11月のメディカルミステリーです。
This 33-year-old thought he could shake off his migraine. His girlfriend knew better.
33 才の男性は片頭痛を治せると考えていた。しかし彼のガールフレンドは慎重だった。
By Sandra G. Boodman,
Craig Klein さんは、2015 年3月のフロリダでの休暇中に襲われたガンガンする頭痛の原因について、たぶんそれは強い太陽のせいだと考えていたことを覚えている。
「それは頭の右側に起こり、だらだらと続く感じでした」現在33才になる Klein さんはそう語る。Klein さんは頭痛を気にしないようにし、市販薬の鎮痛薬を内服したが効果はなかった。眼が光に敏感になっていることに気付いた Klein さんは原因を知ろうとした。
「これは片頭痛にちがいない」彼はそう考えた。
しかし、それからの目がくらむような2週間のうちに、その頭痛が片頭痛でなく、決定的に彼の人生を変えることになる病気の前触れであったことを Klein さんは知ることとなる。
「それを十分に理解し、愛する人たちに伝えることは実に難しいものでした」異常なスピードで得られたその診断について彼はそう話す。「もっとも辛いことの一つに、その病気の転帰について曖昧な点があまりに多かったことがあります」
Klein さんとガールフレンドの Kelly O'Connell さんがコロンビア特別区のアパートに戻るまで、Klein さんの頭痛は一週間続いていた。彼は心配していなかったが、O'Connell さんは医師を受診するよう言い張った。一週間続く頭痛はあまりに長すぎると彼女には思われたからである。
Klein 氏によると、それまで彼の健康状態は良好だったため、かかりつけ医がいなかったという。そのため Montgomery 郡にある予約なしで行ける診療所に向かったが、そこで処方薬が手に入れば、それで症状は速やかに解決すると彼は考えていた。
「私に必要なのはトリプタンだと思っていました」大手製薬会社の営業マンの Klein さんは、片頭痛によく用いられている薬剤の種類名を挙げてそう話す。Klein さんの担当医と会うや否や、彼はトリプタンの処方を要求したという。
しかし、その医師は簡単な神経学的検査を行い、目で医師の指を追うよう Klein さんに求めたところ、Klein さんは、目を動かすのが“かなり、痛い”と伝えた。その医師は検査を中止した。彼は、処方を行わないで精密検査のために彼を眼科医に紹介すると Klein さんに告げた。
「彼はこう言いました。『片頭痛ではないと私は思います。あなたの視神経は炎症を起こしていると考えます』」そう Klein さんは思い起こす。眼球の後ろに位置する視神経は網膜から脳の視覚中枢に視覚を伝える神経である。
Klein さんの視神経に問題があるかどうかを決定するには瞳孔を散大させることが必要だった。紹介先の眼科医がその日のうちに彼を診察してくれることになり安堵を覚えたと Klein さんは言う。
その眼科医はすぐに、Klein さんの視神経がひどく腫れていることを確認した。その病態は視神経炎と呼ばれるものである。しかし、Klein さんへの説明では、その根本にある問題には、その医師が提供できる以上のさらに専門的な検査が必要だということだった。
Klein さんは North Bethesda で開業している神経眼科医の David M. Katz 氏に紹介された。米国に19,000人以上の眼科医がいる一方、約500名しかいない神経眼科医は神経学と眼科学の両者の訓練を受けている;彼らは、眼球ではなく神経系に由来するまれな視覚障害を専門としている。
原因が不明であることに加え視力が増悪していることに対して不安が増大していた Klein さんはその翌週の前半に Katz 氏の予約を取った。
「その週末にかけて、右眼の視力が急速に悪化しました」と彼は言う。まるで太陽を長く見過ぎたときのように色彩が褪せて見えていた。
Klein さんを診察しながら、Katz 氏はその炎症の強さに驚いた。視神経炎には、ライム病、多発性硬化症、梅毒など多くの原因がある。原因疾患が見つからないこともしばしばある。可能性を絞るために Katz 氏は MRI 検査と一連の血液検査を依頼した。
多発性硬化症(MS)があるかもしれないと Katz 氏から告げられたことを Klein さんは覚えている。Klein さんはこの疾患をよく知っていた;彼の祖母と従兄弟の一人がこの進行性の自己免疫疾患だった。この病気は、中枢神経系の神経線維を取り囲む髄鞘が障害されて、脳、脊髄、および身体の各部の間の信号の伝達が損なわれ発症する。MS にはいくつかのタイプがあり、運動、視覚、認知機能が損なわれ、言語機能が障害されることもある。
他の自己免疫疾患も“私の家系には多々認められています”と Klein さんは付け加える。
Klein さんによると、Katz 氏はさらに別の疾患についての検査を依頼していると彼に告げたが、当初はその病名を挙げなかったという。
