連休四日目。前半を函館で過ごし、今日は札幌へ移動。
十三ヶ月ぶりの函館だったけど、久し振り感は全くなし。昨年4月以降も、今までずっといたかのような感覚でした。
平成の最後を、思い入れ深い函館で過ごせて本当に良かったです。
久し振りに登場の、義実家の猫。
私の滞在中、ずっと私の膝の上にいて、私も癒されました。正直、最後は別れ難かったです。
連休四日目。前半を函館で過ごし、今日は札幌へ移動。
十三ヶ月ぶりの函館だったけど、久し振り感は全くなし。昨年4月以降も、今までずっといたかのような感覚でした。
平成の最後を、思い入れ深い函館で過ごせて本当に良かったです。
久し振りに登場の、義実家の猫。
私の滞在中、ずっと私の膝の上にいて、私も癒されました。正直、最後は別れ難かったです。
ここ最近、何かにつけて、やれ平成最後だの令和最初だのと言っている日本人の何と多いことか。
そんな中にあって、平成と令和に跨がる花見ができる場所。それが、北国北海道の桜の名所、五稜郭公園です。
今日は、短時間ながら、久し振りの函館町歩きを思いっきり楽しめました。
1年4ヶ月ぶりに、このバスに乗りました。
札幌⇔函館を往復する、「特急ニュースター号」。
途中のサービスエリアから見える「樽前山」。
階段の手摺に沿うように泳ぐ鯉のぼり。
唱歌の歌詞のとおり、面白そうに泳いでます。
10連休がスタート。
とりあえず、今日は帰省のため札幌へ。
「とりあえず」と書いたのは、連休前半は1年振りに函館に行くためで、今日自宅で一泊し、明日のバスで函館に向かいます。
私は普段、日中に眠ってしまうことはほとんどないのだけど、疲れが溜まっていたのか、今日はバスの中で珍しく眠ってしまいました。明日はどうかな・・・。
今日自宅に届いていた広報誌。
連休後半の札幌町歩きで参考にできるかな。
今日は「平成の仕事納め」。
明日から10連休で、休み明けとなる5月7日は「令和初出勤」。
例年同様、「クールじゃないクールビズ」も始まります。
【その4】平成20年4月~
ここからは、ごく近年ということで、カテゴリを「懐かしの思い出」ではなく「日々のもろもろ」にして、さささっと書いちゃいます。
平成20年4月(正確には3月末)、道東から一気に飛んで道南函館へ。
よもやこのときは、この先10年も居続けることになろうとは、全く予想していなかったと思います。
函館は、あらためて触れるまでもなく、歴史と異国情緒が溢れる町で観光スポットも多いことから、引っ越して早々から、主に西部地区を舞台にしての町歩きを始め、気が付いたら、すっかり町歩きが趣味と言える状態になっていました。
平成20年の主なエピソードとしては、道南へ来たということで、初めて青函トンネル経由で東北新幹線に乗り、福島県へ旅行したことや、年末に、今に至る仲間達との「オフ会」として、レンタルキッチンスペースを借りて料理会を開催し、この辺りから、年に2~3回上京して、「遠足」(主に80年代作品のロケ地巡り)などで楽しむのが恒例となったおいうことがありました。
平成21年のエピソードとしては、GWに高野山、夏休みに長崎を旅行したことなども思い出深いですが、旅行関連でいうと、年末に上京した際、現地で体調を悪化させてしまい、予定していたイベントへの出席をドタキャンしてしまい、主催者の方々などに多大な御迷惑をおかけしてしまったということがありました。
旅先で体調を崩してしまうのは、先日も書いた平成11年の仙台以来二度目・・・、あれっ、平成11年の次が平成21年、で、今年は平成31年・・・、まさかとは思うけど十年周期で・・・、ということのないよう、旅に出た際には体調管理に十分気を付けたいと思います(因みに、これから三年後の平成24年にも、富山県で体調を崩し、高熱を出してしまいましたが。)。
また、この年の1月には、祖母が亡くなるという悲しい出来事がありました。
私は父方の祖父母にとっては初孫だったので、自分でいうのもなんだけど、小さい頃から、特に祖母には大変可愛がってもらったので、出棺の際には私も涙が止まりませんでしたが、この年の年末に一年を振り返る記事を書いたときには、このことを、年間10大ニュースのトップにはしませんでした。
理由は、トップに挙げてしまうと、天国の祖母から、「何だ、今年のお前はにはいいことが何もなかったのか!?」と言われてしまいそうだったからということだけど、あれから10年、天国の祖母に、今の私はどう見えていることやら・・・。
平成22年~23年は、仕事が忙しい時期にぶち当たり、プライベートで印象に残るエピソードがなかなか思い浮かばないのだけど、一つ挙げるとすれば、平成23年の9月に、函館から鹿児島まで、在来線と新幹線を乗り継いでの列車の旅をしたこと。
目標としていた全国制覇(北海道以外の46都府県を制覇すること)は、二年後の平成25年に達成しましたが、この日本縦断の旅は、達成感という点では迷わずナンバーワンとして挙げられると思います。
平成24年には、一旦函館を離れて江差へ異動。平成25年9月に、目標としていた全国制覇を達成した後、平成26年に再び函館に戻ることとなりましたが、江差から函館に戻ってくる直前の3月に妻と入籍し、40歳にして新たな家族を持つこととなりました。
あれから五年、大変なことや苦労も多く、これからも色々なことがあると思うけど、頑張って一つ一つ乗り越えていきたいです。
入籍から3ヶ月後の6月末には、祖父が亡くなるという悲しい出来事がありましたが、亡くなる直前に、新しい家族である妻と娘を会わせることができたのは、今から思えば大変よかったのかなと思います。
二度目の函館市民となった四年間では、町歩きという趣味が高じて函館のその周辺地域に対する興味関心が高くなり、「はこだて検定」を受験して、初級、上級に合格。
平成29年4月には、「はこだて検定合格者の会」に入会し、町歩きイベントのガイドや、地元のFMラジオで番組に出演するなど、大変貴重な経験をさせていただきました。
その後、平成30年4月に道南を離れて再び釧路へ異動し、現在に至っています。
ということで、学生から社会人になり、新たな家族を持ってと、怒涛のように過ぎていった平成の三十年間ももうすぐ終わり。
嬉しいこと、苦しいこと、悲しいこと色々なことがあったけど、最後にこうして振り返った際に色々なことが次々と浮かんでくるということは、やはり自分にとって充実した三十年間だったということなのだろうと思います。
「平成」も残り四日。最後の日には、私もきっと、色々感慨深くなるのかな・・・。