MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

体中に不気味に広がっていく痛み

2020-10-01 13:33:39 | 健康・病気

10月になりましたが、9月のメディカル・ミステリーです。

 

9月26日付 Washington Post 電子版

 

The pain gripped his left ankle. Within months, it ominously began to spread.

その痛みはまず彼の左の足首を襲った。その後数ヶ月のうちに不気味に広がり始めた。

 

By Sandra G. Boodman,

 Ram Gajavelli(ラム・ガジャヴェリ)さんは 42歳になったとき心に誓っていた:自身の健康にはもっと気を付けようと。

 しかし定期的な運動を始めて2、3か月後の 2017年8月、このソフトエンジニアの左足首に腫れと痛みがみられるようになったが、彼には足首を怪我した覚えはなかった。

 それから18ヶ月にわたって、その痛みは背中、両肩、および両足に広がった。その一方で、6ヶ月前までは正常とみられていた数本の歯が虫歯に侵された。

 Gajavelliさんを診た医師らには、内科医、リウマチ専門医、足治療医、神経内科医、そして整形外科医2人がいたが、諸検査でも根底にある原因を解明できなかったため誰もが当惑した。ある理学療法士は、問題は彼の頭の中にあるのではないかとも考えた。

フィラデルフィア地区でソフトウェアエンジニアをしている Ram Gajavelli さんはインドの専門医を受診し、正体不明の痛みを起こしている原因の解明に手を貸してもらった。

 

 追い詰められた Gajavelli さんは、フィラデルフィア近郊に住んでいたが、8,000マイル以上も離れた彼の故国インドの専門医を頼った。親戚に会うため一週間滞在していた間に彼は二人の専門医を受診したが、そのうちの一人が極めて重要となる検査をオーダーした。

 「早い段階から、彼の症状には何か普通でないところがありました」彼がインドから戻って数週後に診断を下した University of Pennsylvania(ペンシルベニア大学)の内分泌専門医 Mona Al Mukaddam(モナ・アル・ムカダム)氏は言う。「もし誰かが実際に彼の病歴を取り、(彼のケースにおける)すべての要素を見ていれば、それほど長くかかることはなかったでしょう」

 

A puzzling stress fracture 不可解なストレス骨折

 

 左足首の痛みは最初は軽度だった。Gajavelliさんによると、運動のために定期的に歩き続け、民間療法を試し、痛みを和らげるために、ストレッチや温熱療法も行ったという。しかし、10月に、息子とちょっとしたハイキングに行ったあと足首が腫れたため整形外科医を受診した。X線検査では何もみられなかったが、MRI検査でストレス骨折の可能性が指摘された。

 医師は Gajavelli さんに歩行用ブーツを履くように指示した。しかし 8週間後、彼の足首は依然として痛かった。そして2度目のX線検査でも変化はみられなかった。

 「なぜ私がストレス骨折に?」そう疑問に思ったことを Gajavelli さんは覚えている。「医師は私に、唯一のできることは悪くならないようにすることだと言いました」

 2ヶ月ほど様子をみたあと Gajavelli さんは足関節の専門医である2人目の整形外科医を受診した。「彼は何も診察せず、『おそらくあなたは治癒に時間がかかる人たちの一人にすぎません』と言った以外何も説明しませんでした」そう Gajavelli は思い出す。血液検査では骨を作るビタミンDの数値が正常だったため、彼に理学療法の指示が出された。

 一定の理学療法により彼の足首の痛みは和らいだが、一時的に過ぎなかった。5月までに、その痛みは右膝から腰背部に移動していた。一ヶ月後、彼の metatarsals(中足骨:バランスを保ち、体重を分散させる複数の足の骨)が痛み始めた。それから痛みは彼の両肩に移行した。肩の症状は、おそらく自宅での彼の階段の上り方によって引き起こされているのであろうと Gajavelli さんは考えた。痛む足首に体重をかけないよう、Gajavelli さんは手を前に差し出して手すりを掴み、身体を引き上げていたからである。

 やがて、横になったり、座位から立ち上がったりすると痛みを感じるようになった。

 かかりつけの内科医は Lyme disease(ライム病)を疑ったが検査は陰性だった。またリウマチ専門医からオーダーされた血液検査では問題はなかった。さらに神経内科医は electromyography(EMG:筋電図)を行った。これは神経筋疾患を同定する検査である。しかしこれもまた正常だった。

