明治天皇は帝大(東京大学)の巡察で現代の教育についての混迷を逆賭するかのように賢察を侍従に諭している。
これは天皇でありながら独りの英明なる人間としての直感である。
明治創成期、国家、国民という名ではじめて呼称され、国家経営のための諸制度がつくられた。
そのなかで一番重要視されたのは教育であり、さらに国民の人間としての尊厳を護るために任用される各部署要員と共に、それらの人員を用いて有用にプロデュースする「相」の育成だった。
その様子は天皇の慧眼というべき指摘であり、以後、立身出世主義から形式的組織となり、ついには臨機の応用に応えられないような状態が起こり、あたかも国家の暗雲となり惨禍を誘引してしまったことを観透すような憂いでもあった。
それは結果として今もつづく教育の在りように添えられる数多の枝論、ここでは文部省官制学校制度の限界を縫い繕う対策や、あるいはそもそもが教育課程の前提なるものを国家の施策の範疇に留め置き、しかもそれが全人格、全教養を補うかの如く考える官吏や受益者の習慣的錯誤によって囲うような状態を作り出してしまった。
その前提が崩れるといった状態だが、当時の目標が「公」に基づく立身出世なら、現在は食い扶持安定、やりたいことのステージ確保といったありさまである。
政治の「相」といえば、徴税、分配という部分は唱えても、国内の流動を俯瞰する教養も乏しく、その流動でさえ世界を包む流れからすれば盲流のような行き先不明状態でもある。
事実、政治の一面でもある欲望の交差点に戸惑い難儀な姿を見せるが、複雑な要因を以て構成された国家を担う胆力はなかなか感じ取ることはできない。
西郷も勝も歎いた国家の柄と人々の風潮は、よりその教育制度の錯誤と西洋迎合のために当時流行りものとして、かつ引き寄らせられる個の伸張と我欲の昂進を促す啓蒙的思想に染まってしまった。
そして大切なことを置き去りにしてしまった。
天皇はそのことを逆賭して諭したのである。
それは天皇の責任としての賢言でもある。
民族の危機は天皇の直感として今でも生きている、また解っていても動じない殻が社会を覆っている。問題はそれを意識として認知しなければ変わることはできない。以下は、その端緒として考え敢えて提示する。
≪聖喩記≫
明治19年丙戌11月5日
元田永孚謹記
11月5日午前10特例に依り参内既にして 皇上出御直に臣を召す。
臣進んで 御前に侍す。 呈上親喩して曰く。
朕過日大学に臨す(10月29日)設くる所の学科を巡視するに、理科・化(学)科
植物科・医科・法科等は益々其の進歩を見る可しと雖も主本とする修身の学科に於いて
は曾て見る所無し。
和漢の学科は修身を専らとし古典講習科ありと聞くと雖も如何なる所に設けあるや過
日観ること無し。
抑(そもそも)大学は日本教育高等の人材を成就すぺき所なり。
然るに今の学科にして政治治要の道を講習し得るべき人材を求めんと欲するにも決し
て得るぺからず。
仮令理科医学等の卒業にて其の人物を成したりとも人て相となる可き者に非ず。
当世復古の功臣内閣に入りで政を執ると雖ども永久を保つすべからず。
之を継ぐの相材を育成せざる可からず。然るに今、大学の教科和漢修身の科、有るや
無きやも知らず、国学腐儒固懇なる者ありと雖ども其の固泗なるは其の人の過ちなり。
其の道の本体に於いては固より之を皇張せざる可からず。
故に 朕、今徳大寺侍従長に命じて渡辺総長に問わしめんと欲す。
渡辺亦如何なる考慮なるや、森文部大臣は師範学校の改正よりして3年を待って地方
の教育を改良し大いに面目を改めんと云って自ら信じると雖ども中学は梢改まるも大学
今、見る所の如くなれば此の申より真性の人物を育成するは決して得難きなり。
汝 見る所如何。
臣謹んで對して曰く
数年前、与党の教育視察がイギリスに渡った。そして異文化から必然として考えられた教育制度を帰国して嬉々と広言していた。
今度の政権もその手の奇妙なハナシに飛びつくようにみえる。はたして何処の国の失敗と一過性の成功体験を持ってくるのだろうか。
制度やマニュアルや教師の増減や待遇を論じても失敗する。
明治以前、藩校、塾、郷学、寺子屋があった。
当時は制度や枠組みを問題としたのではない、教育、修得、修行に携る人間を問題として、かつ重要視した。
山田方谷,恩田杢、上杉鷹山、吉田松陰、みな教育を行なう前提として身を律した。それは古今東西の栄枯盛衰を成文化した古典を学び、人物、人格を倣いとした。
「古典」は難しく固いものではない。語る人間の問題と明治天皇も説いている。
しかも、それは昔話として興味を持つものが端緒となる平易な学びだ。
敢えて外国の理を取り入れた明治の学制、それが日本及び日本人の情緒に齟齬をきたしたからといって、また外国を範とする愚は阿諛迎合性という国癖を深いところで理解しない擬似知識人、選良の一群でもある。
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