北の風に吹かれて~独り漫遊記~

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
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鉄工団地

2021-09-30 20:10:56 | 札幌

 

JR函館本線の「発寒」駅。

発寒だけど、私の自宅の最寄駅は「発寒中央」駅なので、多分だけど、ここは一度も乗り降りしたことがないと思います。

 

 

この写真は、昨年1月の記事の再掲です。

 

 

そのときに、駅構内にあるこのような物を紹介していました。

これも先日紹介しましたが、発寒駅から線路を挟んで南西側には、「木工団地」という産業地域があり、そのことを示したものと思われます。

 

 

そして、反対側にはこのような物が。

そう、「木」があれば「鉄」もあるとのことで、「木工団地」と反対の北東側のエリアには、「鉄工団地」という一大産業地域が広がっているのです。

 

 

バス停の名前にもなっています。

 

 

「鉄工団地」と呼ばれるエリアは、大体上の地図のとおり。

昭和36年(1961年)に、国の工場等集団化制度による、北海道での機械金属製造業の第一号の工場団地として開設されたもので、高度経済成長とともに発展し、現在では、総面積54.7haという、国内でも有数の工業団地に成長しています。

 

 

 

 

 

なので、全て紹介することはできませんが、ざっと走り回って、地域の名前になっていることがよく分かる光景を何枚か掲載してみました。

 

 

 

勿論(と言っていいのかな?)、電柱の表示にもなっています。

昭和53年(1978年)という、割と古いものです。

 

 

これもなかなか古そうな気がします。

 

 

団地のエリアから少し離れていますが、こんな名前の自動車学校があります。

 

 

ここは、平成5年(1993年)の2月から4月にかけて、私が通っていた自動車学校。

高校を卒業して一年、大学一年生の春休みでしたが、行ってみると、高校の同級生が沢山来ていて、さながら同窓会気分で楽しくやりながら通っていたのを覚えています。

 

 

 

S字にクランク。

当時は結構苦戦しましたが、今こういう所でやってみると、どうでしょうかねえ・・・。

 

 

坂道発進。

ここは、仮免のときに失敗した(でも通りました)のを鮮明に覚えています。

自動車学校のコースはこのとき以来走っていないけれど、ペーパードライバーではなく日常的に運転している人でも、何年かに一回は自動車学校に行って運転技術の再確認をするということも、あるいは必要なのかなとも最近になって思い始めています。

 

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体温測定の仕事

2021-09-29 20:08:24 | 日々のもろもろ

二週間前、17日に職域接種で二回目のワクチン接種を終えたけれど、今日は、その職域接種の会場運営スタッフとして派遣される当番の日。

色々立て込んでいて、今が正直ピークな状態なので、丸一日削られるのはきつかったのだけど、参加してきました。

時節柄、体温が37.5度を超える人は接種できないのだけど、私の役割は、その体温測定。

非接触型体温計をおでこにピッと当てて、来場者の体温を測定する担当なんだけど、それ自体は単調といえば単調な流れ作業だとしても、朝から夕方までずっと立ちっぱなしで300人近い人を一人で測定したため、最後は疲れがドッと出てしまい、16時過ぎに終わったので、残り一時間は休暇を取らせてもらってそのまま帰宅。

職場に戻って少しでも片付けようかなという思いもあったんだけど、今日は割り切ることにしました。その分、また明日から頑張りますけどね。

使用したのはペン型の非接触型体温計だけど、終わった今だから言いますが、正直、「それ本当?」という数字が出たことが何度かあって、さすがに34度台なんてのが出たときは測り直させてもらったけれど、何度測っても35度台前半という人には、「普段からこんな感じですか?」と聞き、本人の了承を得てその測定結果を採用させてもらったりも。

私が不慣れで測り方が悪かったせいもあるのだろうけど、34度台ってのは幾ら何でも・・・ね。

それでも、37.5度を超えていて入場不可になる人が一人も出なかったのは良かったです。

 

いつもは地下鉄通勤だけど、今日は、会場がJR札幌駅の近くなので、行きは普通列車(帰りは、座りたいという欲望に負けて、札幌駅前始発の路線バス)。

7時30分過ぎの列車に乗ったけれど、同じ時間帯の地下鉄東西線と比べて、混雑度はこっちの方が高かった気がします。

まあそれは別に仕方ないのだけど、気になったのが、混雑しているのに、リュックを背負ったままの人が、地下鉄よりも多い気がしたこと。

たまたまだったのかもしれないけれど、私が普段通勤している時間帯の東西線は、それほどギュウギュウ詰めじゃなくても、例えば高校生なんかも、リュックを背負った状態から降ろして乗っているのを毎日見ているので、余計今日のは気になりました。

というか、その以前に、今の高校生が背負っている大きなリュックについて、どうにかならないのかなと思いながら見ています。

特に体の小さい女子なんかは、ちょっと可哀想だなと思ったりもしていますが、どうなんでしょうね。私達の頃は、少なくとも毎日の通学であんな大きな荷物を背負うことはなかったはずですが。

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お声がかりの柏

2021-09-28 19:07:16 | 札幌

 

昨日紹介した「山鼻公園」の向かいにある「山鼻小学校」の敷地の一角に、このような碑があります。

 

 

現在でも、天皇陛下にお言葉をかけられるということは大変光栄なことなのだと思いますが、天皇が国家元首であった当時においては、現在では想像もつかないほど、畏れ多く、また名誉なことだったのだろうと思います。