 Gajavelli さんが受診した足治療医は彼の足に異常を見つけることはできなかった。彼は Gajavelli さんに、詰め物の入った異なるブランドの靴を履くよう勧めたが、これも一時的な効果しかなかった。

 2018年11月までに、つま先で歩いたり、堅木張りの床の上に立つことが極度に辛くなっていた。右側の肋骨の痛みが強かったので Gajavelli さんはリクライニングチェアで寝るようにしていた。彼は処方用量の ibuprofen(イブプロフェン)を頼りに、日中を、そして夜間も、何とか乗り切っていた。

 かかりつけの歯科への12月の定期受診のとき、歯科医は2本の親知らずに著明な虫歯をみつけ驚いた:そのうち一本は文字通り崩壊していた。6ヶ月前には彼の歯は正常だったからである。抜歯目的で彼は Gajavelli さんを口腔外科医に紹介した。他の症状と同じように、彼の突然の歯牙の悪化の原因は不明だった。

 「私は苛立っていました」そう Gajavelli さんは思い出す。「しかし医師らが何も見つけることができなかったことで逆に私は安心していたのです」

 2019年1月、彼は足関節の専門医を再び受診した。彼によると、その整形外科医は変化がないことを見てさらなる理学療法が有効ではないかと提言したという。

 当時、Gajavelli さんはインド南部の親戚に会うため短い旅行を計画していた。ニュージャージー州 Atlantic City で医師をしているいとこに相談し、インド南部 Hyderabad(ハイデラバード)の病院のリウマチ専門医と整形外科医の受診予約を行った。ただし彼は自腹を切る必要があった ― 検査と治療の費用は総額約1,000ドルとなりそうだった ― しかし、彼らのうちのどちらか一人は原因を見つけ出してくれるかもしれないと期待していた。

 

A terrifying result 恐るべき結果

 

 その整形外科医は Gajavelli さんに症状について質問し、手始めに骨シンチなどいくつかの検査を行った。この核医学検査は少量の放射性トレーサーを用いるもので、骨の痛みの原因を特定するのに有用である。

 その結果は恐るべきものだった。Gajavelli さんの中足骨から始まり、彼の顎骨に至るまで多発性のストレス骨折が認められたのである。その整形外科医は Gajavelli さんに、彼には広く転移した癌があるか、ある種の代謝性骨疾患がある可能性が高いと説明した。彼は Gajavelliさんにフィラデルフィアに戻ったら内分泌専門医だけでなく腫瘍専門医を受診するよう助言した。

 「私はひどく動揺し話をすることができませんでした」と Gajavelliさんは思い起こす。

 フィラデルフィアに戻った彼は家庭医に電話をしたところ、受診予約まで4週間かかると言われた。「私は本当にパニック状態となっていました」と彼は言う。

 医師である彼のいとこは、彼ら二人と付き合いのあった専門医に電話をかけてみるよう勧めた:Penn’s Abramson Cancer Center(ペンシルベニア大学アブラムソン癌センター)の Cancer Therapeutics Program(癌治療プログラム)の責任者の一人 Ravi K. Amaravadi(ラビ・K・アマラーバティ)氏である。

 Amaravadi 氏は癌の画像検査とともに血液検査を行った:後者には骨と歯牙の形成に重要なミネラルであるリンの濃度を測定する項目が含まれていた。Gajavelli さんではその数値が低かったのである。これが原因究明の重要な手がかかりとなった。彼が受診した他の医師の誰一人としてリンの測定という単純な検査を行っていなかったのだ。というのも、この検査は血液検査の標準的項目に含まれていないからである。

 癌が除外されたあと、Amaravadi 氏は Gajavelli さんの診療記録を、Penn Bone Center(ペンシルベニア大学骨センター)を管理する臨床医学・整形外科学の准教授 Al Mukaddam 氏に送った。最も疑わしい原因がまれな骨疾患であるとみられたからである。

 驚いたことにそれはAl Mukaddam 氏が最近経験していた疾患だった。数週間前に、彼女は、自身の経験上初めての症例を診療していたのである。

 Al Mukaddam 氏は Gajavelli さんに、彼が tumor-induced osteomalacia(TIO:腫瘍性骨軟化症)に侵されていると考えていることを伝えた。これは、一つまたはそれ以上の、一般的に良性の緩徐に発育する腫瘍によってもたらされる骨脆弱性の疾患である。これらの腫瘍が fibroblast growth factor 23(FGF23:線維芽細胞増殖因子23)と呼ばれるタンパクを大量に産生し、これが腎のリン再吸収能を抑制する。Oncogenic osteomalacia(腫瘍原性骨軟化症)とも呼ばれる本疾患の最初の徴候は、骨折、骨痛、および筋力低下などである。Gajavelli さんにはこれら全ての症状がみられていた。

