まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

煩雑多岐にわたる法に煩悶する現場運用官  終章 再

2021-05-25 05:17:44 | Weblog

2016   3   再   あの頃

 

安保法の一連の経過の中で、学者が違憲だ、いやそうではないと、与野党の思惑をまるでなぞったように元気よく? 発言している。

そもそも反対する側は、自衛隊が違憲だとしつつも、課題が安保法だと、安保法案の条文に討議参加するけなげさもある。それは戦前の翼賛政治につづく国会機能の喪失、つまり海外の事件なり事変の現状追認に陥った姿に似て、良くも悪くも「軍備を持たない」という憲法の条文を、小理屈を労した既成事実として、いつの間にか与野党とも認知を前提とした現況をもとに課題が提供されている不思議さがある。

 

世界の事情や隣国との軋轢を視て見ぬふりをして、一国平和をかたくなに守ることも智慧のないことだが、かといってここまで来たのだから、憲法を書き換えろというのも泥縄的で、憲法の意義、否、成立の過程すらも胸を張って歴史に記されるものではない。

どうも、後先も考えずに、抑えるべきところも抑えずに、反省するべき歴史の事実さえも隠蔽して将来に進むかのような政治環境とその構成員に一抹の不安を覚えるのだ。

整理すれば、国民の不安はこのような所にもあるのではないだろうか。

 

いわんや、すっきりしない状況は、その現場作業に不適合な法という代物によって我が身を縛り、危険にさらされる自衛官ですら、目的のために援用すら戸惑いを感ずるだろう。

いくら資材と命は指揮官の運用次第だとしても、予算がない、適法がないと動きが取れないと、次第に、戸惑いや怨嗟は、宿命論に陥り、しまいには怠惰な組織に変質してしまうことにもなりかねない。

 

課題が問題なのに,魚が目の前の餌を旨いか不味いか思案するようなもので、そもそも釣堀に棲む魚が旨い不味いは可笑しなもので、ほんらいの生息地である湖沼に居ないことを不思議がったほうが思案の方向かとおもう。

 

 

琉球緋桜

しかも釣堀の中の決まりごとでは、現地で人を撃ったら傷害罪、もしくは殺人罪でお縄になる。政治家は人をダマして雄弁家という戯言があるが、戦闘において物を壊し、人を殺したら英雄は昔のことでもないらしい。ただ、阿諛迎合、曲学阿世が世を牛耳り、好奇心、依頼心が倣いのようになっている大衆が存在しているとしたら、ことは問題が別の切り口で深いものがある

 

法の積層は、現業といわれる警察官、消防官、自衛官等は、瞬時の面前対応に法律の援用ならぬ、整合性云々を合法如何、あるいは適法如何として思索をめぐらすことになってくる。

総ての適法を暗誦して、行動を習慣化するために練磨を重ねても、ときに現われる修羅場においては、共同責任論や回避論など、平時の行政的習性となっている慣性が、逆説的に、゛他と異なることを恐れない゛ことが厚顔の類として映り、他の共同行動をとる組織と違和感さえ抱かせるかもしれない。肉体的衝撃を伴う職務に志願して奉職する隊員にとっては、己の生死を明確に自己完結したいとの願いを抱くのは当然だ。

 

しかも、海外での法に準拠する場合と国内では大きく異なる。自動車の輸出入ですら方向指示機や車両の寸法や重量などは相手国の規制法に合わせるが、国内では戦闘車両でも特車ではあるが、運輸省、公安委員会の規制範疇にある。海外の行動は別の規定を用いなくてはならない。

国内法で、警察官と自衛官が帯同しているなら、自衛隊車両の運行における道路交通法も目的に適う運用がなされるが、戦闘員に成文法の、しかも薄い紙片なりタブレットを検索しつつ面前対応する姿があるとすれば、どこかうら悲しい姿が映る。

 

多岐にわたる条件の中で、すべての現象が法に依って好転するかのような考え方も嘆かわしい。あくまで法という前提条件ではあるが、運用官の資質(目的は把握力)によって自ずと結果は異なることは、先の大戦でも様々な禍福を生じている。゛あの頃は生死が懸っていた゛゛平時は別だ゛ではない。専守防衛こそ「常在戦場」の意志が必須なのだ。

 

                                                東御苑

 

いまでも想定できることだが、行政組織である以上、その力関係で責任の負荷は変化し、かつ外部の受益者、あるいは商業広報の辛辣な意見にも晒されるが、それらは肉体的衝撃を伴う運用の妙や機微についての理解はあろうはずのない位置にいる。

その妙や機微だが、法の普遍性をいかに目的・時・場所に対して有効に用いるかは、ひとえに指揮運用官の機略にかかっている。

有機な人間が立法した無機質な成文法を、目的のために有機的に行使具現する、それが運用の妙なのだ。

 

その前提として、国内外の赴任地にも縁あって棲み分けられた人々がいる。海外ならなおさらだ。

先ずは、普遍的価値観を知り、浸透させ、行動にすることだ。

明治の躍動は柔軟な思索を支えている。秋山、児玉両氏に代表される、゛日本人゛が通じる普遍的価値観と教養が涵養されていた。

勤勉、正直、礼儀、忍耐、はどこでも普遍だ。また学びを伝え、現地の不特定多数の方々の利他に貢献した。敗軍の将の名誉までは毀損しなかった。

 

今の自衛官諸士は戸惑いながらも、取り組むことには躊躇はない。

その情緒を毀損されることの危惧を戦いの誇りともしている。

 

幸せは、受ける幸せは50%、差し上げる幸せ50%、という。とくに人の評価を気にする邦人の海外における援助行動においては、゛有るふり゛する成金の土産を提供するようだが、これが武装集団の人的提供ともなると、流れや風に左右されないとも限らない。

だから自縛のような法の囲いを自国の諸士にするのだろうが、その裏側はどこか信頼に値しない、いや為政者そのものが自身さえも信頼できないようにも映るのだ

 

解き放ったときに起きることを危惧するのは、旧軍の轍をどこか憂慮していることもあるだろう。当時は陸海軍閥、財閥、あるいは東西陣営にそれぞれ組みするものもあった。それらの多くは、既得権益を企図するあまり各職掌や分野をコントロールすることもできず、逆に肉体的衝撃を恐れるあまり手先ともなり、言論さえ封印して国会の機能を失った

 

つまり為政者の法の積層は、将来を描けないために自身の責任回避の具となり、法治ならぬ法縛の状態に陥る危険性がある。それは議員立法ならぬ官吏便法として、その行政機構の一部である現業の隊士を戸惑わせる事にもなっている

 

  江戸城天守跡

 

ものは考えようたが、禍福はエントロピーの法則に似て福が大きくなれば、裏面では禍も増大する。経済が発展し財が増すが、人心は荒(すさ)び遊惰になり、女子や児童に多くの影響を与えるようなことだ。それは、贅沢は幸せ、詐は智と考えるような短絡的な錯覚価値だ。

また、人の観かたも変わってくる。

 

一方、その姿は躍動と向上とも思えるが、それは「ほど」と「間(ま)」が臨界点をささえることを忘れてはならない。言い換えれば「分別」「極み」ともいう。

煩雑に積層された法でも、政治の権能が崩壊した土壇場では、そこに収斂される人間に表れる生への愚直さだろう。

ならば、土壇場に行き着く過程を振り返って、その「ほど」「間(ま)」「分別」「極み」を眼前の現象に当てはめれば、いたずらに煩悶したり、怨嗟宿命感に晒されることはなくなるのではないだろうか。

 

せっかくの智慧は、生きている間に使うべきだと思うのだが・・・

終章

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