平和1丁目 ~牧師室より~

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会の週報に載せている牧師の雑感

2012年4月1日 春の花々のように

2012年03月31日 17時51分50秒 | Weblog
春の花々のように


 2012年度が始まった。急に桜の開花もはじまり、あわただしく春の様相を整えだした。教会も計画総会があっという間に終わり、これからいよいよだが、準備が追いつかないでいる。時間だけがどんどん先に進んで、待ってくれ~とフ~フ言っているありさまだ。春というのは、勢いを私たちに与える。新しい命もあちらこちらから顔を出す。日本では、イースターは、ちょうど桜の開花時期と重なる。1週間後の召天者記念礼拝に花が残っていることもある。
 教会の敷地に咲いている花々で言うと、まず、アーモンドが満開で見事だ。また、その下のチューリップも可愛く咲いている。プランターの中のグラジオラスや三色スミレもきれいに咲いた。また、裏庭の梅の木の下に咲いている雪柳も満開になっていた。この3日ほどの晴れ間で、春が一気にやってきたかに見える。しかし、世情はこの春の陽気とは裏腹に、灰色の雲がたれこめているかのようだ。相変わらずの放射能汚染。茨城県沖で獲れた平目から基準値を上回るセシムウが検出されたという。
 また、4月からいろいろなものが値上がりすると言っている。ガソリンの高騰、それに伴うものすべてである。電気料金もそうだし、ビニール製品や食料などに至る。また、保険料なども上がる。これらのことにより、生活が困窮してしまう人々が、大勢出ることだろう。春の花々は毎年咲いて、私たちを喜ばしてくれる。人間社会も春の花々のように、やさしくならないものか。

2012年3月25日 東日本の大震災(原発破壊事故)から1年

2012年03月24日 21時43分23秒 | Weblog
東日本の大震災(原発破壊事故)から1年


 2011年3月11日から1年が経った。あの日から1年間、日本の政治、経済の動きを見て、今まで経験したことのない異常な事態が生じてきた。広い範囲で原子力の汚染が広がり、人間が住めなくなってしまった。以前からあったドルの変動、経済の格差、就職難、年金、医療、中・高年者の生活不安など落ち着いた人生設計の希望がもてず、復興の兆しもなかなか見えてこないようである。
 しかし、わたしたちキリストを信じて歩む者たちは、このような不安や困難な状態にあっても、神の主権的な恵みと導きを祈っていくならば、神が必ず必ず時を越えて、解決の道へと導いて下さると信じて時を待ち望むべきだと思う。
 「事実、あなたがたは、恵みにより救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です」(エフェソ2:8)。「あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ行わせておられるのは神であるからです」(フィリピ2:13)。
 これからの日本の苦難の道をじっと耐えて歩むのが、わたしたちに課せられた教会生活のあり方であり、このことは、神から与えられた、すべての人間に対する自由にして力ある行動を教えられているのだと信じたいものである。


松村師

2012年3月18日 愛情を受ける

2012年03月19日 18時08分30秒 | Weblog
愛情を受ける


 共同保育のこどもたちを見ていると、やはり人間の子供はすばらしいと思う。欲しい物があると、奪い合いになるが、相手が泣いたりすると、そのときは奪い取っていても、しばらくすると返すか、ごめんねと言いに来る。人間の子どもは、共同保育のような小集団でも、一緒に生活してすったもんだが発生し、それが繰り返されていくうちに、相手を思いやる心も次第に育っていくようだ。
 動物は違うだろう。本能のままに動く。アメとムチで、しつけがされて、幾分か、ものわかりのいいように思えるのだが、それらは、条件反射のようなもので、心の動きではないだろう。人間の子供は、小さいうちから、次第に相手の気持ちを推し量ることができるようになるからすごい。
 しかし、これもまた、愛されることを知らなければどうだろうか。共同保育の子供たちは、どの子も親に愛されていることが、よ~くわかる。思いやりを示すことがどの子もできる。人間の子供は、愛されることで育つのである。愛が、すべての栄養分である。愛情を注いだ分だけ、愛の深い人間に成長するだろう。
 ところが、その愛情を受けることの上手な子と不器用な子がいるから、不思議である。我が子をみてもそれがないとは言えない。十字架は万民のためのものだが、神様もまた、神様の愛情を受けるに素直で上手な者もおれば、下手くそな者もいることをご存知なのではないだろうか。ペトロは、上手で、ユダは、下手であったのかもしれない。


