北の風に吹かれて~独り漫遊記~

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
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待ち受けに

2015-09-30 20:50:21 | 道外旅行記



先日も紹介したこの写真。
明治神宮の敷地内にある「清正井(きよまさのいど)」と呼ばれるパワースポットです。

「清正」とは、かの安土桃山・江戸初期の武将、加藤清正のことですが、この地には江戸時代、加藤家の下屋敷があり、加藤清正の子・忠広が住んでいたことは間違いないとされているものの、清正本人が住んでいたかは定かではないとされています。
清正は、武将である一方、城造り・治水・干拓の技術にも優れていたとされており、この井戸に関しても、本当かどうかは定かではないとされながらも、名前の通り、清正が掘ったとされており、都内でも屈指のパワースポットとして、人気が高いものとなっています。

ここがパワースポットである理由については諸説あるようだけど、知られているのは、2009年(最近ですね)、さるテレビ番組で、「明治神宮は富士山から出た気が流れる『龍脈』上にあり、自然の湧水である清正井には特に気が集まっている」ということが、占い師の口から語られ、それ以降、急激にここを訪れる人が増えたとのこと。
もっともその占い師は、「パワースポットや神社仏閣にお参りするだけではダメで、そうなりたいと願いつつ努力することも大事。願いがかなったと思えるかどうかは、それぞれの気持ち次第」と付け加えるのを忘れなかったそうですが、番組中で占い師からそのお告げを受けた芸人が、「携帯の待ち受け画面は誰でも頻繁に見るところ。そこに清正井の写真があれば、願い事やお参りしたときの気持ちを忘れないはず」という理由で、この井戸の写真を携帯で撮影し、待ち受け画面に設定していれば、運気がより高まるということで、周囲にも触れ回ったとのことです。

そりゃまあ、諸説ある中で、信じる信じないも気持ち次第というのはそのとおりだろうけど、私は、とりあえず信じてみようと思ったので、スマホの待ち受け画面に設定してみました。
この井戸がある場所は、明治神宮敷地内の「御苑」の中にあり、500円の入園料がかかりますが、興味を持たれた方は、ぜひ行ってみて下さい。

今日で平成27年度も上半期が終わり。
私の部署では、明日付けの人事異動があり、幾つかチームがある中で私のチームでメンバーの交替があり、その関係で少しバタバタしちゃいそうだけど、後半戦は、この写真をかて運気アップといきたいものですな。
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明治神宮へ

2015-09-29 21:09:08 | 道外旅行記



先週の東京旅行では、初めて、明治神宮へ行ってきました。





本殿へ向かって参道を歩いていると、こんな表示板が。





これが、「代々木」の名前の由来になったという、「樅(もみ)の大木」。
「代々木」って、そういう由来があったんですね。





また鳥居が。
本殿はまだ先のようです。








そろそろ本殿かな?





ようやく到達したようです。





ここまで来ると、毎年元日にテレビで観る光景がありました。

明治神宮は、明治天皇と、その皇后であらせられた昭憲皇太后をお祀りする神社で、明治天皇は崩御後、京都の伏見桃山陵に葬られたが、東京に神宮を建設したいとの運動が、天皇を崇敬する市民から起こり、1914年(大正3年)に、天皇に縁の深かった現在地への神宮建設が決定したことに端を発しています。
そうなんです、さぞかし歴史深い場所なんだろうなあと思っていたら、まだ一世紀しか経っていなかったのです。意外に思うと同時に、勉強不足を痛感させられました。





敷地内には、このような大きな木が。





向かい合うようにしてもう一本植樹されています。





そうか、そういう関係だったのですね。
この後本殿で参拝させてもらったけど、この木の前でも、しっかりと手を合わせて来ました。





「一つ、腹ペコのまま学校へ行かぬこと」「一つ、天気の良い日に布団を干すこと」・・・失礼、それは「ウルトラ五つの誓い」か。
日本史で勉強した「五箇条の御誓文」。
1868年4月6日(元号はまだ「慶応」)、明治天皇が天地神明に誓約する形式で、公卿や諸侯などに示した明治政府の基本方針ですね。





