夏の終わりのメディカル・ミステリーです。
今回は皮膚科疾患のようですが…
Man’s persistent rash seemed ordinary, but it was actually ominous 男性の持続する皮疹はありふれた症状と思われたが、実際にはたちの悪いものだった
ソフトウェア・コンサルタントの Ed Williams さんは、医師によって重症の乾癬と考えられていた醜い皮疹と闘うつらい6年間を過ごしたBy Sandra G. Boodman
大げさなことではない…2004年の夏、ゴルフ・トーナメントでプレイしたあと、痒みのある赤い皮疹が出現したときソフトウェア・コンサルタントの Ed Williams さんはそう考えた。ツタウルシの生えている所に近づきすぎたか、あるいはアレルギー反応を引き起こす何かに触れたのかと Williams さんは考えた。「すぐに消えると思っていました」ニューヨーク州 Rochester 郊外に住む Williams さんは思い起こす。
しかし彼の腕、足、および背中のその皮疹は持続したため、これまで皮膚の病気をしたことのなかった Williams さんは皮膚科医を受診した。その医師は最初、様々な刺激性の物質によって引き起こされるごくありふれた皮膚疾患である接触皮膚炎であると彼に告げた。その後医師たちは彼の病気を乾癬と診断した。この疾患はうろこ状の皮膚と強い掻痒を来たし突然発症することがある。
炎症を起こししばしば痛みも伴うこの皮膚疾患と闘うことだけでなく、それを治療しようとしながら結局無益に終わる多くの骨折りに取り組むことは、それからの6年間、Williams さんの生活を消耗させた。24人近くにおよぶ専門家らは、周期的に顔面に広がるこの皮疹が時々改善はするものの決して完全に消失することのなかった理由を解明することができなかった。
そしてついに、思いもよらないその原因は Williams さんがそれまで想像してきたよりはるかに恐ろしいものであることが判明した。その後の治療によって、皮膚がたちまちきれいになっただけでなく、彼の命も助かったのである。
Williams さんが受診した9人目の専門医で、ついに原因を解明した University of Rochester の皮膚科医 Brian Poligone 氏にとっても忘れることのできない印象を残す症例となった。「実に驚くべき話です。これまでのキャリアで私が直面した信じがたい症例の一つになるでしょう」39才の Poligone 氏は言う。No sweat 問題ない
最初の皮膚科医が彼に塗り薬を出した時、Williams さん(54才)は安心したという。「それで何とかなるはずです」医師が彼にそう語ったのを思い出す。しかし5ヶ月後、様々な薬を用いてもその皮疹が消えなかったため彼は2人目の皮膚科医を受診した。
「彼は様々な方法を試みて恐らく1年くらいそれに取り組みましたが効果はありませんでした」と Williams さんは言う。2006年1月、彼は『難治性皮膚炎』ということで University of Rochester School of Medicine の新しい皮膚科医にかかり始めた。Williams さんによると、皮疹は背中や脇や股間など汗をかくあらゆる場所に密集した痛みを伴う小さな水疱を残していたという。「私は汗をかかないよう努め」徐々にゴルフや庭仕事さえ控えるようになっていったと彼は思い起こす。
最悪の状態の時には、浸出液を伴う小膿疱が顔のほとんどを覆い、時々彼の目はほとんど閉じた状態となるまで腫れた。朝「目を開けようとするのに温かい洗面タオルを用いなければならず、髭を剃ることも不可能でした」と彼は思い出す。Williams さんによると、そのような時期には商談や旅行を予定に入れないようにしていたが、特に会社を売り込むための交渉の際の旅行はむずかしかったという。
「それはつらいものでしたが、私の顔に症状がない限り何が起こっていたのかを実際に知る人は殆どいなかったのです」と彼は言う。乾癬など様々な皮膚疾患に対する中心的治療となっている紫外線治療は有効だったが、それはただ彼の皮膚の感覚と痛みが軽減したからであった。しかし、ステロイド、抗生物質、さらには癌の治療に用いられるメソトレキセートや移植患者の拒絶反応を阻止する Cellcept(セルセプト)などの強力な薬など、どれ一つとしてこの皮疹を消すことはできなかった。Williams さんは数回皮膚生検を受けたが、いずれも乾癬が示唆されていたようである。‘What am I missing?’ 「私は何を見逃しているのだろうか?」
2009年9月23日、Williams さんは、Yale School of Medicine から最近転任した Poligone 氏の診療所に行った。そのときまでに Williams さんはすでに Rochester の皮膚科グループの Poligone 氏の仲間ほぼ全員から診察を受けていた。
Poligone 氏がその新しい患者の分厚いカルテに目を通したとき、彼の前医8人の皮膚科医の誰ひとりとしてその皮疹の根本的原因を特定できていないことがわかった。確定的な診断が得られないまま一人の患者がそれほど多くの医師にかかっている状況は「きわめて珍しいことです」と Poligone 氏は言う。
