苦しいことは続いても
あるラジオ番組で、リスナーからこんな話しの紹介があった。
自分の母親が、占いに、はまってしまって、自分にもその占い師に会ってみないかというので、同行した。そして、名前の字画を診てあげましょうというので、診てもらったら、自分の字画はとてもよい、また、父親のものもよいということだった。ところが、母親のは、とても悪い、それも最悪だということだった。それで、これからいくらも不幸なことが起こるという。
しかし、占い師が言うには、方法がないわけではない。つまり、一画付け加えたらよい。印鑑を作り、その印鑑は、字画の一つ多い漢字にしてもらって、それを使い続けるならば、運が向いてくるというのだ。その印鑑の値段は、何十万円かであった。それで、その人は、来た~と思ったらしく、丁重にお断りして、帰ってきたという。そして、母親にもう少しで騙されるところだったね、と言ったら、母親は、「どうしてくれるの~これからの私の人生を!」と言ったという。
もし、こんな印鑑を用いて、幸せになることができるのなら、誰もがそうしたいに違いない。しかし、残念ながら、そのようなものは、この世にはない。でも、話としてはうまいなあ~と、思った。私たちの場合、キリスト者になっても、苦しいことは相変わらずある。いや、増えた、そういう方もおられるかもしれない。しかし、その苦難を乗り越えることのできる心の支えや確信をいただいているのはうれしい。