A Challenge To Fate

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即物ノイズの到達点~大竹伸朗「ドクメンタ13 マテリアルズ:08 #67」

2012年11月24日 02時36分58秒 | 素晴らしき変態音楽


日本で最初にノイズのLPをリリースしたのは1980年JUKE/19というグループだった。当時朝日新聞の夕刊に月1回見開きの音楽ページがあった。今から思うと信じ難いが、紹介される音楽/アーティストは滅茶苦茶マニアックだった。覚えているのはマーティン・マルという日本で全く無名のアメリカのSSW。本国ではコメディアンとして知られる彼のアルバムを2ページに渡って詳細に紹介した記事を読んで翌日輸入盤店に走ったものだ。中国初のパンク・バンドとして話題になったドラゴンズの分析記事もあった。天下の朝日新聞にこんなページがあるとは編集部の上層部に相当の音楽マニアがいたのだろう。

JUKE/19のことを知ったのもそのページだった。コラムでマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンを引き合いに絶賛していた。45曲入ということに仰天した。スロッビング・グリッスルが表紙のFool's Mate Vol.16(1981.3)の国内盤レビューに非常階段etc.「終末処理場」、ノイズ「天皇」と並んで掲載され、秋田昌美さんが意味不明の言葉を並べたコメントを書いていた。衝撃の余り論理的思考を放棄するしかなかったようだ。


また同誌のVol.17(1981.7)で「Hypertrophic Music」としてTG、キャバレー・ヴォルテール、DOME、LAFMSなどをメインに当時のオルタナティヴ・ミュージックを分析した特集ではJUKE/19の2ndアルバム「Ninety Seven Circle」がディス・ヒートとペル・ウブの間でレビューされている。MARQUEE MOON Vol.5(1981.7)には明大前モダーンミュージックの広告にJUKE/19の1st,2nd LPとEPが掲載されている。


1st LP「Juke/19」(1980.12)は近くの貸しレコ屋で借りた。赤字に白で表にカバ、裏にチューリップが印刷され中に2枚のインサート。1枚は曲目リスト、もう1枚は木の枝のイラスト。PLAY AS LOUD AS YOU CANと書いてあるだけでメンバー名など一切記載がない。長くて2分、最短で6秒という細切れの音響が羅列される。ギターの一音だったり集団即興だったりミニマルの断片だったり、その音世界はそれまで聴いた何モノとも違っていた。音楽というより"音"そのもの。擦ったり叩いたりする対象は楽器だがそこに意志はない。音であれば何でもいい、という物質主義=マテリアリズム。

次に出た4曲入EP「19」(1981.2)にはSleeve Design:EINSTAINとの表記があった。4曲とも2~3分のノンメロディのノイズ音響だが1st LPに比べればロックっぽい。個人的にはこのEPが一番好きだ。四方八方に発散していた表現欲求がひとつのベクトルに突き進みエネルギーの塊と化す。オーヴァーレベルで歪んだ音響が耳を脅迫する。このEPの影響で多重録音を始めた。

19/JUKE (Shinro Ohtake) 4 Track 7" 1981


2nd LP「Ninety Seven Circle」(1981.3)にはジャケットと同じ絵柄の大判ポスターが付いていてEINSTEINのスタンプが押してあるアート作品。EPのサウンドを発展させたノイズの金字塔的傑作である。ボアダムズの山塚アイ氏が多大な影響を受けたという3rd LP「PIECES」(1981.12)ではガラッと変わってループが延々と続くミニマル・サウンドを聴かせる。これにも大判のコラージュ・ポスターが付いておりSHINRO-OHTAKEのクレジットがある。4th LPにして最終作「SOUND TRACK」(1982.9)は以前のガラクタノイズとミニマリズムを融合した作品で一番聴きやすいと思う。このアルバムでメンバー表記がありJuke/19がShinro Ohtake(b,g,tape,object)、Takuji Nomoto(ds,g,tape,object)、Tashiaki Ohyama(g,b,tape,object)、Yoko Ohta(vo,vln,object)の4人組であることが明らかになった。全員担当楽器にオブジェが入っているのが面白いが、当時は大竹伸朗氏は知られてなかったのでメンバー名が判っても特に感慨はなかった。