 TIO はほぼ確実に過小診断されている現状はあるが極めてまれである:これまでに世界中で1,000例以下が報告されている。

 「TIOに関連して最も求められる要素の一つはこの診断を思いつきリンを測定することです」と Al Mukaddam 氏は言う。それに続く検査で、Gajavelli さんの FGF23 の値が上昇しており、尿中にリンが失われていることが確かめられた。

 本疾患の診断は第一関門であるに過ぎない。医師らには続いて腫瘍を見つけることが求められる。しかしこれは骨の折れる作業である。なぜなら腫瘍はしばしば小さく、体内のどこにでも存在しうるからである。また2つ以上の腫瘍がある患者もいる。一般に腫瘍を切除する手術が望ましい治療である。なぜなら、それによって疾病を治癒せしめることができ、見られることの多い再発も予防できるからである。

 腫瘍を検出する核医学検査である高精度のガリウムシンチ検査を用いて、医師らは Gajavelli さんの左股関節の裏側に隠れていた豆粒大の腫瘍を発見した。整形外科医らにとって次の難題は、若い患者に対して股関節全置換術を行うことなくそれを全摘する最善の方法を見つけ出すことだった。

 手術前の3ヶ月間、Gajavelliさんは、リン濃度を上昇させ、筋力低下を改善させるためにサプリメントを摂取した。ほぼ短期間で「それらによってずいぶん気分がよくなりました」と彼は思い起こす。

 2019年8月、彼はペンシルベニア大学病院で Robert J. Wilson 氏によって高難度の9時間半の手術が行われた。この整形外科医は、Gajavelli さんの股関節を置換することなく腫瘍を丸ごと摘除することに成功した。

 手術翌日、Gajavelli さんの FGF23 は正常となった。一週間後、リン濃度も正常に復した。すべての回復には数ヶ月を要した。クリスマスには2年以上ぶりに痛みなしに1マイル歩くことができた。

 Al Mukaddam 氏によると、例の小さな腫瘍は恐らく数年前から存在していたとみられるが、Gajavelli さんの運動療法が症状の進行を速めていた可能性があるという。

 彼のケースは、医師らが「自分たちが的をはずしているかもしれない可能性を考えていながら、わかっている範囲で話を進めた」ことの重大さを強調するものだ、と彼女は言う。

 「もし、知っているかもしれない人に紹介しても答えがわからないのならばいいのです。しかし、医学の分野にいる私たちはみな謙虚な姿勢で新しいことを学ぶべきなのです」と彼女は言う。

 

 

骨軟化症については日本内分泌学会のサイトをご参照いだたきたい。

 

骨軟化症とは、骨や軟骨の石灰化障害により、骨が脆弱化する病気で、

骨成長後の成人に発症するものを「骨軟化症」という。

これに対して骨成長前の小児に発症するものは「くる病」と呼ばれる。

本邦におけるくる病・骨軟化症の原因として最も多い先天性疾患は

PHEX変異によるX染色体優性低リン血症性くる病・骨軟化症

(X-linked hypophosphatemic rickets/osteomalacia:XLHR)である。

 

全身性の代謝性骨疾患で、骨強度の低下により骨折や疼痛の原因となる

骨軟化症の病因には、低リン血症、ビタミンD代謝物作用障害、

石灰化を障害する薬剤(アルミニウム、エチドロネート等)による

薬剤性などがある。

低リン血症の病因には、ビタミンD代謝物作用障害、腎尿細管異常、

線維芽細胞増殖因子23(fibroblast growth factor 23:FGF23)作用過剰、

およびリン欠乏などがある。

FGF23は、腎尿細管リン再吸収と腸管リン吸収を抑制し、

血中リン濃度を低下させるホルモンである。

過剰なFGF23活性により低リン血症性骨軟化症をもたらす病態に、

腫瘍性骨軟化症(TIO)や含糖酸化鉄による低リン血症などがある。

TIO については後述する。

 

