(1)ピケティは、「資本主義の第一基本法則」として、 α=r×β を示している。
「α:国民所得のうちで資本からの所得の割合」と定義されているら、αYは資産Kに、そこからの収益率を掛けたものに等しい、とピケティは考える。つまり、
αY=rK ・・・・(1)
となり、
α=rK/Y
したがって、
α=rβ ・・・・(2)
となる。(2)式をピケティは「資本主義の第一基本法則」と呼ぶ。
資本産出高比率βは、2010年の数値が6であり、資本収益率γが経験的に5%とすると、α(国民所得の中に占める資本からの比率)は5%×6=30%ということになる。
ただし、それは、ピケティのいわゆる資産からの収益と、国民所得中の資本に帰属するものが等しい場合に言えることだ。
だが、両者は一致しない。
(1)式の左辺は、国民所得(Y)のうち資本に帰属する利潤(P)部分だ。いま賃金部分をWとすれば、外国貿易が存在しないクローズド体系を前提とすれば、
Y=P+W
で、この利潤の中には、企業の内部留保も、この広い意味の利潤から支払われる配当も利子も企業が支払う不動産の賃貸料も入っている。(1)式の左辺はこのようなものだ。だが、右辺は資産家がその資産から手にする収入だ。したがって、利子、配当はあっても企業の内部留保は入っていない。
また、右辺には個人の所得から支払われる不動産の賃貸料が入っているが、これは左辺に入っていない。
右辺と左辺とでは抽象の段階が違う。右辺は資産家が手にする具体的な収入であり、左辺は配当や利子に分けられる前の利潤なのだ。
左辺の国民所得のうちの利潤となると、それを決定するものとして、ケンブリッジ分配論(ケインズから、カレッキー、カルドア。パシネッティへの流れ)が存在している。内外の理論研究者のピケティ批判は、この点を衝いている。
(2)だが、ピケティに好意的に考えるならば、彼の主張は「資本主義の第一基本法則」がなくとも成立する。
彼がこの本で言わんとしているのは、社会の富裕層が所持する富が増大し続けている、ということだ。資産K対所得Yの比K/Yは、所得の増加率が1%と低い中で、わずかずつであるが、上昇し続けているというのだ。
(3)上位1%の富裕層の富の成長・・・・それは、それから得られる収益のかなりの部分を蓄積していくならば、増大し続ける。所得の増加は低い(1%)というのが、彼が経験から得た数値だ。収益率は5%というのだから、それは充分に可能だ。なぜなら、所得の増加率と同じ増加率を資産が続けるためには、5%の収益のうち資産の1%分を蓄積すればよいのであり、4%分の余裕があるから、所得の増加率を超えて資産が増加することは容易だからだ。
(4)富裕層の地位は揺らぐことがない・・・・この結論は、フランス人ならば、別に驚くに値しない。なぜなら、フランスが極端な富を持つ少数の人によってその経済が支配されている、というのは、フランスの「百家族」あるいは「二百家族」としてよく知られているところだからだ。
この言葉が生まれたのは、フランス銀行(フランスの中央銀行)が設立されたときだ(1800年)。その株式に投資した百家族から生まれた。その極端な富裕層がフランス経済を支配している、というのだ。当時のフランス銀行の定款によれば株主総会で投票権を持っているのは(株主全員ではなく)大株主の200人だけだった。こうしたところから、フランスの社会は富と権力を象徴する「二百家族」に支配されている、という通念が生まれた。
フランス銀行はその後、人民戦線内閣によって定款が変更された(1936年)。理事会のメンバーに、経営者、私企業の代表、労働者、生活協同組合の代表が加わり、投票権が株主全体に拡大した。
このような歴史的、社会的背景があるから、ピケティが第一次世界大戦以前のベル・エポックに一国の資産が上位1%の者に集まり、その資産は国民所得の7倍ほどだと言われても、また第二次世界大戦後、富の集中が次第にかつてに近づきだしたと言われても、驚くフランス人は少ないのだ。
このことは、イギリスにおいても類推できる。貴族による大土地所有が、長子相続から継嗣限定相続制(estate tail)によって一子に遺産が相続され、土地と財産の集中が続いたからだ・
加えて日本では考えられない階級社会であるのは、イギリスのみならず、フランスも、そしてヨーロッパも同じだ。
□伊東光晴「誤読・誤謬・エトセトラ」(「世界」2015年3月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本」
「【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~」
「【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」」
「【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~」
「【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~」
「【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~」
「【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~」
「【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次」
「【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次」
「【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~」
「【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~」
「【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】『21世紀の資本』に係る書評の幾つか」
「【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~」
「【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~」
「【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~」
「【ピケティ】分析の特徴と主な考え ~トマ・ピケティ『21世紀の資本』~」
「【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~」