バイオによるとJuke/19解散直後から個展を開きアートの道を進み、80年代後半にはガラクタアートで美術界に名を覇し、愛媛県宇和島を拠点にガラクタや巨大なゴミを媒介にした作品を発表、時代の寵児となるが、大竹氏が幅広く世間に知られるようになったのは1990年代の「ジャリおじさん」「カスバの男」といった絵本を通してであろう。膨大な作品を観ると大竹氏にとって音楽が常に中核を成す重要なテーマだったことが判るが、その音楽活動にスポットライトがあたるのは1995年に山塚(ヤマンタカ)アイ氏とCDブック「パイプライン/ヤマンタカ日記」をリリースした時である。ボアダムズが日本のオルタナティヴ・ロックの第一人者として世界的に活躍していた頃でもあり、大竹氏とのコラボは大きな脚光を浴びた。翌年には二人でパズルパンクスを名乗ってアルバム「BUDUB」を発表、同時にJuke/19時代の作品がCD再発された。"Shinro Ohtake"が大竹伸朗氏であることに気がついたのはこのときだった。再発CDのライナーで大竹氏がJuke/19の歴史を詳細に書いている。謎のノイズユニットが山下洋輔トリオの演奏の衝撃から生まれたことを知った。大竹氏の芸術活動において「体の内側から湧いてくる、正体のわからない衝動」が原動力であり、ガラクタとゴミの集合体を作品として提示する即物的手法にブレがないことに感動する。

2006年東京都現代美術館で大回顧展「大竹伸朗 全景 1955-2006」開催。企画展示室の全フロアを使用するという、日本人作家としては初めての規模で個展を催し、5万人をゆうに超える幅広い観客を集めた。広大な展示場を埋めるゴミとガラクタのオブジェの膨大さに大竹氏の異常なまでのモノへの執着心を実感した。音楽作品コーナーにJuke/19のLPのジャケットやポスターが並んでいて芸術作品としての完成度の高さに改めて感心した。他にも氏の自動音楽発生装置の集大成である遠隔演奏ノイズバンド「ダブ平&ニューシャネル」を始めとする様々な楽器オブジェも展示されていた。パズルパンクス×ダブ平&ニューシャネルのライブ・イベントも開催されたという。


今回リリースされたCD-Rは、2006年のパズルパンクス名義での「PUZZO」、内橋和久氏とダブ平&ニューシャネルの「内ダブ」以来6年ぶりとなる音響作品である。アーティスト名は2[SHINRO OHTAKE MASARU HATANAKA]、アルバム・タイトルは「dOCUMENTA[13] MATERIALS:08 #67」となっている。"2”は大竹氏とサウンド・アーティスト畠中勝氏とのユニット名。東京と宇和島で両者がフィールドレコーディングした音を重ねあわせて生まれたコンクレート音響は、Juke/19の即物性と純化作用が究極まで追求されたストイックなマテリアリズムの結晶である。大竹氏が参加したアート・プロジェクト「ドクメンタ13」のインスタレーション音源でもある。ガサガサいう音、遠い足音、雨風の自然音、街の雑踏、魚市場の競りの声、異国の民俗音楽を思わせる囃子歌、廃品回収車のアナウンス、金属の打撃音、動物の鳴き声、電子音.....様々な具体音が発生源から切り離され単なる音という物体の重層となり流れ出す。一切の意味性を剥ぎ取られたトーンクラスターのうねりの中に脈打つ生身の人間の生命感。大竹氏の美術作品を貫く正体のわからない衝動がこの作品にも溢れている。



ノイズから
生まれた芸術
ゴミアート

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