Katz 氏は Klein さんにおいては MS の可能性を考慮する一方、MS 患者で見られるより視神経炎の重症度が高いことから、もう一つ別の疾患名が示唆された:それは NMO(neuromyelitis optica, 視神経脊髄炎)である。中枢神経系を侵すこのまれな自己免疫疾患は、Devic's disease(デヴィック病)とも呼ばれ、はるかにめずらしいものである。米国においては、約400,000人いる MS 患者に対し、NMO は約4,000人しかいない。
A mistaken attack 誤った攻撃
NMO は、免疫系が誤って、脊髄や眼の健康な細胞を攻撃するときに発症し、眼痛、失明だけでなく、筋力低下、しびれ、時には手足の麻痺を引き起こすこともある。さらに膀胱や排便の機能障害も起こりうる。
NMO を診断する血液検査が Mayo Clinic の研究者らによって開発された 2000 年以前は、NMO と MS を鑑別する手段はなかった;NMO は MS の重症型であると考えられていたのである。
現在、両者は別々の疾患であり、異なる治療が行われるべきであると医師らは考えている。MS はMS に特異的な薬剤で治療され、疾患の進行を遅らせることはできるが治癒させることはない。一方、NMO 治療に特異的に認可された薬剤はない;患者はしばしば、将来の発作を予防しうる免疫抑制薬で治療されるが根治的ではない。このような薬の一つに Rituxan がある。これは白血病の治療にも用いられる化学療法薬である。
NMO の発作は MS により引き起こされるそれより重症である傾向があり、集中的に起こり得る。またしばしば数年ごとに繰り返すこともある。少数民族、特にアフリカ系アメリカ人ではリスクが高い。男性より女性に多く、女:男は 6:1 である。また、この疾患は小児にも成人にも見られ、思春期と40才前後に発病のピークがある。
検査により Katz 氏の疑いが確かめられた。血液検査で本疾患の診断的特徴である NMO-IgG 抗体が検出され、腰椎穿刺によってさらなる確証がもたらされた。
最初の受診から一週間も経っていない 3月15日、Klein さんと O'Connell さんは Katz 氏と面談し告知を受けた。
「私たちはこう言いました。『一体 NMO って何?MS だと思ってました』」そう Klein さんは思い起こす。
NMO の予後はむしろ良いかどうか Katz 氏に尋ねたと Klein さんは言う。彼によるとその医師は“その質問への答えを避けた”という。
しかし、すぐに行ったインターネットでの検索はこのカップルを怖がらせる結果となった。O'Connell さんはこの診断に“ひどくショックを受けた”が、Klein さんは懸命にそれを受け入れようとしたという。
3週間前まで Klein さんは全く健康だったことから、この思いがけない知らせに動揺したが、親戚や親しい友人たちに告知するという、気持ち的に大変つらい行動を開始した。
「最初に電話をかけた相手は父親でした」と彼は言う。「こう言いました。『お父さん、私は病気になってしまったよ』」そう Klein 氏は思い出す。それからの会話はどこか曖昧なものとなったままである。
The aftermath その後
失明に向かって急速に悪化していた Klein さんの右眼の視力を回復させることを期待して Katz 氏が高用量の副腎皮質ホルモンの静注を開始したところ、これによって腫脹が緩和され、視力は回復した。診断から1ヶ月以内に、彼は Johns Hopkins の NMO の専門医を受診した。Klein さんに Rituxan の点滴が始まったが、これまでのところ発作の再発は抑えられている。一度の発作しかない NMO の患者も時に見られるものの、ほとんどの症例で再発が認められる。
Klein さんには MS や他の自己免疫疾患の家族歴があるが、NMO は遺伝性ではないと考えられている。
昨年、彼と O'Connell さんは、彼女の妹の近くで生活して家族としての計画を進めるためにコロラド州に転居した。現在 O'Connell さんは妊娠中であり、赤ちゃんが1月に生まれる予定である。
Klein さんは医薬品販売の仕事を続けている。彼はデンバーにある University of Colorado の NMO の専門医を定期的に受診するとともに、カリフォルニアを拠点とする NMO の支援支持団体である Guthy Jackson Charitable Foundation に関わるようになった。その加入によって彼は他の患者と交流を持つようになった。
「一年半が過ぎ、自身の治療の経過にかなり自信を持てるようになりました」と Klein 氏は言う。“自分にできる限りのことをする”という信念に加え、“時間の経過と、自分でコントロールできないものは解き放ってしまうこと”によって、自身の病気を受け入れることが可能となったのである。
「今回のようなスピードで診断が得られたことを大変幸運に感じています」と Klein さんは付け加える。彼はわずかに5%の視力を失っただけで済んでいるが、一回だけのエピソードしか経験しない幸運な NMO の患者の一人になれることを願っている。