骨軟化症の症状では、骨痛を訴えることが最も多くみられる。

初期にははっきりした症状を訴えることは少なく、

腰背部痛、股関節・膝関節・足の漠然とした痛みや

骨盤・大腿骨・下腿骨などの痛みが出現する。

特に股関節の痛みが非常に多くみられる。

鈍い痛みは、股関節から腰、骨盤、脚、また肋骨まで

広がることがある。

また骨の脆弱化に伴い骨折を起こしやすくなる。

さらに発見が遅れ進行すると、

下肢筋や臀筋の筋力低下による歩行障害、

脊椎骨折による脊柱の変形などがみられる。

 

骨軟化症は、骨粗鬆症などの各種他疾患との鑑別が重要だが、

症状とともに、大部分の症例で低リン血症や

血中の骨型アルカリホスファターの上昇がみられる。

また、ビタミンD欠乏性骨軟化症の診断には

血中25-水酸化ビタミンD 濃度の測定が必須である。

 

特徴的な画像所見としては、

骨シンチグラフィーで多発性の取り込み、

単純X線写真では全身の骨にみられる小さなひびが見られる。

大腿骨頸部、骨盤、肋骨などの骨表面に垂直に走る

ルーサー帯と呼ばれる小さな骨折線が特徴的である。

 

骨軟化症の確定診断には骨生検が必要だが、

通常はX線検査と血液・尿検査のみで臨床的に診断される。

成人発症例で原因不明の疼痛や骨折を繰り返すケースでは

骨粗鬆症と診断する前に骨軟化症の可能性を考慮することが重要である。

 

骨軟化症の治療は病因により異なり、

それぞれの病因に即した治療を行う。

薬剤性の骨軟化症では原因薬剤を中止する。

ビタミンD欠乏における薬物療法としては活性型ビタミンD3製剤を

投与する。

また、XLHRでは活性型ビタミンD3製剤に加えてリン製剤の投与も行う。

腫瘍性骨軟化症の場合には原因腫瘍の完全除去により治癒が期待される。

 

最後に TIO について説明する。

詳細は 論文アブストラクト(邦文訳)参照いただきたい。

 

TIOは、腫瘍原性骨軟化症としても知られる稀な腫瘍随伴性障害で、

腫瘍組織から分泌される FGF23 が原因で発症すると考えられている。

FGF23はリン排泄とビタミンD合成の役割を担うため、

TIOでは、リンの腎尿細管再吸収の低下、低リン血症、

活性型ビタミンD濃度の低下などの特徴が認められる。

慢性低リン血症は、最終的に骨軟化症につながる。

通常、TIOは、骨の痛み、脆弱性骨折および筋力低下に伴って、

慢性的な血清リン濃度の低下が見られる場合に疑われる。

原因となる腫瘍は特定の組織型に限定されない。

良性では、Phosphaturic mesenchymal tumor

(mixed connective tissue variant)

[リン酸塩尿性間葉系腫瘍(混合性結合組織異型)]と呼ばれる

稀な間葉系腫瘍のほか、線維性骨異形成、血管腫、骨巨細胞腫

などが報告されているが、前立腺癌、肺がん、骨肉腫などの悪

性腫瘍が原因となるケースもある。

さらに、母斑や肉芽腫などの非腫瘍性病変の報告もある。

発生部位としては、大腿骨、副鼻腔、咽頭、下顎骨などが

挙げられているが、体内のどこにでも存在しうる。

一般には成長の遅い、非常に小型の病変が多く、

骨内に存在するものも多いことから、

原因となる腫瘍を発見することが困難な場合が多い。

原因腫瘍が発見できれば、その外科的除去が唯一の決定的治療法になる。

原因腫瘍が発見できない場合や完全切除不能例では、

リン製剤や活性型ビタミンD製剤による治療が必要となる。

現在注目を集めている抗FGF23モノクローナル抗体KRN23は、

TIOの原因となる切除不能な腫瘍を有する症例において

有望な治療法の1つになると期待されている。

また最近いくつかの腫瘍で、フィブロネクチンと

線維芽細胞増殖因子受容体1(FGFR1)との融合分子が、

FGF23 産生のドライバーとして働くことが発見されている。

発症機序の解明が今後の標的治療の開発につながることが

期待される。

 

ともあれ、原因が何であろうと、骨軟化症は早期に診断し、

治療を開始することが重要である。

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