私も判断力欠如で結婚をしたのか・・
新聞の本の紹介欄。「大人の『夫と妻の』のつきあい方」というタイトルのよこに、吹き出してしまう文章があったので紹介したい。「人は判断力の欠如で結婚をし、忍耐力の欠如で離婚し、記憶力の欠如で再婚する」というものだ。ちょっと当たっているかも、と思う人もおれば、大いに当たっていると考える人もいるだろうし、そんなことがあるか、と腹を立てる人もいるだろう。
私の場合、冷静に何日も考えに考えた末、祈って、妻との結婚を決めた、と言えばウソになる。惹かれてしまって、シマッタと思うはめになったというのでは妻に気の毒なので、それも言わない。神様の御心があって、一緒に人生を送ることになった。
ところで、アメリカなどでは、現在、離婚はもとより再婚するケースも多く、子どもの結婚式のときに、何組もの親が式場に並ぶことさえあるという。家族の絆は弱く、子も親も血のつながりはあっても孤独で寂しい時代である。
神の家族の教会はどうであろうか。教会のスモールグループ(SG)の命は、本音で人生のいろいろなことを語り合うことができることだ。語る人の話をじっくりと聞き、分かちあう。共感する以外は、誰もその人に意見することもない。互いに支え合って、血のつながりのある家族以上の絆を築くこともでき、血のつながりのある家族の再生も可能になる。SGは、教会が本来目的としていることをバランスよく行って、信仰生活を生き生きとおくっていこうとする所だ。
平良師