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kan-haruの日記

風景・風物詩 夏の風物詩 幼児期に住んだ入谷の小野照崎神社と朝顔まつりその2

2015年07月29日 | 風景・風物詩

kan-haru blog 2015 

入谷の朝顔市
小野照崎神社から朝顔まつりが開かれている入谷鬼子母神へは、通りを一つ隔てた言問通りの入谷交差点を渡ります。入谷の朝顔市は、例年七夕の前後3日間(7月6日、7日、8日)開催されますが、7日に久しぶりに小野照崎神社を参詣してから鬼子母神(真源寺 台東区下谷1-12-16)にもお詣りしました。しかし、前回の朝顔まつりに行った2008年は、主要国首脳会議(洞爺湖サミット)の開催のため、第60回朝顔市の開催日が7月18、19日、20日(「風景・風物誌 夏の風物詩 入谷の朝顔市2008」参照)に変更されました。

 小野照崎神社から言問通りへ (左:小野照崎神社から言問通りに向かう路地裏通り、右:昭和・言問通り交差点)

入谷の交差点には、昭和31年7月に、下谷観光連盟が建立した「入谷朝顔発祥之地碑」と「入谷乾山窯元之碑」があります。「入谷朝顔発祥之地碑」は、鬼子母神の辺りは江戸末期から朝顔栽培が盛んだったところで、境内を中心に朝顔市がたち、早朝から夜遅くまで賑わって、全国的に有名になった入谷の朝顔を顕彰した碑です。「入谷乾山窯元之碑」は、入谷の地は古くから農閑期を利用して土器の製造の盛んなところであり、名陶工といわれた尾形乾山は、1731 年(享保16年)69歳の頃に江戸に下り、寛永寺領入谷の鬼子母神の前あたりに窯を築いて晩年を送りました。そして81歳で没するまで江戸に在住し陶器や絵画の制作に手腕を発揮したことを顕彰して建立されました。 

 
言問通りを横断して朝顔祭りへ (左:言問通りを横断して朝顔祭りへ、右:「入谷朝顔発祥之地碑」と「入谷乾山窯元之碑」)

今年の朝顔まつりは、66年目を迎え例年通り入谷鬼子母神から言問通りに120数軒の朝顔業者の朝顔約12万鉢が並び、毎年40万人の人出で賑わいを見せています。

 賑わう朝顔市露店(左・右:約12万鉢が並ぶ朝顔市露店)

入谷鬼子母神 
入谷の鬼子母神は、仏立山法華宗本門流の寺院で真源寺といい、1659年(万治2年)に光長寺20世・日融が当地に法華宗本門流の寺院を開山して鬼子母神を祀っています。鬼子母神は仏教の守護神であり、明治以前は神も仏もいっしょに祀られていましたが、神仏分雛により独立しましたが、鬼子母神はいわゆる神様ではないということで、そのまま真源寺に残されました。地口の「恐れ入谷の鬼子母人、びっくり下谷の広徳寺・・・」は、「恐れ入りやした」の「いりや」を地名の「入谷」に掛け、同地にある「鬼子母神」を続けたもので、「恐れ入りました」をしゃれて言ったもので、「びっくりした」は「びっくり下谷」と地名の「下谷」に掛けた言葉遊びです。
 
 朝顔市の鬼子母神境内1 
(左:人で一杯の境内、右:境内に並ぶ朝顔鉢)

それほど広くない真源寺境内には、沢山の朝顔鉢が並び、多くの参詣人で一杯です。真源寺をお参りして、大と小の朝顔のお札を頂いてきました。

 大小の朝顔のお札 

朝顔市は真源寺境内での鉢植えと、露店の鉢植えが12万鉢並び、立派な鉢植えの朝顔は5千円からで、一般の朝顔鉢は2008年の朝顔市と同値の2千円でしたので、何時ものように一鉢購入しました。

  朝顔祭りの朝顔売り場
(左:真源寺境内の朝顔売り場、右:朝顔市露店の朝顔売り場)

また、境内の郵便局出店で記念の朝顔市とほおずき市の上野記念切手を購入して、金鳥が配る朝顔市の団扇を貰って入谷駅から地下鉄で帰宅しました。

 
朝顔市で入手した記念切手と団扇

 今年購入の朝顔は矢車鉢で、購入の翌日から元気に毎日花を付け、楽しんで観賞をしています。
  連日花を付ける朝顔市で購入の鉢

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