五色の風

町歩きを中心に、日々の出来事を綴ります。 
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市街地の集落跡

2018-11-14 19:14:22 | 釧路&釧根地方



春採湖畔の、この辺りから一枚。
写真の向こうの高台は、単なる高台ではありません。そこもまた、釧路の歴史に大きな一ページを刻んでいる場所です。





ということで、反対側へ。
これだけ見ると、何のことはない草むらのようですが・・・、





お、何やら凹んでますね。
そうなんです。実はここも、北斗遺跡で見られるのと同じような、竪穴式住居跡群なのです。














この場所は「春採台地竪穴群」といい、北斗遺跡と同様に、方形の窪みは擦文時代(9~12世紀頃)の、円形の窪みは縄文時代の住居跡で、幅広い年代の土器も出土されていることから、かなり長い時期にわたって、集落が営まれた場所と考えられています。
北斗遺跡よりもずっと早い、昭和10年(1935年)に国の史跡として指定され、市街地において竪穴から成る集落を見ることができる貴重な場所となっています。

(「春採台地竪穴群」の場所はこちら
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残念・・・

2018-11-13 20:11:00 | 音楽&アーティスト
歌手の成田賢さんが肺炎のため73歳で死去 「サイボーグ009」「電子戦隊デンジマン」主題歌など





この本に談話が掲載されていたので、「ああお元気なんだなあ」と思っていたのですが・・・。

「電子戦隊デンジマン」の主題歌「ああ電子戦隊デンジマン」、EDテーマ「デンジマンにまかせろ!」と、幾つかの挿入歌。
戦隊シリーズが土曜の夕方6時だった頃、確か5時30分からのロボットアニメとの間に流れていた「キャラメルコーン」のCMソング。
そして記事のタイトルにもなっている「サイボーグ009」の主題歌「誰がために」・・・。

残念でなりません。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
沢山の大切な思い出を有難うございました。これからも大切に聞いていきたいと思います。
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擦文時代の復元住居

2018-11-13 19:47:11 | 釧路&釧根地方



北斗遺跡の構内に復元されている住居跡。
擦文時代(9~12世紀頃)のもので、保存整備事業の一環として復元されました。








屋根部分を拡大すると、こんな構造になっています。





中に入ることができるので、入ってみました。











真ん中にある円形の窪みは、火を起こす囲炉裏のようなものでしょうかね。





これは何だろう?
物を置く棚かな・・・。











昨日の記事でも触れた竪穴住居跡。
北斗遺跡を構成する竪穴住居跡は九地点に分かれており、昭和48年(1973年)の第一地点の発掘調査により、この遺跡が、縄文時代早期(約八千~七千年前)、前期(約六千~五千年前)、中期(約五千~四千年前)から擦文時代に至る時代範囲の広い遺跡であることが明らかとなり、住居跡や墓跡が発掘されました。
九地点のうち第八地点からは、「オショロッコ型細石刃石核」と呼ばれる旧石器時代(約一万五千年前)の石器が出土し、この辺りが、旧石器時代から擦文時代に至るまで生活の拠点として利用されてきたことが物語られています。
この他、近世アイヌの遺物の発見もあるとされています。

北斗遺跡は、昭和52(1977年)に国の史跡指定を受け、平成元年(1989年)より保存整備事業が本格化。先に紹介した復元住居や遊歩道、展望台などの整備が進められてきました。





最後は、入口にある「史跡北斗遺跡展示館」。





館内には、写真の復元住居の他、映像機器などもあり、遺跡の全容を学習することができます。
開設期間は、毎年4月16日から11月15日まで。それを知ったので、10月下旬に「これは行かねば!」と思って車を走らせました。

(「北斗遺跡」の場所はこちら。)
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釧路の縄文遺跡

2018-11-12 21:33:59 | 釧路&釧根地方
文科相「縄文遺跡群は次の有力候補」 世界遺産登録に意欲(北海道新聞)


ウーン、なかなかハードルが高いようですね。
次回こそは登録という嬉しいニュースが聞けるよう、応援したいです。
見事登録を果たした暁に、南茅部地区(だけじゃないけど)の遺跡群をまた見に行きたいです。

