語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~

2015年02月17日 | 社会
 (1)ピケティ“21世紀の capital ”は、歴史的経済統計のうえにつくられた本だ。
 要点は、次のとおり。
 欧州では1910年以前は、上位1%の富裕層が国民所得の7倍程度の富を所有していた。二度の大戦と、世界経済の混乱は、この富裕層の富を大きく減らした。しかし、再び富は集中しだし、21世紀には6倍ほどまで達した。富者の資産からの収益率rが経済成長率gより大きい現状では、富はさらに富裕層に集まっていく。これを正すには、世界の国々が協力し、累進富裕税を課さねばならない。
 ・・・・ということで、資本主義を分析した経済学の本ではない。市場原理主義がもたらした所得格差拡大を問題にしたものでもない。いわんや21世紀の資本論でもない。
 それは、「世界の富裕層上位1%が所有する資産が、2014年に全世界の48%を占め、2015年には50%超となる」という国際NGOオックスファムの報告(2015年1月19日)に通じる。

 (2)ピケティの本(大著)がフランスで出版されたのは2013年9月だった。その英語版が2014年4月に米国で出版されると、保守系は猛反発した【赤木昭夫「ピケティ・パニック--『21世紀の資本論』は予告する」(「世界」2014年8月号)】。「ピケティ・パニック」と呼ばれる狼狽ぶりがこの本を社会的に有名にし、その影響がイギリス、本国フランス、日本へと伝播した。
 英文でインデックスまで入れると685ページの大著は、そう短期間では読めない。要約版があり、多くはこれに拠ったふしがある。フェルドシュタイン・ハーバード大学教授の反論も、この本を読まずに書いた。資産に高率の課税を提案している、という誤読書評に引きずられて書いたものであることがわかる、というオチまでついた。
 ピケティを高く評価し、擁護するクルーグマンを、ティーパーティの一員らしきがインターネット上で、共産主義者とヒステリックに咬みついた。
 ビル・ゲイツは、言わんとするところはわかるが、資産への課税は困ると言ったよし。
 このような状態を生み出したのは、多くは誤読のせいだ。
  (a)本の題名がマルクス『資本論』を連想させた。だが、この本は「資本」のことを扱った本でも、21世紀の『資本論』でもない。それどころか、ピケティはマルクスの思想にも、いわんや彼の経済学にも、今に残るその思想にも関係ない。
  (b)もっと重要なのは、彼がこの本でいう“capital”は、「資本」のことではないことだ。

 (3)この本でいう“capital”は、国債、株式・社債などの有価証券、土地や家屋などの不動産を含む。だから、マルクスがいう資本でも、近代経済学がいう資本でもない。
  (a)マクロ経済学は、一国全体をアグリゲイトして問題を考える。社会全体を合計した所得と、貯蓄、投資の関係を考えるやり方は、ケインズ『雇用、利子、貨幣の一般理論』に始まる。資本は実物資産の増加である投資の累積以外の何者でもない。国債や有価証券は含まれない。
   ①株式は株式会社が株主から資金を借りたことを明記した有価証券だ。会社の貸借対照表には、株主からの出資として借方に、その金額が記載される。よって、社会全体を合計すれば、貸しと借りとが相殺されてゼロになる。
   ②国債も同様に相殺される。
  (b)マルクスの言う資本は、利潤を求めて形を変えて動いている。生産過程に投入された資本は、機械設備、原材料となり、労働者に支払う賃金となり、造られた製品は、商品として売られ、貨幣に変わる。それは利潤を生み、再び生産過程に投ぜられる。
   ①商品の形をとったのが商品資本だ。
   ②貨幣の形をとったのが貨幣資本だ。
   ③やがて①、②は自立して、循環の一翼を担う商業資本となる。
 (c)ケインズの場合も、資本は形を変えていく。生産から消費者に財が渡るまでの流れを考え、固定資本を goods in use と呼び、生産の流れの中にある財のうち正常なものを goods in proces と呼んで、経営資本(working capital)と呼んだ。過剰に保有される製品在庫(goods in stock)は、流動資本(liquid capital)と呼ぶ。

 (4)ピケティの“capital”は、(3)-(a)~(c)の資本とは違う。それは、富者が持つ「資産」なのだ。その中に、国債も株式も不動産も含まれる。そして、この資産からの収益率をピケティは「資本(正しくは資産)の収益率(r)」と呼ぶが、その収益には配当、利子、不動産の賃貸からの収入も含まれる。富者の所有によって生まれる収益であって、その大部分は経済活動ゆえのものではない。資本は動的なもの、資産は静的なものだ。しかも、その収益が何によって決まるかを明らかにすることなく、歴史上5%ぐらいである、とピケティは書く。
 むろん、経済学でいう資本の収益率は、国民所得Yが賃金Wと利潤Pに二分され、この利潤を資本K(投資の累積したもの)で割ったものだ。それは利子率とは直接関係ない。
 要するに、ピケティのいわゆる“capital”や「資本収益率」は、従来の経済学のタームとは異なるものだ。大文字ではなくて小文字の“capital”は、言葉本来の意味の「資産」ないし「財産」だ。
 この本の“capital”を資本と読むことで、誤読が始まる。そうした論者が、米国にも日本にも多い。

□伊東光晴「誤読・誤謬・エトセトラ」(「世界」2015年3月号)
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 【参考】
【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」
【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~
【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~

   


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