠内において、著しい格差が発生しているのだ。

 (2)日本において資本収益率や貯蓄率が低下したのはなぜか。
  (a)資本蓄積が進んだため、資本収益率が下がった(「限界性生産力逓減則」)。
    ①新興国の工業化で、高度成長期の製造業のビジネスモデルが時代遅れになった。
    ②その証拠に、資本収益率の低下は貿易の影響を直接受ける製造業で著しい。
    ③製造業の利益率は、1960年代の8~10%程度から、2010年の3%未満にまで低下した。低下が最も急激だったのは1990年代前半だ(中国の工業化の影響が顕在化し始めた時期)。
    ④非製造業は、同期間に6%程度から3%程度への低下だ。製造業に比べて穏やかだ。これは、非製造業が世界経済変化の影響を製造業ほど強くは受けなかったからだ。

  (b)貯蓄率が低下した。
    ①その大きな原因は、世界でも稀に見るほど急速かつ急激に生じた人口構造の高齢化だ。人は若年期に労働所得を貯蓄し、退職後にそれを取り崩して生活資金に充てる。したがって、人口高齢化が進むと貯蓄率が低下する。
    ②その別の原因は、政府の財政赤字が著しく拡大したことだ。政府財政赤字の大きな原因は社会保障支出の増大だ。よって②もやはり人口高齢化が進んだ結果だと考えることができる。

  (c)ピケティは、資本/所得比βが時系列的に上昇することを強調し、その理由を次のように説明している。
 β=s/gだが、貯蓄率sが一定である半面、経済が低成長時代に入ってgが低下する。このためβが上昇する。21世紀におけるβは、18、19世紀に並ぶほどの高水準になる。
 しかし、日本の場合には、(b)のように貯蓄率sの低下が著しい。このためピケティの言うようにはならない。
 実際、資本として国民経済計算における「正味財産(国富)」を取り、これとGDPの比率を見ると、バブル(1980年代後半)で8程度の値になったものの、バブル崩壊で急低下した。2000年代前半には6を切る水準まで低下した。その後若干回復したが、いまでも6をやや上回る水準でほぼ一定だ。
 民間の正味資産だけ取っても同じ傾向が見られる。

 (3)格差問題が重要ではない、ということではない。まったく逆で、日本においても格差はますます重要な問題になっている。ジニ係数で見た所得の不平等度は、悪化している。
  (a)(1)と(2)で指摘したのは、日本の格差問題がピケティのいうようにマクロ変数によって説明できるものではない、ということだ。実際、格差の要因としてこれまで指摘されてきたのは、税制を始めとする経済制度的要因だ。日本の場合も、それらは重要だ。
  (b)ジニ係数(2011年)は、当初所得の0.55から、税と社会保障による再分配政策で0.38へ改善している【厚労省「所得再分配調査」】。つまり、再分配政策は、格差に大きな影響を与えるのだ。格差是正のための政策的な努力が必要だ。
    ①日本の税制は、労働所得に対する課税が中心になっている。その半面、相続税や固定資産税など資産に対する課税は不十分だ。そして、金融資産からの所得は分離課税されている。
    ②①の状態を変える必要がある。また、社会保障給付(特に介護保険給付)に資産制約を導入すべきだ。
    ③最近では、円安によって製造業の収益が増大し、株価が上昇した。しかし、大企業と小企業で著しい格差がある。円安は所得分布を悪化させている。
    ④③の状態を変える必要がある。法人税減税は配当所得を増やし、内部留保を増やすことで株主の資産を増大させることにも注意が必要だ。
  (c)ピケティは、一律の資本課税を提唱している。確かにそれは重要だ。しかし、それは現実離れした提案だ(ピケティ自身もそれを認めている)。富の捕捉は困難だし、資本は海外に逃避する。
  (d)効果は限定的であっても、(a)や(b)の地道な努力を積み重ねていくしかない。

□野口悠紀雄「日本では成立しないピケティの格差理論 ~「超」整理日記No.746~」(「週刊ダイヤモンド」2015年2月21日号)
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