平良師

2012年3月11日 3・11大震災からちょうど1年

2012年03月19日 17時59分14秒 | Weblog
3・11大震災からちょうど1年


 昨年の今日、私たちは、松村先生と九大病院に向かっていた。車の中のテレビの映像は、まさに、津波が押寄せているようすを映し出していた。私は、てっきりVTRか、どこかよその国の出来事を放映しているのだろうとばかり思っていた。しかしそれは、巨大津波が、村や町を飲み込んでいくライブ映像だった。
 あれからちょうど一年になる。被災された人々の人生が変っただけでなく、日本国のありようまでもが一変した。特に、原子力発電所の存在は、大いに見直されることとなった。キリスト者に限らず、あらゆる宗教が、この大震災の意味を問うた。
 世情はますます閉塞的になり、混沌としてきている。新たなる地震や津波の恐怖が取り沙汰される世の中だ。強いリーダーを求める機運に乗じて、声高に思想統制、軍備強化を訴える政治家が登場しても、それをむしろ歓迎するムードさえ起こっている。
 世の流れの中で、キリスト者たちができることは、被災された方々へのほんの束の間のお手伝いと祈りだけである。しかし、イエス・キリストの福音は、時代や状況にかかわりなく、伝えられるべきもの。救いも、平和も、自由も、永遠の命も、これらを伝えることは、イエス様から私たちに託されたことであり、私たちにしかできないことだ。自然災害は、これからも起こるだろう。政治は油断すれば、我々から自由を奪い、平和は脅かされるだろう。そして、どのような世になろうともキリストは伝えられるだろう。


平良師

2012年3月4日 2011年度も最後の月を迎えたが

2012年03月18日 01時00分32秒 | Weblog
2011年度も最後の月を迎えたが


 2003年に平尾バプテスト教会の牧師として招聘されてから、3月末で丸9年となり、4月から10年目に入る。10年目は、大名建築とそちらでの活動という大きなプロジェクトが始まる。近藤姉もまた、この大名の建物の完成と活動を楽しみにされていた。それが、建築開始直前に天に召されたのである。
 あちらでも、シホンケーキ、パウンドケーキ、チーズケーキやクッキーを焼いてくださるはずだった。2月15日に入院されて2週間という短い闘病生活だった。思えば、昨年末からかなりの痛みが襲っていたに違いない。それでも近藤姉は、それに耐え、入院中も見舞いに来た者たちを笑顔で迎えてくれた。私が、当教会で最初にバプテスマを授けた方だった。
 再洗礼であったが、バプテストが浸礼であるため、バプテストの信徒として一からやり直すつもりで教会生活を始めたいと言われた。潔い方だった。他の教会員同様、私と妻をよく支えてくださった。私が妻の愚痴を言うと、「そこがいいんですよ、あんな人はいませんよ」、と妻のフォローに回ることはたびたびだった。
 2011年度は、三名の教会員が天に召された。いずれの方も、それぞれに、それぞれの形でイエス・キリストの教会を支えてくださった。愚かにも、いらっしゃらなくなって初めてわかるのである。私たちの教会は、実は、こうしたご高齢の方々に支えられ、導かれてきたということが。ご高齢の方々が安心できるように、私も、もっとちゃんとしなければ!


