北の風に吹かれて~独り漫遊記~

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
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やる気なし?

2013-07-31 22:26:07 | 日々のもろもろ
「習っていません」と言われると、「やる気がないのか?」と40代以上が思うワケ(誠biz.ID)


リンクさせたコラムとは少々趣が異なるが、以前、こんなことがあった。
他の部署から異動して来る人に、これまでの経歴を尋ねるメールを送ったところ、こんな返信が来たのだ。

「一から教えてもらうことになると思うので、よろしくお願いします」

正直、これを読んだ瞬間、「大丈夫かこいつ?」と思ったのだが、来てみたら案の定で、自分の考えはない、分からないことは常に誰かに聞いて済ませようとする、それゆえ、向上心もゼロと言ってよいという有様で、まあ苦労させられたのなんのって。
小耳に挟んだところでは、その職員は、先日、上部機関から調査を依頼された案件を、ろくに吟味もしないで他の部署に振り、そこの部署の人(立場的に彼より上の人)から詳細を尋ねられた際、「いや、自分もよくわかってないので・・・」などとぬかし、その人にこっぴどく叱られたらしい。

そりゃさ、人に聞くことが悪いとは言わないよ。
でも、仕事を進める上では、誰かに聞いて得た知識でも、それがどういうことを意味するのかを吟味した上で次の行動に移るというのが、まあ基本でしょう。
別に、↑の職員に限った話ではないのだろうけど、万事受け身という人を見ていると、怒りというより呆れる気持ちが強くなってくる。

しかし、そう思う反面、仕事でもプライベートでも、ついつい受け身で考えたくなることが多いのが人間というもの。
そこはやっぱり、自分の考えをどこまで表に出し、他方でどう制御して、いざ周囲に頼る時は、どのような頼り方をすればよいのか、その辺のさじ加減が上手にできるようにすることを目標とすればよいのかなと思う。
実際、私の周りでも、「あの人は仕事ができる」という人は、頼り方が上手という一面を持っている人が多いと感じているので、自分も遅ればせながら、そういうことが上手にできるよう頑張ってみようかなと思った次第でした。


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影響は恐ろしい

2013-07-30 22:28:47 | 懐かしの思い出
いきなりだけど、「明後日」と書いて、皆さんは何と読むでしょう?
ふつうは「あさって」だと思います。私も、大抵はそう読みますから。

でも、たまに違う読みをすることがある。
普通に漢字をそのままよんで「みょうごにち」と読むのだけど、その一方で、「明日」は「あす」若しくは「あした」ばかりで、「みょうにち」と読むことは、少なくとも私は、まずない。
では、なぜ「明後日」だけそうなのかと言うと、考えられる原因はただ一つ。
「ウルトラマン」の劇中で、岩本博士がそのように発音するシーンがあり、それが子供心にすごく印象に残っていたからということだ。

これまでも何度か書いたと思うんだけど、子供の頃に観ていたテレビ番組の影響というのは恐ろしいもので、例えば、同じ「ウルトラマン」で言うと、私は日ごろ、公私問わず、自分を含めた複数の人達の集まりを「私達」ではなく「我々」と言うことが多いのだが、これはもう、間違いなく、ムラマツキャップの影響が大きい。
今日だって、勤務時間中、ある会社の担当の方との電話で普通に口にしていたし(無意識ではなく、気付いているのが我ながら凄いと思う)、どうかしたら、メールでも「我々」って書いちゃうことがあるくらい、自分の中で浸透している。
多分、今後もこれは変わることはないでしょう。

そう考えると、最近の子供達は、こんな風に、観ている番組から言葉を覚えるって、どのくらいあるのだろうか?
勿論「いい意味で」ということなんだけど、「大きいお友達」としては、この年になるとなかなかそういうことに気付かないというだけで、そういうことは、当然あってほしいと思っている。
最近の作品(とくに戦隊)では、(例えば「うざい」とか「きもい」とか)とかくおかしな日本語が多く使われていて、聞くたびに嘆かわしく思うばかりなので、観ている子供達に悪影響が及ばないかということが本当に心配でならない。
そろそろこの辺で、考え直す時期に来ていると思うんですけどね。
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光の国と怪獣達