「私は『何を見逃しているのだろうか?』と考えました」Poligone 氏は思い起こす。「何より、患者は目の前にいて、適正な治療法の発見を急いでいるのです」皮疹と掻痒という症状には、平凡なもの(ツタウルシ)から命にかかわる可能性のあるもの(リンパ腫)にいたるまで無数の原因が考えられる。医師たちは、Williams さんの皮疹が体内的なものに対する反応なのか、それとも環境的なものに対する反応なのかすら分からなかった。何年もの間、医師たちは猫アレルギーやストレスから起こる稀な症状として、湿疹を考慮したものの除外するに至った。
Williams さんは初診時に炎症がひどかったため Poligone 氏は抗生物質とともにステロイドの注射を行った。病変の一部が感染しているように見えたからである。しかしこれまで同様、これらの薬物の効果は一時的に過ぎなかった。
2010年1月、Williams さんに変化がなかっため Poligone 氏は azathioprine(アザチオプリン)を処方した。これは免疫系の抑制効果があり移植患者に用いられるが、毒性のある強力な薬剤である。Williams さんは徐々にもどかしさを覚えるようになっていたことを思い出す。「私は診察室に入りこう言いました。『いいですか、あなたがやっていることはただそれを抑えているだけなんです。それを完治させるための何かを試せるはずです』」
しかしそれは何なのか?さらに行われた4度目となる皮膚生検でもやはり乾癬が示唆された。
2010年6月、Poligone 氏は、何かよい考えを得るために Rochester から20人の専門医を呼び寄せる grand rounds(グランド・ラウンド、症例検討会)という毎月行われるセミナーで Williams さんを提示することに決めた。しかし、医師から甲高い声が上がり『…は考えましたか?』と質問が出るような彼が望んでいた状況にはならず、多くの“行き詰まり”と沈黙だけがそこにあったことを Poligone 氏は思い出す。誰にもよい考えは浮かばなかったのである。
3か月後、Poligone 氏はもう一度試みることにした。Yale の皮膚科名誉教授で Poligone 氏の指導者だった Peter Heald 氏が講演のために Rochester に来ており、Poligone 氏の最も難しい症例の一つとなっていたこの患者について示唆をもらえるかもしれないと期待して、2回目のグランド・ラウンドを開催することにしたのである。
その会の前に、Poligone 氏は席に着いて4つの考えられる診断をリストアップしたという:一つ目は多くは運動選手の足の真菌感染によって生ずる皮疹 Id reaction(イド反応)。二つ目は necrolytic migratory erythema(NME、壊死融解性遊走性紅斑)で、まれなタイプの膵臓癌に関連する発疹である。NMEはかなり稀なことから Poligone 氏は一例も見たことがなかった。
NME の可能性はなさそうに思えた。皮疹の起こっている間、Williams さんには貧血、高血糖、下痢、その他の特徴的な症状がなかったし、複数回行われた皮膚生検でもこの異常は指摘されていなかったからである。
「初めて、もしかすると皮膚生検では真実が示されていないのかもしれないと思いました」と Poligone 氏は思い起こす。Heald 氏もこの考えに賛成し、可能性のある診断名として NME にこだわるよう助言した。
Poligone 氏はもう一度皮膚生検を行うとともに、さらに2つの血液検査を行った。皮膚生検は先行分同様、乾癬を示唆するものだった。一方、血液検査は、一つは膵臓から分泌されるホルモンであるグルカゴンの濃度を測定するもので、もう一つはインスリンの濃度を測定するものだった。
これらの検査は驚くべき結果だった:Williams さんのグルカゴンの値は 620pg/ml で正常上限の約 130よりはるかに高かった。またインスリン値は71μU/ml だった;正常上限値は27である。
次のステップはCT スキャンだった。2010年12月に行われたこの検査で衝撃的な所見が明らかになった:Williams さんの膵臓におおよそ西洋スモモ大の腫瘍が発見されたのである。Williams さんの皮疹が NME であり、神経内分泌腫瘍として知られるまれなタイプの膵臓癌の一つ、グルカゴノーマ(glucagonoma)があることに疑いはなかった。(アップルの創始者 Steve Jobs 氏はインスリノーマと呼ばれる別の膵臓心内分泌腫瘍のために亡くなっている)1 in 20 million 2,000万人に1人
1942年以降、世界中で診断されたグルカゴノーマは250例に満たない。また American Association of Endocrine Surgeons(米国内分泌外科学会議)によると 年間約2,000万人に1人がこの疾患を発症すると推測している。この腫瘍の原因は不明だが、一部の症例では癌の家族歴が関与している。(彼に診断が下ったあと、Williams さんは祖母が68才で膵臓癌で死亡していることを知った。ただしその特異型は不明である)グルカゴノーマではグルカゴンというホルモンの過剰分泌がある。このホルモンの過剰は血糖を調節するインスリンの分泌を攪乱する。グルカゴノーマの患者の約70%に NME が見られ、多くの人で Williams さんと同じように体重が減少する。自身の体重が徐々に30ポンド(13.6kg)減少したのは発疹の治療のストレスによるものだと Williams さんは考えていた。
