猛暑から一転して涼しい秋に突入の
今日この頃だが、
皆様には風邪などお召しにならぬよう。
さて、本年5月9日付の当ブログのエントリーで
景気低迷で児童虐待『揺さぶられっ子症候群』が増加、
という話題を取り上げた。
子供に対して激しく身体を揺さぶるという暴力によって
まだ十分に首の据わっていない乳児では
脳や神経に高度の損傷を来たし得る。
子供に対して殴る・叩くなど直接的暴力を忌避する
カトリック圏では揺さぶりによる死亡例が驚くほど多い。
虐待が表面化していないケースも多く、
死亡児の解剖所見が加害事実の確定的証拠となり、
それにより加害者が逮捕されてきたという経緯がある。
しかし、その医学的根拠が揺らいでいるというお話。
New York Times の Op-Ed(コラム)から紹介する。
Anatomyof a Misdiagnosis 誤診の分析
By DEBORAH TUERKHEIMER養育中の赤ちゃんがぐったりしたと訴えてある女性が911通報する。救急隊員は迅速に対応するが、その赤ちゃんはその夜死亡する。外表上の損傷はなく、虐待の証拠もなかったが、陪審はその女性が赤ちゃんを揺さぶって死に至らしめたとして有罪を宣告する…。
米国では年間1,000人以上の赤ちゃんが揺さぶられっ子症候群の診断を受けている。さらに、1990年代前半以降、母親、父親、ベビーシッターなど何百人もの人間が揺さぶりによる殺人の嫌疑で収監されてきた。この診断名はきわめて国民の意識に根付いているので、今年、上院は4月の第3週を“National Shaken Baby Syndrome Awareness Week(米国揺さぶられっ子症候群啓蒙週間)”とすることを満場一致で宣言した。
しかし、専門家たちは揺さぶられっ子症候群の科学的根拠に疑問を呈している。告発され殺人で有罪となった者のかなり多くの人たちに無実の可能性があると見られる。
過去30年間、医師たちは、網膜出血、脳周囲の出血、脳腫脹のいわゆる “3徴候” として知られる3つの主要な徴候を根拠としてこの症候群を診断してきた。これら3つの徴候(時にそのうちの一つまたは二つ)が存在すれば、合理的な疑いがあったとしても直前に赤ちゃんの世話をしていた人物が、赤ちゃんの脳を致死的に損傷するほど激しく揺さぶったことが立証されると長く考えられてきた。
しかし、揺さぶられっ子症候群の診断を裏付けると言われている遺体の厳密な検査に方法論的な欠点があることを露呈した。これまで揺さぶりによると考えられていた徴候が他の手段によっても生ずる可能性があることが現在、科学者たちに受け入れられるようになっている。実際、MRIを用いた小児の脳の研究によって、この3徴候が虐待による受傷以外の小児にも時に認められることが明らかになっている。脳の出血には、転落、感染、鎌状赤血球貧血などの疾患、あるいは出産時外傷など多くの原因が考えられている。
さらに重要なことに、3徴候のある小児例の多くで、受傷時刻と患児が意識障害を起こした時刻との間に数時間から数日に及ぶまでのズレが存在し得ることが医師たちによって確認されている。このことは、赤ちゃんの直近の養育者に目を向ければ責任者を特定することが可能であるという考え方に矛盾するものである。
昨年、米国小児学会は、揺さぶられっ子症候群の診断名を用いることをやめ、代わりに “abusive head trauma(虐待性頭部外傷)” を用いることを推奨した。この用語は揺さぶりだけが損傷を生じ得るのではないことを示唆するものだ。
この診断に対する新しい理解はようやく法曹界にも浸透し始めたところだ。2008年、ウィスコンシンの上訴裁判所は“主流となる医学的見解”によって揺さぶられっ子症候群の医学的根拠が崩されたことを認めた。同法廷は Audrey Edmunds に対する新たな裁判を容認した。彼女は3人の子の母親であり、世話をしていた子供を殺害したとして刑務所で10年を過ごしていた。検察は後にすべての容疑を免訴した。
しかしながら、困ったことに Edmund さんのケースはまれな例外といえる。ほとんどの揺さぶられっ子の有罪判決はいまだ再審査されていない。また新しい事例についてもいまだ時代遅れの科学を基に訴追されているのである。
科学的な合意事項が変化しているにもかかわらず、揺さぶられっ子症候群の診断の正当性についての議論はいまだ続いている。揺さぶりが3徴候を生ずるに十分なエネルギーを発生し得ないことの証拠、あるいは揺さぶりがあったとしても子供の頸部や脊髄への損傷を来たすことなく3徴候を生じ得ないことの証拠として、子供の解剖をモデルにしたダミーを用いた研究を示す科学者がいる。しかし一方でこれらの研究の有効性を疑い、(必ずしも3徴候を必要とはしないが)揺さぶりだけでも3徴候を起こし得るという考えを支持する者もいる。
求められるのは意見の異なる未解決の領域を解明するための揺さぶられっ子症候群の包括的な研究である。法医学の科学的根拠に関する包括的報告書を昨年発表した National Academy of Sciences(全米科学アカデミー)こそこのような研究に手をつける理想的な機関であろう。
しかしながら、当面司法の問題は残されたままである。カナダ・オンタリオ州では3徴候の根底にある科学について深い懸念があると捜査当局が結論づけており、今同州では揺さぶられっ子症候群に基づくすべての有罪判決を見直している。同様の審理が米国全体のレベルで行われるべきである。
数十年間、揺さぶられっ子症候群は実質上、殺人の医学的診断名となってきた。しかしゆくゆくは、検察、判事、および陪審はより懐疑的な態度で臨むべきである。3徴候の存在だけでは子供が致死的に揺さぶられたということを合理的疑いを越えて証明できないからである。
Deborah Tuerkneimer 氏は現在 DePau University の教授。元マンハッタン地方検事補である。
揺さぶられっ子症候群による死亡例は
日本ではきわめて報告が少ない。
本邦では直接的な暴力による損傷の方が
多いのかもしれないが、
顕在化していない例が多く存在している
可能性がある。
子供への虐待は巧妙に隠蔽されているため
見逃されてしまうことも懸念される。
一方で、誤った医学的根拠が重視され過ぎる結果、
冤罪を招くことがあるとすれば、
それはそれでまた憂慮されるべき問題なのである。
(よもや解剖所見を改ざんする検事はいないだろうが…)
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