語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【ピケティ】富裕層の地位は揺らぐことがない

2015年02月19日 | 社会
 (1)ピケティは、「資本主義の第一基本法則」として、 α=r×β を示している。
 「α:国民所得のうちで資本からの所得の割合」と定義されているら、αYは資産Kに、そこからの収益率を掛けたものに等しい、とピケティは考える。つまり、
     αY=rK ・・・・(1)
となり、
     α=rK/Y
したがって、
     α=rβ ・・・・(2)
となる。(2)式をピケティは「資本主義の第一基本法則」と呼ぶ。
 資本産出高比率βは、2010年の数値が6であり、資本収益率γが経験的に5%とすると、α(国民所得の中に占める資本からの比率)は5%×6=30%ということになる。
 ただし、それは、ピケティのいわゆる資産からの収益と、国民所得中の資本に帰属するものが等しい場合に言えることだ。
 だが、両者は一致しない。
 (1)式の左辺は、国民所得(Y)のうち資本に帰属する利潤(P)部分だ。いま賃金部分をWとすれば、外国貿易が存在しないクローズド体系を前提とすれば、
    Y=P+W
 で、この利潤の中には、企業の内部留保も、この広い意味の利潤から支払われる配当も利子も企業が支払う不動産の賃貸料も入っている。(1)式の左辺はこのようなものだ。だが、右辺は資産家がその資産から手にする収入だ。したがって、利子、配当はあっても企業の内部留保は入っていない。
 また、右辺には個人の所得から支払われる不動産の賃貸料が入っているが、これは左辺に入っていない。
 右辺と左辺とでは抽象の段階が違う。右辺は資産家が手にする具体的な収入であり、左辺は配当や利子に分けられる前の利潤なのだ。
 左辺の国民所得のうちの利潤となると、それを決定するものとして、ケンブリッジ分配論(ケインズから、カレッキー、カルドア。パシネッティへの流れ)が存在している。内外の理論研究者のピケティ批判は、この点を衝いている。

 (2)だが、ピケティに好意的に考えるならば、彼の主張は「資本主義の第一基本法則」がなくとも成立する。
 彼がこの本で言わんとしているのは、社会の富裕層が所持する富が増大し続けている、ということだ。資産K対所得Yの比K/Yは、所得の増加率が1%と低い中で、わずかずつであるが、上昇し続けているというのだ。

 (3)上位1%の富裕層の富の成長・・・・それは、それから得られる収益のかなりの部分を蓄積していくならば、増大し続ける。所得の増加は低い(1%)というのが、彼が経験から得た数値だ。収益率は5%というのだから、それは充分に可能だ。なぜなら、所得の増加率と同じ増加率を資産が続けるためには、5%の収益のうち資産の1%分を蓄積すればよいのであり、4%分の余裕があるから、所得の増加率を超えて資産が増加することは容易だからだ。

 (4)富裕層の地位は揺らぐことがない・・・・この結論は、フランス人ならば、別に驚くに値しない。なぜなら、フランスが極端な富を持つ少数の人によってその経済が支配されている、というのは、フランスの「百家族」あるいは「二百家族」としてよく知られているところだからだ。
 この言葉が生まれたのは、フランス銀行(フランスの中央銀行)が設立されたときだ(1800年)。その株式に投資した百家族から生まれた。その極端な富裕層がフランス経済を支配している、というのだ。当時のフランス銀行の定款によれば株主総会で投票権を持っているのは(株主全員ではなく)大株主の200人だけだった。こうしたところから、フランスの社会は富と権力を象徴する「二百家族」に支配されている、という通念が生まれた。
 フランス銀行はその後、人民戦線内閣によって定款が変更された(1936年)。理事会のメンバーに、経営者、私企業の代表、労働者、生活協同組合の代表が加わり、投票権が株主全体に拡大した。
 このような歴史的、社会的背景があるから、ピケティが第一次世界大戦以前のベル・エポックに一国の資産が上位1%の者に集まり、その資産は国民所得の7倍ほどだと言われても、また第二次世界大戦後、富の集中が次第にかつてに近づきだしたと言われても、驚くフランス人は少ないのだ。
 このことは、イギリスにおいても類推できる。貴族による大土地所有が、長子相続から継嗣限定相続制(estate tail)によって一子に遺産が相続され、土地と財産の集中が続いたからだ・
 加えて日本では考えられない階級社会であるのは、イギリスのみならず、フランスも、そしてヨーロッパも同じだ。