「【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~」
「【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~」
「α:国民所得のうちで資本からの所得の割合」と定義されているら、αYは資産Kに、そこからの収益率を掛けたものに等しい、とピケティは考える。つまり、
αY=rK ・・・・(1)
となり、
α=rK/Y
したがって、
α=rβ ・・・・(2)
となる。(2)式をピケティは「資本主義の第一基本法則」と呼ぶ。
資本産出高比率βは、2010年の数値が6であり、資本収益率γが経験的に5%とすると、α(国民所得の中に占める資本からの比率)は5%×6=30%ということになる。
ただし、それは、ピケティのいわゆる資産からの収益と、国民所得中の資本に帰属するものが等しい場合に言えることだ。
だが、両者は一致しない。
(1)式の左辺は、国民所得(Y)のうち資本に帰属する利潤(P)部分だ。いま賃金部分をWとすれば、外国貿易が存在しないクローズド体系を前提とすれば、
Y=P+W
で、この利潤の中には、企業の内部留保も、この広い意味の利潤から支払われる配当も利子も企業が支払う不動産の賃貸料も入っている。(1)式の左辺はこのようなものだ。だが、右辺は資産家がその資産から手にする収入だ。したがって、利子、配当はあっても企業の内部留保は入っていない。
また、右辺には個人の所得から支払われる不動産の賃貸料が入っているが、これは左辺に入っていない。
右辺と左辺とでは抽象の段階が違う。右辺は資産家が手にする具体的な収入であり、左辺は配当や利子に分けられる前の利潤なのだ。
左辺の国民所得のうちの利潤となると、それを決定するものとして、ケンブリッジ分配論(ケインズから、カレッキー、カルドア。パシネッティへの流れ)が存在している。内外の理論研究者のピケティ批判は、この点を衝いている。
(2)だが、ピケティに好意的に考えるならば、彼の主張は「資本主義の第一基本法則」がなくとも成立する。
彼がこの本で言わんとしているのは、社会の富裕層が所持する富が増大し続けている、ということだ。資産K対所得Yの比K/Yは、所得の増加率が1%と低い中で、わずかずつであるが、上昇し続けているというのだ。
(3)上位1%の富裕層の富の成長・・・・それは、それから得られる収益のかなりの部分を蓄積していくならば、増大し続ける。所得の増加は低い(1%)というのが、彼が経験から得た数値だ。収益率は5%というのだから、それは充分に可能だ。なぜなら、所得の増加率と同じ増加率を資産が続けるためには、5%の収益のうち資産の1%分を蓄積すればよいのであり、4%分の余裕があるから、所得の増加率を超えて資産が増加することは容易だからだ。
(4)富裕層の地位は揺らぐことがない・・・・この結論は、フランス人ならば、別に驚くに値しない。なぜなら、フランスが極端な富を持つ少数の人によってその経済が支配されている、というのは、フランスの「百家族」あるいは「二百家族」としてよく知られているところだからだ。
この言葉が生まれたのは、フランス銀行(フランスの中央銀行)が設立されたときだ(1800年)。その株式に投資した百家族から生まれた。その極端な富裕層がフランス経済を支配している、というのだ。当時のフランス銀行の定款によれば株主総会で投票権を持っているのは(株主全員ではなく)大株主の200人だけだった。こうしたところから、フランスの社会は富と権力を象徴する「二百家族」に支配されている、という通念が生まれた。
フランス銀行はその後、人民戦線内閣によって定款が変更された(1936年)。理事会のメンバーに、経営者、私企業の代表、労働者、生活協同組合の代表が加わり、投票権が株主全体に拡大した。
このような歴史的、社会的背景があるから、ピケティが第一次世界大戦以前のベル・エポックに一国の資産が上位1%の者に集まり、その資産は国民所得の7倍ほどだと言われても、また第二次世界大戦後、富の集中が次第にかつてに近づきだしたと言われても、驚くフランス人は少ないのだ。
このことは、イギリスにおいても類推できる。貴族による大土地所有が、長子相続から継嗣限定相続制(estate tail)によって一子に遺産が相続され、土地と財産の集中が続いたからだ・
加えて日本では考えられない階級社会であるのは、イギリスのみならず、フランスも、そしてヨーロッパも同じだ。
□伊東光晴「誤読・誤謬・エトセトラ」(「世界」2015年3月号)
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【参考】
「【ピケティ】理論の本ではなく、歴史的事実の本」
「【ピケティ】の“capital”は「資本」ではなく「資産」 ~誤読の危険性~」
「【ピケティ】討論会「格差・税制・経済成長 『21世紀の資本』の射程を問う」」
「【ピケティ】をめぐる経済学論争 ~米英で沸騰中~」
「【ピケティ】格差を決める持ち家、社会は6対4で分断 ~日本~」
「【ピケティ】池上彰の3ポイントで解説 ~ そうだったのか!『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】アベノミクス批判 ~金融緩和・消費税~」
「【ピケティ】シンプルで明快な主張 ~『21世紀の資本』~」
「【ピケティ】格差は止めなければ止まらない ~政治的無為への警告~」
「【ピケティ】総特集号(「現代思想」2015年1月増刊号)の目次」
「【ピケティ】『21世紀の資本』詳細目次」
「【ピケティ】に対するインタビュー ~失われた平等を求めて~」
「【ピケティ】勲章拒否の警告 ~再構築される「世襲的資本主義」~」
「【佐藤優】【ピケティ】はマルクスとは異質な発想 ~『21世紀の資本』~」
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「【ピケティ】は21世紀のマルクスか ~ピケティ現象を読み解く~」
「【ピケティ】資本主義の今後の見通し ~トマ・ピケティ(3)~」
「【ピケティ】現代経済学を刷新する巨大なインパクト ~トマ・ピケティ(2)~」
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「【経済】累進資産課税が格差を解決する ~アベノミクス批判~」
「【経済】格差が広がると経済が成長しない ~株主資本主義の危険~」
「【経済】なぜ格差は拡大するか ~富の分配の歴史~」