平和1丁目 ~牧師室より~

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会の週報に載せている牧師の雑感

2015年3月22日 平尾教会はチームで動く

2015年03月28日 18時14分04秒 | Weblog
平尾教会はチームで動く

 2015年度の歩みを考えていく上で、ねらいとしたいことは、チームで考え、チームで動くということだ。よく言われることは、一人の牧師が牧会できるサイズは、70人くらいだそうだ。私たちの教会は、現在150名ほどの現在会員であるから、2人の牧師が必要であり、それが適えられていることはありがたい。
 また、5名の協力牧師がいて、これらの7人の牧師たちが、それぞれの得意分野を生かし、相互に連絡をとりながら機能的に動いていくならば、かなり細かな牧会も可能となる。2015年度は、これまで隔月でなされていた平尾牧師会の回数を増やすか、連絡をこまめにとりながら、協力体制を強化して牧会にあたっていきたい。
 もちろん、そのように他の委員会や各会、スモールループやミニストリーのグループにも、そのことをお願いしたい。私たちは2つで一つの教会を作ろうとしてきたが、その長所や短所、課題も見えてきている。しかし、こうしたチームで動くという発想は、この2つで一つというあり方において、必然として起こってきたものであり、この形が生み出した恵みだと思っている。
 確かに私は、開拓伝道から始めた牧師であって、自ずと強引なリーダーシップで教会形成に取り組んできたかもしれない。今、これまでのやり方を改めねばと思っている。これからの平尾教会の成長のためには、チームで物事を考え、進めることが必要である。このことが、現状の諸々の課題を克服していく力となる。


平良 師

2015年3月15日 本の紹介

2015年03月22日 00時30分10秒 | Weblog
本の紹介

 先日、とあるクリスチャンの本が出版されました。タイトルは『東京バプテスト教会のダイナミズム3』、著者は東京バプテスト教会(以下「TBC」と記述)、ミニストリー担当牧師の渡辺聡先生で、平尾教会の初代牧師、渡辺暢雄先生のご子息です。1作目と2作目は、平良先生が教会で紹介されましたので、読まれた方もおられるかもしれません。
 今回出版された第3作目のテーマはずばり、「うつ」です。かつて様々な形のうつ病で苦しみ、教会に導かれ、信仰によって癒された人たちの体験談、証しが収録されています。本の最初に「カズユキ」という人物の証しが掲載されていますが、これは実は、私のことです。かつて私はTBCに在籍していた時、うつからの回復の過程を詳細に書いた、救いの証しをホームページに載せ、また自分のブログに聖書的な記事をよく書いていました。
 それを読んだ別のうつ病の男性「シュウ」が教会を訪れ、そして彼も信仰によってうつを克服することができました。渡辺先生がTBCでシュウと話をする中で、彼がTBCに来るようになったきっかけを知りました。そして、うつ病を克服した、もっと多くの教会員の証しを集めて一冊の本にしよう、と思い立ったそうです。本には、私とシュウの他、合計5人の方々の証しが収録されています。
 本の帯に「ビブリカルな(聖書的な)生き方という選択肢」という言葉があります。日本では現在、100万人を超える人々がうつ病で苦しんでいると言われますが、治療は一般的に投薬(抗うつ剤)や認知療法(カウンセリング)などで行われます。それらはもちろん否定しませんが、うつからの回復のためには「聖書的に生きる」という選択肢もあるのだということを、この本を通して、一人でも多くの方々に知ってもらえればと願っています。


嶋田 師

2015年3月8日 春を告げるものたちの空しさ

2015年03月15日 11時34分43秒 | Weblog
春を告げるものたちの空しさ

 室見川では、3月になると白魚が獲れる。定置網のような仕掛けができ、料理屋も川べりにせり出して、春の風物詩となっている。福岡に出てきたとき、同僚たちが招待してくれて、初めて白魚の踊り食いなるものをいただいた。正直言っておいしいとも思わなかった。風情を楽しむものなのだろう。
 かつて、妻はある料理番組に出たことがあるらしいが、この白魚の踊り食いだったそうで、悲鳴をあげそうになったが、我慢して食べたということだ。結婚前の話だ。残念ながら妻の食べる場面はカットになっていたらしい。それはそうだろう。苦渋に満ちた歪んだ顔で食べている姿を放映するはずもない。春を告げる魚の中に、眼張(メバル)がいる。名前のとおり目がでかい。
 これこそ、別名、春告げ魚と言われている。福岡海釣り公園で、ちょっと型のいいものが釣れる。煮つけやから揚げ、味噌汁などに入れてもおいしい。群れで泳いでいるので、針が何本もついている仕掛けでたくさん釣れるときがある。それも、日が沈んでからの1時間のうちに、ばたばたと釣れて、それ以降は何も釣れなくなるから不思議だ。
 季節になると咲く草花、やってくる鳥や魚、私たちの故郷には四季折々の物語がある。それだけに、春になると故郷を想う福島の方々のつらさは、いかばかりであろうか。4年目の3・11がやってくる。春たけなわとなり、桜をはじめ色とりどりの花が咲き乱れても、誰もめでる者がいない故郷もさぞ空しかろう。


平良師

2015年3月1日 美しい日本なのか

2015年03月07日 22時22分20秒 | Weblog
美しい日本なのか

 小説家の川端康成は、ノーベル文学賞を受賞したとき「美しい日本のわたし」という記念講演を行ったと記憶している。最近、日本のある政治家が盛んに「美しい日本」という言葉を口にする。私も日本は、美しいと思う。四季折々の風景は他の国にはない豊かさをもっている。また、日本の文化で誇りに思うことはいくらでもある。世界の中でも、日本製品は品質がよいとの評判だ。
 ところが、先日のある集会で、沖縄県から招かれていた講師のAさんが、「今の日本は汚い国だ」と言われた。それは、ある政治家の「美しい日本」という言葉に対抗して使われたものだった。今の若者たちには、将来への夢がない、希望がない、というのだ。そのような国は、汚い国だ、と言われた。
 そして、最近起こった青少年の凶悪犯罪である。中東で起こっているテロ集団の残虐極まりないあのような殺人行為なども、かなりの影響を及ぼしているのではないかと懸念する。また、異常にも、あのテロ集団に入ろうとする若者たちが各国に少数とは言え、存在することだ。
 彼らの中には、自分のいるその社会に疎外感をおぼえ、希望を見出すことができず、挙句の果てに自暴自棄になって、怒りと共にそのような行動に出たという者たちもいるようだ。日本も少しずつそのような者たちが増えてきているとするなら、確かに「美しい」とは言い難い。美しい日本とは、平和な国のありようだ。希望にあふれる若者たちが大勢いる国だ。


平良師