□伊東光晴「誤読・誤謬・エトセトラ」(「世界」2015年3月号)
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 【参考】
【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本
【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~
【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」
【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~
【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~
【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~
【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~
【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~
【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次
【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次
【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~
【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~
【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~
【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか
【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~
【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~
【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~
【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~
【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~
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【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~

2015年02月19日 | ●佐藤優
【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~

 (1)米国の外交が迷走しているのと比べ、ドイツ外交が活性化している。米国にとって「イスラム国」が最大の敵であることは明白だ。
 「イスラム国」は欧米諸国だけでなく、ロシアも打倒の対象としている。しかし、「イスラム国」に対する戦いで、米国とロシアはまったく連携がとれていない。ウクライナ情勢をめぐって、米国が対露強硬姿勢を取っているからだ。

 (2)2月10日、オバマ・米国大統領は、プーチン・露国大統領と電話会議をした。
 <ホワイトハウスによると、オバマ氏は、停戦実現に向けた独仏やウクライナとの協議について、「この機会をつかむべきだ」と述べて、停戦実現に取り組むよう求めた。
 また、オバマ氏は「ロシアが親ロ派勢力を支援するため部隊の派遣や武器供与、資金提供を続けるのであれば、ロシアにとっての代償は、より高くつく」とも発言。オバマ政権は、ウクライナへの武器供与を検討しており、ロシアが停戦を受け入れない場合は、武器供与や制裁の強化に踏み切る考えをプーチン氏に示唆したとみられる。>【注1】
 オバマ大統領は、ロシアに対して最後通牒的なアプローチをしている。プーチン大統領もロシア国民も、かかる恫喝外交に対しては忌避反応を示す。

 (3)ドイツは、米国のこうした対露外交とは一線を画している。
 オバマがプーチンに電話する前日(2月9日)、欧州連合(EU)はブリュッセルの外相理事会で、新たにロシアの個人19人と9つの企業・団体を資金凍結や域内への渡航禁止の対象に加えることを決定した。
 <11日で調整中の停戦合意に向けた独仏、ロシア、ウクライナの四者会談の成り行きを見極めるため、16日まで発動を延期することでも合意した。
 ロイター通信によると、制裁対象には、アントノフ国防次官が含まれているという。モゲリーニ外交安全保障上級代表は会見で「外交的な努力に余裕を与えるため、全会一致で発動を延期することに決めた。最優先されるべきは事態が改善することだ」と述べた。>【注2】
 対露制裁の延期については、ドイツがイニシアティブを発揮したと見られる。

 (4)2月11日夜(日本時間12日未明)、ミンスク(ベラルーシの首都)で、プーチン、ポロシェンコ・ウクライナ大統領、メルケル・ドイツ首相、オランド・仏大統領の4か国首脳会談が開かれた。16時間の協議を経て、停戦合意文書にはロシア、ウクライナ、欧州安保協力機構(OSCE)、親露派の代表者が署名した。
 重要なのは、メルケル首相とオランド大統領が連携して、ウクライナ問題の沈静化を本気で考えていることだ。なぜなら、「イスラム国」が欧州を標的とした本格的なテロ戦争を開始したからだ。

 (5)「イスラム国」(1月7~9日にフランスでテロを起こした)やイエメンのアルカイダを支持するイスラム原理主義過激派・・・・といった者によるテロを封じ込めるためには、ロシアとの連携が不可欠と独仏は考えている。
 しかし、米国は、ウクライナに対する梃子入れを止めず、「イスラム国」とロシアの二正面対決に進もうとしている。
 メルケル首相は、今後ロシアへの接近を強めることになる。

 【注1】記事「オバマ氏、親ロ派への支援停止を要求 プーチン氏に電話」(朝日新聞デジタル 2015年2月11日)
 【注2】記事「EU、ロシアへの制裁発動延期で合意」(朝日新聞デジタル 2015年2月10日)

□佐藤優「「イスラム国」かウクライナか ドイツの「判断」 ~佐藤優の人間観察 第101回~」(「週刊現代」2015年2月28日号)
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【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
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