
清瀬一郎氏 パル博士 岸信介氏
パル博士と日本人の関係では、箱根のパル・下中記念館という名もあるとおり平凡社創業の下中弥三郎氏が特筆される存在でもある。
また「パル判事の日本無罪論」を著し、晩年は南京虐殺の欺瞞を英書にして配布した田中正明氏は松井岩根大将の側近として、かつ下中氏の傍にいてパル・下中厚誼を観てきた市井の証言者でもある。
筆者はふとした縁で下中氏の子息で平凡社の相談役であった邦彦氏との好誼によって多くのエピソードを遺しかつ願望を託されている。
よく業界では、゛社会に為すべき仕事゛をする独特な社風をもつ平凡社ではあが、邦彦氏から託された下中弥三郎辞典にある膨大かつ有意な事跡を観ると、なぜパル博士との交流がこれほど深甚になったのかを下中氏の人物像をとおして現代に語りかけてくれるものがある。
このほどベンガルのパル博士のご子息から、ある意志を託された人物が来訪した。
その人物は、「日本に来るときお父さんから『日本に行ったらパルさんのことを研究しなさい』と言われました。それは東京裁判のことだけではなく、法律家としてのパルさんの見識をアジアの意志として世界の法律に携わる方々に知らせたい」と。
また友人が二十数万字に及ぶ英文の判決文を打ち込み、インターネット配信しようと作業を完了した矢先でもあった。
何れも偏狭に日本擁護するものではなく、アジア特有の過ぎ去った事象への諦観と、それを意志に醸成して世界平和に供するといった下中弥三郎の世界連邦提唱運動にも共鳴するものである。
多摩の下中家墓地に礼して想起することは、嘱望されたことの言辞を辿りつつも、その普遍な意志には途切れることのない「道」が存在することを教えてくれた。
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