2013-07-29 20:10:29 | 特撮作品鑑賞
先程無事に帰還しました。
新幹線で3時間20分、特急で1時間30分、着いてからさらに車で1時間という長丁場。疲れたけど、充実した三日間でした。

ということで、三日間の出来事を順次紹介していきます。





まずは27日(土)。
13時08分に東京に着いた後、友人と待ち合わせをして、一路池袋へ。
二年ぶりとなる「ウルトラマンフェスティバル2013」を観て来ました。





今回は、怪獣の展示に重点が置かれていて、懐かしい怪獣から最近の怪獣までが、所狭しと勢揃いしていました。








これだけの怪獣に囲まれると、さすがのタロウやレオも大苦戦の様子。
兄弟達の助太刀はないのかなあ・・・。





中には、一対一の格闘も。
やっぱりこの方が自然に感じます。





「帰ってきたウルトラマン」ことウルトラマンジャックと、宿敵・宇宙大怪獣ベムスター。
ジャックの勇姿を見て、「ウルトラマンが、帰ってきた・・・」と呟いた「大きいお友達」が、果たしてどれだけいたことか・・・。





最新ヒーロー、ウルトラマンギンガの巨大展示。
写真右側の白く塗りつぶした所には、実は三人の子供達がいるのだけど、こんな風に、子供達がギンガの手に乗って写真を撮れるという趣向で、長蛇の列ができていました。





そして、今回初めて観たライブステージ。
主役はウルトラマンゼロで、父親であるウルトラセブンと、師匠であるウルトラマンレオとの共闘の他、児童誌「てれびくん」と「テレビマガジン」の企画で、子供達が考えた怪獣の新しい必殺技(ウルトラ戦士ではなく、怪獣の必殺技であるというのがポイント)の最優秀作品が、怪獣エレキング(「ウルトラセブン」第3話ほか)と、ベムスター(「帰ってきたウルトラマン」第18話ほか)によって披露され、さらに、その必殺技を考えた子供達が、ステージで表彰され、セブンと一緒に記念写真が撮れるという趣向でした。
表彰されたお子さん二人にとっては、一生忘れられない記念になったことと思います。
(私も子供の頃、同じようなのに応募したことがあるんだけど、かすりもしなかったです(苦笑))
コメント (2)
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管轄外捜査の舞台

2013-07-28 20:07:51 | ロケ地巡り
今日は、仲間達総勢5人で、横浜市内を舞台に、恒例の「夏の遠足」。
ジリジリと太陽が照り付けるも、「猛暑」というほどではないという陽気の中、80年代の戦隊シリーズのロケ地巡りをしてきましたが、一箇所だけ、戦隊以外のロケ地巡りもしてきたので、今日はそこをご紹介します。





場所は、横浜を代表する名所の一つ、ご存知中華街。
作品は、2010年~2011年にかけて上映された、「相棒」劇場版Ⅱ。

警視庁を舞台にした作品なので、基本的に東京都から出て捜査が行われることは滅多にない「相棒」。
どんな経緯で中華街が舞台になったかと言うと・・・、

(簡単なあらすじ)

ある日、警視庁内で、警視総監をはじめ、幹部12名が人質となる篭城事件が発生。
犯人である、元警察官・八重樫は、機動隊が突入した際の騒動の中、持っていた銃で撃たれて死亡したが、その後、彼の部屋を捜索していた刑事達は、部屋の中から、不気味な刺青を腕に入れた男の写真を発見した。
組織犯罪対策第5課の角田課長から、男が上海出身の中国系マフィアの可能性が高いことを聞いた杉下右京と神戸尊は、事件の背景を探るべく、マフィアの息のかかった店があると思われる町へと出かけていった。

