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限界集落

2017-12-08 10:56:58 | Weblog

                                                                                                  雪を掻く村の人々重々し

 

 

 

 先般、家内の生まれた木島平は馬曲地区の親戚に所要があり二人で出かけた。来るたびに、集落の荒れ果てた姿が目立つようになっている。五十年前、家内と結婚した当時は五十戸あった部落でしたが、雪が深いことと生活の不便さで、年々再々に渡って部落の人々は移転して、今では拾件満たなくなってしまい限界集落となった。家内の実家も須坂へ越して三十年近くになると思う。家内の兄さんは、部落の活性化の為に、部落の有志と共に温泉の発掘に努力しましたが、幸いにも温泉は出て僅か三年で、生まれ育った大好きな部落を離れることになったことを、今思うと、兄さん夫婦が苦渋な決断だったと思う。感心なことは、家内の母だった。友達のいない慣れない土地で良く順応されたと思う。

まぶた閉ずふるさとの山眠りをり
 

 

  兄さんの長男夫婦は長野へ勤めていたため、通うに便利な須坂に家を構えたのだろうと推移している。部落の若い人たちは仕事場が離れているので、どんどんと集落を離れざるを得なかったのだと思う。兄さん夫婦は馬曲地区の深い雪と、雪下ろしはじめ沢山の苦労を思えば雪がない須坂に越したことが大正解だったようだ。

馬曲部落は平家の落人の為、源氏から逃れようと、里から見えない山奥の沢に集落をつくったと聞いている。思い出すと、家内と結婚した数年は、街で育った私は、何百年も続く伝統ある部落民の手作りの祭礼に呼ばれるのが楽しみだった。部落の若者の獅子舞や部落民総出の山車が懐かしい。れぞれ歴史ある催しがなくなったことが淋しい。昨今、守らなければならない大切な文化が消えていることで、人間関係の稀薄さがこんなところからも現れているのだと思って仕方がない。

 

     三十年間空家となつている家内が生まれ育った家、

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