無料配布されていたので、頂いて来ました。
じっくり読むと、今のような世の中だからこそ大切にしなければいけないと思うことが書かれていることがわかります。





最後に、本殿で参拝した時に引いたおみくじ。
吉とか凶ではなく、昭憲皇太后の歌が書かれていました。
吉とか凶ではないけれど、この裏面には、しっかりと大切なことが書かれています。これは大切に保存せねばです。
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冬の競技

2015-09-28 21:19:10 | 日々のもろもろ
プライバシーの問題があるので詳細は書かないけれど、友人の身内が、次の冬季五輪にかなり近づくところまで来ているらしい。
聞いたのは先週の金曜日なんだけど、次の土曜日に、たまたま観ていたテレビで偶然その選手が紹介されるコーナーがあったので、「へぇ~この人がねえ」と思った。
自分の身内ではそういうことはないしので、これはちょっと応援してみようと思う。

ところで、そんな話を友人から聞いたものの、次の冬季五輪ってどこだったかということは、迂闊ながら、調べるまでわからなかった。
韓国の平昌(ぴょんちゃん)という所だそうだが、次の夏の五輪は、もう来年ということで、ぼちぼち出場決定なんて話も出ているけれど、平昌での五輪にはこういう懸念材料があるみたいで、その選手が見事出場できたとしても、十分な環境の下でプレーできることを願いたいものです。

日本でも、東京五輪が五年後に迫り、冬季五輪には、我が町札幌も招致を表明しているが、振り返れば、これまで、強く興味を持って見たことはそんなになかったかもしれない。
夏冬関係なく、どの大会も何となく流れで見てきただけだったけど、もしまた札幌で開催となったら・・・どうだろう、今の時点ではまだそんなに興味は湧かないけれど、いざその時が来たら、会場で観たいと思うのかなやっぱり。
冬のスポーツは、札幌にある大倉山シャンツエで、ジャンプの大きな大会を観たことが何度かあるけれど、間近で観たら、やっぱり凄い迫力だなと思ったものだった。
アイスホッケーも一度だけ観たことがあるんだけど、氷上の格闘技と呼ばれるだけあって、選手たちの、力と力、気迫と気迫のぶつかり合いは見事だなと思ったのを覚えている。
どっちも十年以上前(アイスホッケーは釧路にいた時、ジャンプは、札幌勤務時代の上司が公式審判の資格を持っていたので、アイスホッケーよりも数年前)の話で、最近はテレビで観る機会も少なくなったけど、冒頭の話を聞いたので、今年の冬は、色々な競技に注目してみようかなと思ってます。
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コインロッカーの話

2015-09-27 21:20:08 | 道外旅行記
友人のブログを読んで私も書いてみようと思った話題。
それは、旅には欠かせない、コインロッカーのこと。

今回も三泊四日の旅では、二回コインロッカーにお世話になった。
まず二日目である19日(土)は、宿泊地である葛西から、地下鉄東西線で大手町まで向かい、大手町から地下を通って東京駅八重洲口に出て、以前も使用したことのあるコインロッカーに預けたのだが、当初はそこではなく、待ち合わせ場所として人気の「銀の鈴」の近くに、一個500円で預かってくれる有人預り所があるので、そこを利用しようと思っていた。
しかし、そこへ行くには、一回JRの改札を通らねばならず、少々面倒だということに気が付いたので、咄嗟に、以前預けたことのあるロッカーを思い出して向かったところ、何とか空いていたので、そこに預けることができた。
「何とか空いていた」って書いたけど、預けるのは、300円のロッカーには収まらないキャリーバックなので、400円以上の数少ないロッカーの争奪戦になってしまう恐れが十分にあったのです。
実際、300円の方は数に余裕があるのに、400円以上のはどこも塞がっていて、仕方なく、キャリーバックを持ったまま目的地に向かったなんてこともありましたからね。