というわけで、今回紹介するのは、短いシーンだけど、右京さんと尊君の二人が訪れた場所です。





まずはこの交差点。





写真右側にあるのは商店で、現在は違うお店になっているようだけど、劇中の映像では「Panasonic」の青い看板が前面に出ていました。
そして左側にあるのは、「關帝廟(かんていびょう)」という建物。どういう建物かと言うと・・・。








日本が開国した後、横浜には、多くの中国人が商人や職人として訪れ、外国人居留地(現山下町)で暮らすようになったが、1862年、一人の中国人が關羽(中国後漢末期・三国時代の蜀の将軍)の木像を抱いて、現在の地にささやかな祠を開いたとされる建物がこの「關帝廟」で、現在でも、多くの参拝客が訪れているという。
この建物は、以前にも何度か中華街に来た時に見覚えがあったので、比較的簡単に特定できました。





因みに、このシーンで右京さんと尊君の背中の方には、このような看板を掲げる建物が。
「尊」の文字が入っているのは、単なる偶然・・・ですよねきっと。





続いて、中華街に張り巡らされた狭い路地の一つ、「香港路」。





マフィア達の潜伏先を探す右京さんと尊君が歩いているシーンで登場するのはこの辺り。
左側にある甘味喫茶のお店が映像でも確認できるのが決め手となりました。





もう一つの決め手となったのが、右側にある黄色い看板。
劇中では、路上にもこのお店の看板が出されていました。





今日は甘味喫茶はお休みだったようだけど、劇中では、この看板が路上に出ていたのが確認できました。

この後、右京さんと尊君は、写真の男の秘密を知っていると思われる連中が根城としている店で連中の襲撃を受け、そこに現れた、福建省出身の謎の女性によって救われるという展開になりますが、その辺は屋内での撮影が主だったので、中華街で確認できる映像はここまで。
それでも、次に行った時にはぜひとも確かめたいと思っていた場所を、仲間たちの協力によって確かめることができ、大きな収穫を得ることができました。

なんだけど、実を言うと、香港路のシーンは、あちこちを歩く(彷徨う)もなかなか場所を見つけられず、半ば諦めつつ、仲間達と食事を取るために、たまたま通った路地のお店に入ったところ、そのお店から出た直後、そのすぐ側にあったということを発見したというもので、「灯台下暗し」と言うか、仲間の一人が言った言葉を借りれば、「ロケ地の神様が、我々を現地へ導くために、香港路にあるお店で食事を取るようし向けた」というような出来事でした。
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50周年と40周年

2013-07-27 20:09:11 | 特撮作品鑑賞



「円谷プロ創立50周年記念号」と銘打った、スポーツ報知の特別版。
池袋の「ウルトラマンフェスティバル2013」の会場でゲットしてきました。

大きなトピックスとしては、放送から40周年を迎えた、ウルトラマンタロウ=東光太郎を演じられた篠田三郎さんのロングインタビューが掲載されている。
(どうでもいいけど、タロウの第15話「青い狐火の少女」という回が放送された昭和48年7月13日、私はこの世に生を受けました)
まだZATじゃなくてざっと読んだだけ(失礼(笑))だけど、このタイミングでのインタビュー掲載というのは、ファンとしても実に嬉しい限り。
篠田さんの他にも、歴代戦士を演じられた役者さんや監督、プロデューサーの方たちのインタビューや座談会もあって、大変読み応えがありますが、ただ一箇所、私にはどうしても許し難い誤植を発見してしまい、残念な思いをしたりも。
何かはあえて書かないけど、読まれた方で、気付く方は絶対気付くと思います。(これから読まれる方へヒント:ある中学校教師の座右の銘が一文字だけど間違っている)

「ウルトラマンフェスティバル」の詳細については、後日レポートします。(と言っても大して写真も撮ってませんが)

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