理想社会に思う
最近の香港の学生たちの民主化運動に思う。いったん自由のよさを体験した者は、束縛されることを嫌う。逃亡犯条例改正案に反対するこのデモ は、マスクの禁止!ということにもなった。当局が民主化運動をする学生たちを特定するために、マスクをするなというのだ。
先週、香港の行政長官と中国の最高権力者が会談した直後から、権力の横暴が始まった。鎮圧に乗り出した警官が、学生を近距離から拳銃で撃つという場面が報道された。また、催涙弾を水平方向に発射するという暴挙に出る警官たちも出始めた。権力を持つ者たちが、民主化運動をする者たちに容赦しないぞと、その本性を表した。
資本主義社会は、搾取する自由も含まれているというのだが、それなら、社会主義、共産主義社会が、皆平等で、しかも、人権侵害もなく、自由を謳歌できる社会と言えるかというと、そうではない。理念はリスペクトできるのかもしれないが、実際既存の社会主義の多くの国家が、人権の弾圧などを平気で行っているように見えるから残念である。
教育で人間の心がほんとうに解放され、互いに思いやりの心が生まれたり、自分と同じように他者の利益や豊かさを求めるというのは、果たして可能であろうか。社会主義の国では、私腹を肥やすことにやっきになっている高官たちの何と多いことか。人間に罪がある限り、いくらでもこうした問題は噴出することになる。資本主義がよいわけでもない。宗教のなすべき領域がある。
平良憲誠 主任牧師