三日目の20日(日)は、連泊だったのでコインロッカーを使う必要がなかったのだが、問題は最終日である21日(月)。
宿泊先は蒲田で、京急や路線バスを使えば羽田まですんなり行けることから、当初は、コインロッカーを使わず、チェックアウトの際にフロントに預かってもらい、空港へ向かう間際に取りに行くことを考えていた(実際にこの手法は、過去に何度も使っている)のだが、今回自分にとってネックだったのは、昨日の記事で書いた、浅草でのお土産のきび団子のこと。
実は昨年初めて買いに行った際、普通に並んで買おうとしたら、単品で売っている物はすんなり買えるものの、お土産用のは、入荷時刻が決まっていてすぐには買えないと言われてしまい、結局二時間近く経ってからようやく買えたということがあったため、今回も、一体浅草を何時に発てるのかが全く見えておらず、ギリギリになると、蒲田に寄らず、都営浅草線から京急に乗り入れている空港快速で直行しなければならない可能性を考え、浅草でコインロッカーを使うことにした。
使ったのは、都営浅草線からメトロ銀座線へ向かうコンコースの途中にあるロッカーで、すんなりと空きを見つけることができたのだが、ここで頭に浮かんだのが、場所をしっかりと覚えておかねばということ。

それは、今を遡ること十三年前、平成14年のGWに京都を旅行した時のこと。
京都駅地下のコインロッカーに預けたのだが、土地勘なんて全くないのに、行き当たりばったりで入れてしまったことから、さてホテルに向かおうという段階になって駅に戻ってきたものの、場所が全く分からず、三十分近くさまよい歩いてようやく見つけたということがあったのです。
それ以降、分かりにくそうな場所で預ける時は、周囲の状況をよく見ておいて、例えば地下鉄の何番出口が目の前にあるとか、キヨスクの前にあるとかということを頭に叩き込んだり、最近だと、スマホのカメラで周囲の状況を撮影しておくなりして、忘れないように努めているのだが、今回も、始めての場所だったので、最寄出口の番号をしっかりと頭に入れておいたおかげで、事なきを得ることができました。
これからも、旅先、とりわけ東京ではコインロッカーのお世話になることが多いと思うので、十分気を付けねばですね。

そんなわけで21日は、ロッカーの場所を忘れるようなことはなかったのだけど、では何時に浅草を出たかと言うと、12時ちょっと過ぎ。
実は今回も、一回ではお土産用のだんごを買えず、少しばかりまってしまったのです。
飛行機が14時40分なので、蒲田に寄っても何とか間に合う時間帯ではあったけれど、今更そんなことはせず、そのまま空港快速で羽田まで行きました。
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南南東を向いている銅像

2015-09-27 21:00:13 | 道外旅行記
先日、お台場の自由の女神を紹介した際に、「ニューヨークの自由の女神と、お台場の自由の女神は、同じ方向を向いている」という問題が咄嗟に思い浮かんだと書いたけど、何故そんな問題が浮かんだかと言うと、実は、これとよく似た問題が、「アメリカ横断ウルトラクイズ」で実際に出されていたのです。





その問題の題材となったのが、上野公園にある、ご存知西郷さんの銅像。
1984年の第8回大会の第1問として、「ニューヨークの自由の女神と、上野の西郷さんの銅像は、同じ方向を向いている」という問題が出題されていたのです。

この二年前、第6回大会で、「ニューヨークの自由の女神は、送り主フランスの方を向いている」という問題が出ていて、正解は×、フランスは東北東方向なのに対し、自由の女神は、移民船を迎え入れるために南南東を向いていることが語られていたことから、後は西郷さんの銅像がどの方向を向いているかさえわかれば正解できるというわけで、色々な手記なりインタビューを読むと、考えることは皆同じとばかり、第1問が出題されてから、後楽園球場(当時)の入場が締め切られるまでの間、挑戦者が大挙して西郷さんの前に押し寄せていたのだそうです。





因みに、西郷さんの目は、この方向を向いていました。
ということで、後は地図で確認してみましょう。
私も今回、出題から三十一年も経って、正解をこの目で確認してきました。

地図はこちら

そういうことなんです。
特撮のロケ地巡りも楽しいけれど、ウルトラクイズファンとしては、ウルトラクイズに関係のある場所(と言っても国内では限られちゃいますけどね。例えばこことか)を巡るのも楽しいと感じてます。
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