平良師

2012年2月26日 玉井忠純兄を偲ぶ

2012年03月16日 22時37分12秒 | Weblog
玉井忠純兄を偲ぶ


 1月31日に玉井忠純兄が天に召された。享年73であった。玉井さんと美智子さんとの出会いは、30年以上も前の平尾教会においてであった。玉井さんはここ平尾教会でバプテスマを受けたのだが、その信仰告白が、文語訳聖書に基づきながら、何の原稿もない口頭での、しかしその内容はそれ以上はないほどにしっかりとしたものだったので、この人は只者ではない、という印象を私たちすべてに与えるものであった。
 そしてその後の玉井さんの信仰の歩みは、まさにそのときの印象の正しさを裏づけるものだった。私の説教担当のあとには、いつも興味深い、問題の所在を的確に捉えた上での質問をしてくれて、その応答とその後のやり取りから、私は多くのことを教えられた。数年後に東京転勤となってからは、勤め先の銀行の池袋支店でお会いしたり、津田沼教会での特別伝道集会に招いていただいたり、全国壮年大会でお会いしたり、というくらいの交わりになっていた。
 しかし時折お手紙で、私が書いたものについての長文のコメントをしたためてくれ、私の「十字架の神学」にも深い理解を示してくれた。こうした交わりが、再び一挙に活発なものになったのは、十数年前に信州の伊那谷で始まった(ほんとうは始めさせられた)私の、ギリシア語原典で新約聖書を読む聖書塾においてであった。一回目のときの玉井さんはまだギリシア語はまったく学んでいなかったが、そこで大いに刺激を受けたのか、その後にその学びを始め、二回目のときにはもうかなりよくギリシア語原典を読めるようになっていた。そしてその学びは回を追うごとに充実したものとなり、四、五回目あたりからは、もうほぼ完璧の状態であった。
 玉井さんのすばらしいところは、他の場合の彼の思考過程においても同様のことが言えるのだが、ただ単に文法を暗記するというのではなくて、なぜそうなるのか、いやそれ以上に、なぜギリシア人はそのような言い方をするに至ったのか、という言語成立上の大問題を考えようとするという姿勢であった。そのような考察の一部はあまりに優れていたので、私との共同執筆という形で(そうでないと掲載不可能なので)西南学院大学の『神学論集』に収録させてもらったほどである。
 最近の玉井さんは、かつての著書『パウロ様への恋文』に次ぐ、二冊目の『イエス伝』を、まったく新しい観点から執筆しようとして、かなりの量の原稿を書いていて、私にも送ってくれていた。その完成を見ることなく逝ってしまうのは、まことに心残りだったことであろう。玉井さんのような人との出会いを与えられたことを、私は心から神さまに感謝している。美智子さんはじめ、ご親族の皆様のお悲しみを思うと言葉もないが、聖書に約束されている「新しい生命」を生きながら、いつも共にいてほしいと思う。


青野師

2012年2月19日 キーワードは『楽しむ』こと

2012年03月03日 23時40分12秒 | Weblog
キーワードは『楽しむ』こと


 先週の会堂記念日礼拝は、今年完成予定の大名クリスチャンセンター(仮称)につなぐ大切な記念日となった。そういった意味で、私たちは、深い感謝を神様に捧げよう。私たちは、この平尾会堂の返済をまだ終えていないが、次の建物を建て、あちらで伝道活動をするように神様に示されて、二年以上が経過した。現在の建物のときには、どこに建てるのか、といったことから問題となり、駐車場を広くとることの選択など、大胆な決断をした。
 今回の大名の場合は、あちらでどのような活動をするかも同時に考えなければならず、私たちの群れに神様が期待されていることを推し量り、これまた大胆な決断が必要ではと思うのである。
 教会バザーは、準備に十分な時間をとることはできなかったが、それでも、友愛委員長の靍木兄をはじめ、各会の働き、子どもたちもよく取り組んで、皆で作り上げた。バザーのキーワードは、「楽しむ」ということ。あわただしく、楽しむなんて余裕はなかったという方もいるかもしれないが、終ってみれば、やはり楽しかったのではないだろうか。バザーによる収益金は、19万1400円であった。これらは、建築献金、東日本大震災被災者支援、ホームレス支援に捧げられることになっている。ところで、渡辺聡先生を迎えて、大名での活動の知恵を今回いただくことにしている。
 これもまた楽しみである。神様から託されたイエス・キリストの教会を皆で作っていくことは、何にも増してまた楽しい。


平良師