弔 辞
昨年は甲斐兄が、そして先週は小野兄が天に移されてしまい、平尾教会の礎を築き上げてくださった二人の先達を失なってしまった。とても寂しい。そのお二人の告別式で私は弔辞を読ませていただいたのだが、二回とも亡くなったご本人に直接語りかけることをしたので、びっくりした方もおられることだろうと思う。
なぜなら、キリスト教の葬儀における弔辞は、亡くなった人に直接語りかけるのではなくて、その方についての思い出として三人称で語るようにしなければならないというのが、アメリカ人宣教師などの影響下で成立してきた伝統的な理解だからである。
亡くなった人の霊魂は私たちにはまだまったく知らされていない遠い「天国」に移されてしまったのであって、よく日本の映画などでも描かれるようにいつも私たちの近くにいて「守護霊」のようにして姿を現わしたりするわけではないから、というわけである。しかし私はこの伝統的な理解に対してずっと抵抗を感じてきたので、自分で弔辞を読むときには常にご本人に呼びかけることをしてきた。
ある時には「神学部長として」そのようにしたので、多くの人から「なぜ」と問われてきた。聖書において死後の世界がどのようにとらえられているかという問題については、私は『どう読むか、聖書』(朝日選書)の137頁以下で、その理解は実に多様であり、確実だと言えることは、生きているにしても死んでいるにしても創造主なる神は常に私たちとともにいてくださるということぐらいだろう、と記した。
つまり私の理解の根底には、「わたしがよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。また生きていてわたしを信じる者は、いつまでも死なない」というヨハネ11章25~26におけるイエスの言葉があるのである。
だから、亡くなった人は、たとい肉体は滅びても、神さまとともに、イエスさまとともに、「新しい命」を生き続けているのであって、私が呼びかける言葉を聞くこともできないような遠いところに逝ってしまったのではないのだ、と私は信じているのである。
一人のアメリカ人宣教師は私のこのような捉え方に理解を示してくれて、「日本式の弔辞」の方がよいかもしれない、と言ってくださった。また、あのフーテンの寅さんのファンとしても有名な実践神学者・関田先生の、恩師・浅野先生への弔辞が、最初は三人称を主語にして伝統的な仕方で語られていたのに、途中からは「浅野先生!」と二人称で呼びかける形をとってしまっていることが記録として残されているのも、とても示唆的だと思う。
そうなるのが最も自然なのだ、ということを示していると思われるからである。もちろん私は自分の理解を絶対化するつもりはまったくない。ただ、それを「異教的だ」として排する根拠も乏しいように思うのである。
青野師
昨年は甲斐兄が、そして先週は小野兄が天に移されてしまい、平尾教会の礎を築き上げてくださった二人の先達を失なってしまった。とても寂しい。そのお二人の告別式で私は弔辞を読ませていただいたのだが、二回とも亡くなったご本人に直接語りかけることをしたので、びっくりした方もおられることだろうと思う。
なぜなら、キリスト教の葬儀における弔辞は、亡くなった人に直接語りかけるのではなくて、その方についての思い出として三人称で語るようにしなければならないというのが、アメリカ人宣教師などの影響下で成立してきた伝統的な理解だからである。
亡くなった人の霊魂は私たちにはまだまったく知らされていない遠い「天国」に移されてしまったのであって、よく日本の映画などでも描かれるようにいつも私たちの近くにいて「守護霊」のようにして姿を現わしたりするわけではないから、というわけである。しかし私はこの伝統的な理解に対してずっと抵抗を感じてきたので、自分で弔辞を読むときには常にご本人に呼びかけることをしてきた。
ある時には「神学部長として」そのようにしたので、多くの人から「なぜ」と問われてきた。聖書において死後の世界がどのようにとらえられているかという問題については、私は『どう読むか、聖書』(朝日選書)の137頁以下で、その理解は実に多様であり、確実だと言えることは、生きているにしても死んでいるにしても創造主なる神は常に私たちとともにいてくださるということぐらいだろう、と記した。
つまり私の理解の根底には、「わたしがよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。また生きていてわたしを信じる者は、いつまでも死なない」というヨハネ11章25~26におけるイエスの言葉があるのである。
だから、亡くなった人は、たとい肉体は滅びても、神さまとともに、イエスさまとともに、「新しい命」を生き続けているのであって、私が呼びかける言葉を聞くこともできないような遠いところに逝ってしまったのではないのだ、と私は信じているのである。
一人のアメリカ人宣教師は私のこのような捉え方に理解を示してくれて、「日本式の弔辞」の方がよいかもしれない、と言ってくださった。また、あのフーテンの寅さんのファンとしても有名な実践神学者・関田先生の、恩師・浅野先生への弔辞が、最初は三人称を主語にして伝統的な仕方で語られていたのに、途中からは「浅野先生!」と二人称で呼びかける形をとってしまっていることが記録として残されているのも、とても示唆的だと思う。
そうなるのが最も自然なのだ、ということを示していると思われるからである。もちろん私は自分の理解を絶対化するつもりはまったくない。ただ、それを「異教的だ」として排する根拠も乏しいように思うのである。
青野師