A Challenge To Fate

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【100フォークスのススメ】第6回:いにしえの旅路の果てに辿り着く新たな世界~吟遊詩人・長谷川きよしの啓示

2020年05月28日 02時12分43秒 | こんな音楽も聴くんです


緊急事態宣言に伴う外出自粛期間中、ほとんど誰も外出せず自動車も走らない静かな世界で、もしこのまま死にゆくとすれば最後に聴く音楽は何がいいだろうか、と妄想した。世界の静寂を破るけたたましいノイズやフリージャズは言語道断、かといって静謐な讃美歌や中世音楽じゃ宗教的過ぎる。アンビエントやヒーリングミュージックは嘘臭いし、ポール(といえばモーリア)等のラブサウンドでは甘ったるい。もっと優しく、世界の死滅に寄り添う音楽はないものか、と考えながら1年半ほど前に買ったっきり針を落とすのを忘れていた100円レコードをターンテーブルに乗せた。盲目のシンガーソングライターであり、日本版ホセ・フェリシアーナと呼ばれた長谷川きよしのアルバムだった。

長谷川きよし

プロフィール
1949年、東京生まれ。ホセ・フェリシアーノを彷彿とさせる盲目のシンガー・ソングライターで、さまざまな国の音楽をポップスに取り入れた、日本におけるワールド・ミュージックの先駆者的存在。2歳の時に失明し、12歳でクラシック・ギターを始める。69年にシングル「別れのサンバ」でデビュー。71年のシングル「黒の舟歌」がヒットを記録。74年発表の加藤登紀子とのデュエット・シングル「灰色の瞳」はフォルクローレ・ブームの先駆けとなった。エリゼッチ・カルドーゾやピエール・バルーら世界のミュージシャンと共演多数。

●長谷川きよし『いにしえ坂』(Vertigo FX-8601 / 1972)


フォーク・ロックやニュー・ロックの時代に機敏に呼応。アメリカン・フォークにシンパシーを寄せたようなフォーキーなナンバーや、バンド・サウンドを積極的に取り入れたダイナミックなロック調ナンバーにも挑戦したスタジオ4thアルバム。1972年作品。

セピア・グリーンの厚手の見開きジャケットを開くと、廃墟に座るポートレートをはじめ、モノクロのアンダーグラウンド臭漂うフォトグラフがレイアウトされている。バックを務めるのはフリージャズ・ドラマーとして高柳昌行や阿部薫らと共演する山崎弘を中心とするジャズ・セクステット。山崎の他にパーカッションが二人いるのが特徴。レーベル面のVertigoの渦巻き模様を見ただけでブリティッシュ・プログレやフォークの馨しい香りがする。

A面はリリカルなフォークロック「かなしい兵隊」、バンドサウンドを活かしたアメリカン・ロック「コーヒー・ショップ」、得意のボサノヴァ「秋だから」、弦楽カルテット入りのクラシカルなバラード「椅子」、ギター弾き語り「ティ・タイム」、ロッド・スチュワートのカヴァー「Seems Like A Long Time」を収録。フォルクローレSSWというイメージを払しょくするバラエティの豊かさをみせる。

しかし肝心なのはB面。イラン歌謡に日本語訳をつけた「ダリオ・ダリオ(海へ)」は、ジプシー・ヴァイオリンのフリーキーなイントロに続いて、大陸的なワルツのリズムに乗ってオリエンタルなメロディが流れ出す。張りのあるテノールで朗々と歌う声は、コーランの詠唱を掻き消す威風堂々ぶり。サイケなオルガンとエキゾチックなヴァイオリンが宙を舞い、照り付ける黄色い直射日光をサウンドの砂塵で濁らせる。喉の渇きを忘れさせるドラムとパーカッションの土埃が、一転してヴァイオリン・ソロに導かれ2曲目「ハイウェイ」で砂漠の旅が始まる。イコライジングされたロボトミーヴォイスが孤独な旅人を導き、消えた砂漠の民が眠るオアシスの墓場へ歩を進める。死の旅路のBGMだ、と直感した。レコードはそのままアメリカ民謡「Black is the Colour of My True Love's Hair」へ。あのパティ・ウォーターズがESP DISKの1stアルバムのB面すべてを使ってバートン・グリーンのピアノをバックに囁き・喘ぎ・叫び続けたナンバーである。BLACK(黒)をテーマにした長谷川きよしの歌は野坂昭如の「黒の舟歌」が有名だが、「黒が真実の愛の髪の色」と歌うこの曲での深く沈み込む歌も「黒を歌う歌手」としてのきよしの真骨頂である。B面ラストはアルバム・タイトル・ナンバー「古(いにしえ)坂」。曲調がドラマティックに展開するプログレ・フォーク組曲で幕を閉じる。B面を聴き終わり、しばらく放心状態が続いた。長い旅を終えた気分だが、戻ってきた場所は自分の居場所ではなかった。

ダリオ・ダリオ (海よ)



●長谷川きよし『遠く離れたおまえに』(Flash Records ‎– SKS-1030 / 1979)


モロッコ、スペイン、ギリシャの各地でのライヴ・レコーディングを収録した、長谷川きよしの弾き語りアルバム。初の弾き語りアルバムにして、長谷川きよしの"吟遊詩人"のイメージを決定付けた名盤。1979年作。

長谷川きよしは更なる旅に出発した。今度はバンドを従えず、ギター一本持った孤独な旅である。モロッコの街並、アルハンブラ宮殿、エーゲ海を巡り人々の雑踏や自然の中で演奏する旅路は楽しかったようで、封入ブックレットの笑顔がまぶしい。その一方で歌の暗闇はさらに深みを増している。いきなりモロッコで「砂地獄」にハマり、気狂い天気が闇の底から明けて行く(「マラガは港町」)。孤独な闇の中で冷えた体を抱きしめ(「ゆれてる ゆれてる」)、生きてゆくことの苦しさを嘆き(「アモーレ ミオ」)ながら、「あなたの為に死ぬ」覚悟を決める(以上A面)。心の壁を歌が好きなただの人に崩され(「城壁」)、やっと心に愛の火がもえはじめた(「キャティ」)と思ったら、胸のコサージュをひなげしのような赤い血で染め、まどるむがごとあの娘は倒れていた(「小さなひなげしのように」)。傷心の心を「トレドの風」で癒しながら、「遠く離れたおまえに」想いを寄せつつも、俺はこの街を離れない、と決意する(以上B面)。

エピダウロスの「砂地獄」


歌の旅を終えた長谷川きよしは日本へ戻り何事もなかったように音楽活動を続けたが、果たして彼の心はあの街に置き去りにされたままではなかろうか。その秘密を探るために、レコードショップの100円コーナーに長谷川きよしの他のレコードを探しに行かなければならない。

「古坂なんて どこにもない峠 そのくせ みんなが知ってる峠 だってね みんなそれぞれ あなたの中の 古坂を 越えていくのさ」

死滅する世界(古坂)を越えた先に新たな世界が見つかるという吟遊詩人・長谷川きよしの啓示は、100フォークスを探す筆者の終わりなき旅の始まりを告げている。

この旅には
終わりはないと
間章も言っていた

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