腫瘍を切除する手術が望ましい治療法となるが、それはグルカゴノーマが化学療法に十分反応しないためである。このようなゆっくりと増大する腫瘍では膵臓外に進展した場合にのみ発見される傾向にあるため、手術で治癒できるのはこのような患者の約20%に過ぎない。Poligone 氏によれば、彼も同僚たちも悲観的だったという;というのも Williams さんは6年以上症状があり、彼の癌が進行している可能性が高いと考えたからである。
Poligone 氏によると彼は腫瘍専門医や外科医を手配したあと Williams さんに告知したが、Williamsさんは最初自分の診断の重大性を理解できなかったという。
「私が癌センターで治療することになることを彼らに告げられるまで、“腫瘍”と“癌”がつながっていませんでした」と、彼は思い起こす。
2011年1月22日、Williams さんは手術を受けた。結果は誰もが望んでいた最善の結果となった:癌のリンパ節や肝臓への転移はなく、医師らは全摘できたものと考えた。4週間後、彼の皮疹は消失した;またその後の検査でも癌の残存は認められなかった。
「腫瘍が限局性であったことに非常に驚いています」手術が根治的であったと医師らが判断したことを付け加えながら Poligone 氏は思い起こす。Poligone 氏によると、以前にさかのぼって Williams さんの生検スライドのすべてを再評価した皮膚病理学者はやはり NME に特異的な所見を認めなかったという。問題の皮疹と体重減少以外には、医師に膵臓癌をもっと早期に疑わせることになるような他の古典的症状は Williams さんにはなく、また彼自身、重症であるようにも見えなかった。
それよりむしろ、彼は何よりその皮疹から逃れたいと考えていたようだった。「彼は、『ゴルフの時間や仕事中に邪魔しやがって、頭にくる』とか言っていました」Poligone 氏は思い起し、次のように付け加えた。「(彼の場合が)素晴らしい結果に終わったことが私にとって最大の救いです」
徐々に疲れを感じることはあったが本当に病気という感じではなかったように思う、と Williams さんは言う。後から振り返って見てはじめて、彼は「なんて弱ってしまったんだろう」と気付いたと言い、「今は別人のように感じます」と付け加えた。
時々彼はつらい皮疹のために医師から医師を転々として過ごした6年間のことを考える。「『なんてことだ、なぜもう2年ほど早くこの検査をやってくれなかったんだ』とか思うのです」
「でもこうも思います『おいおい、彼らはそれを見つけてくれたんだぞ!』ってね」
きわめて稀な病気ではある。
Necrolytic migratory erythema(NME、壊死融解性遊走性紅斑)は
膵臓腫瘍 グルカゴノーマの70%に合併するといわれており、
皮膚症状が初発症状となることが多い。
皮疹は体幹を中心に環状または地図状に拡大し中心治癒傾向を示す。
消褪や新生を繰り返すことから遊走性の名がつけられる。
皮疹は小水疱、膿疱、びらん、鱗屑、痂皮を伴い多彩。
皮膚生検の典型的病理所見では真皮外層の剥離を伴う表皮壊死と
血管周囲にリンパ球と組織球の浸潤が認められる。
グルカゴノーマではグルカゴンが腫瘍から過剰分泌され、
その異化作用により肝グリコーゲンの分解や
アミノ酸からの糖新生が促進されるため、
著しい体重減少、糖尿病、低アミノ酸血症をきたす。
皮疹はグルカゴン過剰分泌による低アミノ酸血症、
亜鉛欠乏が原因で生ずると考えられている。
グルカゴノーマで認められる症状としては
耐糖能異常・糖尿病(80%)、貧血(90%)、
体重減少(70%)、口内炎・舌炎(80%)のほか、
粘膜疹、下肢静脈血栓が挙げられる。
診断は難治性皮疹から本疾患の可能性を疑い、
腹部画像診断(超音波・CT・MRI)で
腫瘍の発見に努める。
腫瘍の90%以上は膵体尾部に発生する。
また採血により
血中グルカゴン値(早朝空腹時で500pg/ml以上)、
血中アミノ酸低値を確認する。
皮膚生検も手掛かりとなるが、
本例のように確定診断に至らない可能性がある。
鑑別診断としては
グルカゴノーマ以外でグルカゴン値の上昇を認める
腎不全、肝硬変、糖尿病、火傷、外傷、菌血症が
挙げられるがこれらの多くは500pg/ml以下にとどまる。
皮膚所見の鑑別診断として、
天疱瘡、膿疱性乾癬、腸性先端皮膚炎(亜鉛吸収障害)、
中毒性表皮壊死症などがあるが必ずしも容易ではない。
治療は腫瘍の外科的摘出を行うが、
診断時点で50%以上に肝転移を伴ことから
根治に至らない例も多い。
何はともあれ、きわめて稀ではあっても
本疾患の可能性が頭に浮かばなければ、
いつまでたっても正しい診断には
つながらないのである。
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