愛しているのに
韓国ドラマを NHK が放映するようになったその最初は、「冬のソナタ」だったと思う。あれから、何本かの韓流ドラ マが放映されたが、どれもこれも楽しく見させてもらってきた。今は、「オクニョ」を毎週楽しみにしている。
しかし、「冬のソナタ」を超えるものに出会ったとは思わない。あの哀愁漂う空気は何とも言えない。ミーハーと言われようとも、そう思うのだから仕方ない。私の中では、「冬のソナタ」は別名「悲劇のサンヒョク物語」となっている。
毎回、ああ哀れ、サンヒョク、今日もだめだったね、と私は心の中でつぶやいていた。よせばいいのに、彼はユジンを愛している。ユジンは、ミニョンを愛している。ミニョンもユジンを愛している。サンヒョク、君はどうすることもできないのだよ、とテレビを見ている者はつぶやいていたはずだ。愛している者に愛されないというのは、何とつらいことだろう。サンヒョクは、いたるところで忍耐を強いられる。 神様は、創造された人間の一人一人を愛して命を吹き込まれた。
人間は神のものである。しかし、その人間は、神様を愛しているだろうか。神様に喜ばれるような生き方もしているだろうか。神様は、忍耐して自分に戻ることを願っ ておられる。それじゃあ、神様はサンヒョクなのか。それは違う。ユジンは、サンヒョクが創造したものではない。ユ ジンもまた、同じ神様の創造物。愛している者から愛されたら幸せに決まっている。愛は忍耐なんだなあ。
平良牧師