 

 

注目したいのは、道路を挟んで山鼻公園側に植樹されている、柏の木。

当時、山鼻小学校で休憩された明治天皇は、一本の古木に目を留め、その木の種類は何かと、近くの人に尋ねられたそうですが、このこともまた、先程の「いっそう仕事にはげむように。」とのお言葉と同じくらいの、大事件と言ってもよいレベルの出来事だったそうで、いつしかその古木は、「お声がかりの柏」と呼ばれ、大切にされるようになりました。

その30年後の明治44年(1911年)には、当時の皇太子、後の大正天皇が札幌を訪問された際にも、同じ柏の木を視察され、そのまた11年後の大正11年(1922年)には、またまた当時の皇太子、後の昭和天皇が同様に柏の木を視察されるという出来事があって、そのことから、写真の通りは、「行啓通」と呼ばれるようになりました。

「お声がかりの柏」は、その後も行啓通の車道にはみ出すように存在していましたが、昭和51年(1976年)に、枯れてしまったことから撤去され、現在は、その根から育った二世の木が、山鼻公園内に植えられています。

 

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山鼻公園

2021-09-27 20:44:06 | 札幌

 

中央区にある「山鼻公園」へ行ってきました。

 

 

遊具もあり、緑も豊かな、市民の憩いの場です。

 

 

そんな公園の一角に並び建つ、三基の石碑。

 

 

まずこちらは「山鼻兵村開設碑」。

台座は札幌軟石で作られています。

この辺りは、明治9年(1876年)5月、東北各県の士族約240戸1114人が移住して屯田兵村を開設した場所で、札幌市内と定山渓方面を結ぶ現在の国道230号を中心に、南北と東西の道路が十字に交差する、所謂「碁盤の目」で区画が作られていました。

札幌では現在の西区琴似に次ぐ二番目の屯田兵村で、当時、付近はに原生林が広がっており、藻岩山の端にあることから、「山鼻」と名付けられたとされています。

現在は行政地名としては「山鼻」の地名は残っていませんが、学校や公園、市電の電停名など多くに表記が残っています。

 

 

その隣に立つのは、兵村の開設者の氏名を刻んだ碑。

 

 

 

私も琴似に入植した屯田兵の子孫ですが、ここに刻まれている方の子孫の方達は、現在どのくらい地元に残られているのかなと、ちょっと気になりました。

 

 

「山鼻記念塔」という碑もあります。

 

 

山鼻村の歴史が書き記されています。

琴似や他の地域もそうだけど、厳しい環境の中で開墾を進めて村を作り上げていった先人の苦労を決して忘れてはいけないということを実感させられます。

 

 

 

 

 

 

 

公園の特徴として、幹の太い大木が多く存在することがあります。

樹齢はどのくらいでしょうかね。間違いなく公園よりは古いだろうから、入植当時からあったものを、公園の整備に当たって移植してきたとも考えられます。

 

 

この場所も、このとおり「さっぽろ・ふるさと文化百選」に選定されています。

 

 

ここで一番驚いたのが、この、童謡「赤い靴」の歌碑。

函館のベイエリアで見つけたときも驚きでしたが、何故札幌にあるのでしょう?

実はこの石碑には裏面があり、そこに由来が書かれているのですが、撮るのを失念してしまったので、調べた上で書きます。

 

「赤い靴」の作詞者の野口雨情は札幌で新聞記者をしていたことがあり、この山鼻地区に住んでいたそうですが、その頃、隣に住んでいた同僚の妻から聞いた幼い少女の話をもとに、「赤い靴」が作詞されたとされています。

このことから、山鼻地区の住民、学校関係者などが、歌詞に込められた歴史や雨情の思いを後世に伝えるべく協議を重ねた末、このエピソードを広く後世に伝え、「赤い靴」を歌い継いでいくことで、子供たちの心豊かな成長に繋げていきたいとの思いから、平成27年(2015年)6月に、この碑が建立されたそうです。

(碑の裏面はこちらを)

 

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改編

2021-09-26 18:51:18 | 女性アナウンサー・アイドル・タレント

HTB北海道テレビ 2021年10月改編/「イチオシ!!」メインMCは森さやかアナウンサーに!(NEWSCAST)

 

昨日触れたこの話題、もう記事になってたんですね。

記事に掲載されている森さやかアナが載った「イチオシ!!」のポスター、「onちゃんテラス」にも掲示されると思うけど、onちゃんの卓上カレンダーも欲しくなったので、買いに行ったときに撮ってこようっと。

そうか、女性がメインMCを務める夕方ワイドは、「イチオシ!!」だけなんですね。

「道内で女性がメインを務める夕方ワイド番組は唯一となります」ってあるのを読んで、「えっ、今の高橋春花アナってメインMCじゃなかったの?」って一瞬思ったけれど、どうやら、高橋アナが単独でメインMCということではなく、菊地友弘アナ、依田英将アナ、五十幡裕介アナ、それに「しあわせ散歩」の土屋まりアナも含めた五人のアナウンサーが全員メイン格だったということみたいです。

でも、そう考えると、他の4人のアナウンサーは10月以降どういう扱いになるんだろう?さやかアナが単独でメインMCとなり、他の四人のアナはサブという位置付け?

その辺も含めて10月4日以降の放送を楽しみにしたいと思います。

「しあわせ散歩」も変わらず継続ということで、良かったです。

 

(数少ないさやかアナメインの動画)

コメント (2)
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