祈りの必要性
数日前、どのテレビ番組であったか記憶にないが、隣国の中国で最近宗教が容認され、広い国であるから地方により違いはあるのかも知れないが、キリスト教も盛況を見ているというニュースが流れていた。しかもバプテスマ(浸礼)が次から次へと、数秒の間に何人もの人が浸礼を受けている場面が流れた。この日だけで60人以上の人たちが受けたと述べられ、全身、浸礼漕に沈められている光景が見られた。
このことは、大きな現象だと感じた。ひるがえって、日本におけるキリスト教の現実を考えると、私たち自身の取り組みは何か改めなければならないものがあるのではないかと、痛感させられた。最近、筑紫野南キリスト教会の斎藤剛毅牧師が、アメリカのバプテスト派のH・Eフォスディック先生の「祈りの意味」というタイトルの本を刊行された。私たちは、各自の力は弱いかもしれないが、心を一つにして日本の宣教のために祈りを傾ける必要があるのではないかと痛感する。
折しも、今日はギデオン協会から池田巨さんが証と献金のお願いに来られるが、かつて、アメリカの二人の青年が旅で偶然同室となり、全世界に聖書を広めようという祈りと願いを話し合ったという志を抱いた交わりが、現在のギデオン協会に成長したことを考えると、私たちも小さな祈りであっても、宣教の務めを果たすことが求められていると思うことしきりだ。
松村師