スピードが重要であると、20年のキャリアで数人の NMO の患者を治療してきた Katz 氏は言う。それらの患者のうち Katz 氏のもとを受診するまで 10年間 MS と誤診されていた女性は、一眼を失明し、反対側も急速に視力を失い始めていた。検査で彼女が NMO であることが判明した。適切な薬物治療で、低下しつつあった眼の視力の回復が得られ、移動能力も改善した。
医師のこの疾患を認識できる能力、あるいは診断できる専門医に紹介できる能力が重要であると Katz 氏は言うが、本疾患は依然として認識されていなかったり、誤診されたりしている状態だという。
「もし視神経炎の非常に悪いケースを、特に少数民族の患者で認めたなら NMO の検査をすることが重要です。もしそれを診断することができれば、彼らの視力を救い、彼らの脊髄を救い、彼らの命を救うことができるのです」そう Katz 氏は言う。
視神経脊髄炎(NMO)は、重度の視神経炎と
横断性脊髄炎を特徴とする炎症性中枢神経疾患である。
NMO についての詳細は下記 HP を参照いただきたい。
NMO は1894年にフランスの神経内科医、ユージン・デビックが
重篤な視神経炎と横断性脊髄炎を呈した45才女性の剖検例と
それまでの報告例をまとめて記載したことから
“デビック(Devic)病”と呼ばれてきた。
しかし、長らく中枢神経系の慢性炎症性脱髄疾患の代表である
多発性硬化症(MS)と類似した点があったため
その一病型(視神経脊髄型MS)と考えられてきた。
ところが、2004年に NMO の患者で
星状グリア細胞(アストロサイト)の細胞膜に発現する
アクアポリン4 に対する抗体であるAQP4抗体(NMO-IgG)が
特異的に発見され、さらにその後 NMO と MS との間に
様々な相違点があることが明確となったため、
この10年で両者は区別されるようになった。
NMO の原因はいまだ明らかではないが、MSと同様に
自己免疫機序を介した炎症が関与していると考えられている。
ただし、免疫系の攻撃の標的が
MS では神経の鞘を作る希突起グリア細胞であるのに対し、
NMO では星状グリア細胞である点が異なっている。
NMO の多くは再発性で、女性に多く、発症年齢は
30才代後半と MS より高い(MSは20才代にピーク)。
本邦でも 3,000~4,000名ほどの患者がいると推測されている。
NMO の視神経炎は一回の再発で失明することもまれではなく、
両眼性に起こることも多い。
脊髄病変は横断性に出現し、両下肢の麻痺、しびれ、排尿障害
などが認められ、重症例では車椅子生活となるケースもある。
なお NMO では延髄背内側や第3および第4脳室周囲に
病変が認められることがあり、
延髄の病変では難治性のしゃっくりや呼吸障害を起こすことがある。
各症候は高頻度に再発を見るが、
再発の頻度は MS よりやや高いとされている。
診断には、眼底検査とMRI検査が行われる。
視神経炎と急性脊髄炎を認め、
さらに、AQP4 抗体陽性、
脳MRIにてMSの診断基準を満たさない、
MS に比べて長い(3椎体以上)脊髄病変の存在、
のうち二つ以上が当てはまるとNMO と診断されるが、
全例がAQP4 抗体陽性というわけではない。
鑑別診断として、ベーチェット病、サルコイドーシス、
全身性エリテマトーデス、脊髄腫瘍などの疾患を
除外する必要がある。
NMO の治療は、急性増悪期の治療、再発予防の治療、
および急性期・慢性期の対症療法・リハビリテーションの
3つが柱となる。
急性増悪期には
ステロイドパルス療法(ステロイド大量点滴静注療法)が行われるが、
無効例に対しては血液浄化(血漿交換)療法が有効なことがある。
再発予防にはステロイド、免疫抑制薬のほか、
白血病治療にも用いられる抗CD20モノクローナル抗体の
rituximab(リッキサン®、静注)が試みられている。
また、補体C5に対するモノクローナル抗体である
eculizumab やIL-6 阻害薬である tocilizumab の
有効性が報告されている。
なお MS 再発予防の第一選択薬であるインターフェロンβ
は NMO には無効で、むしろ再発率を増加させることも
あるため投与すべきでないとされている。
フィンゴリモド、ナタリズマブなどのMSに有効な治療薬でも
NMO を増悪させることが知られており、
NMO と MS の病初期における鑑別の重要性が強調されている。
慢性期には、後遺した疼痛、異常感覚、痙性麻痺、あるいは
排尿障害に対するリハビリテーションが行われる。
まれな疾患ではあるが、
症状が急速に進行して深刻な後遺症を残したり
再発を繰り返したりするなど
比較的若い成人にとっては辛い経過であることから
早期の的確な診断が重要である。
その意味でこの記事に登場した最初の医師の対応は
ファインプレーだったといえそうだ。
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