ところで、道南の縄文遺跡群よりは知名度も低いのかもしれないけど、釧路にも、規模や見どころの点では決して引けを取らない場所があるのです。
冬期間になると来春まで見ることができないそうなので、今のうちにと思って行ってきました。





行ってきたのは、釧路市の郊外、鶴居村との境界近くにある、国の史跡にも指定されている「北斗遺跡」。
縄文時代早期(約八千~七千年前)から擦文時代(約一千年前)の住居跡や墓跡が発掘され、更に古くは、旧石器時代(約一万五千年前)の石核も発見された場所です。

(場所はこちら。)




駐車場に車を止め、竪穴住居跡などが見られる場所までは徒歩です。








こういうのを見ると、やっぱり怖くなりますね。








しばらく(十分程)歩くと、竪穴住居跡が目に入ってきました。
遺跡内部には、表面から観察できる竪穴住居跡が9地点に分かれて点在しており、その数は300個を超えるとされているそうですが、実際にはその数倍とも言われているそうです。





展望台へ通じる階段があったので、上ってみました。





展望台から見られる竪穴住居跡。
方形の窪みのものは擦文時代、円形の窪みのものは、縄文時代前期(約六千~五千年前)、中期(約五千~四千年前)のものとされています。








構内では、竪穴住居跡だけでなく、復元された当時の住居も見ることができます。
この復元住居については、また次の記事で。
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ロケ地巡りを兼ねて

2018-11-11 16:12:33 | 道外旅行記



氷川丸編の第二弾。
タイトルのとおり、実はここは、近年の戦隊シリーズでも時折使用されていて、最近だと、「快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー」(以下「ルパパト」。)#23「ステイタス・ゴールド」で使用されていました。
なんだけど、映像を写した画像をもとに検証してみると、どうやら普段は立入禁止の場所での撮影シーンが多かったようなので、この記事のカテゴリも「ロケ地巡り」ではなく「道外旅行記」にして書くことにしました。(勿論全部検証して「ロケ地巡り」にしたかったですよ。)





一枚目のデッキから見上げた最上部の写真。
劇中では、ルパンブルー=宵町透真と、ルパンエックス(パトレンエックス)=高尾ノエルがこの位置に立ち、変身アイテム(透真は「VSチェンジャー」、ノエルは「Xチェンジャー」を持ち、変身するシーンがあるのだけど、残念ながら立入禁止のため、ロケ地巡り恒例(?)の「なりきり」はできずじまい。(立入りできたとしてもしないかこういうところでは。(笑))





二つある階段のうち、最上部へ通じる方の後ろの部分(多分そうだと思われる)にも、ギャングラーとの戦闘中に透真が身を潜めるシーンがあるのだけど、そこもまた同様に立入りできず。





ということで、あとは適当に船上をブラブラ。
デッキから見える横浜の高層建物群(ランドマークタワー周辺)を一枚。





最近、「ブラタモリ」の中で、タモリさんが「碍子」(電線とその支持物とのあいだを絶縁するために用いる器具)が大好きだということが何度か触れられていて、先日の有田編では、有田焼の碍子なんてのが紹介されていたけれど、その影響なのか、私も最近碍子に目が止まるようになってしまったので、一枚撮っちゃいました。
(人気番組の影響とは恐ろしいもので、gooのサイトで「碍子」と打ち込むと、検索候補ワードの中に「碍子 ブラタモリ」って出てきました。(笑))








操舵室。
先述の「ルパパト」のロケ現場でも使われていたのだけど、函館にある「摩周丸」なんかでも、操舵室には立入りができるようになっているのと同様、氷川丸でも立入りができたので、ここだけ辛うじて、劇中の雰囲気を体感できたかなと。








日曜日の午後ということで、沢山の観光客で賑わっていた「氷川丸」。
船の展示施設は大好きなので、また今度、時間の制約なしにじっくりと見てみたいと思います。
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海に浮かぶ文化遺産

2018-11-10 16:40:59 | 道外旅行記



先日の「秋の遠足」では、JR横浜駅で仲間達と合流し、小田原の後は、再び横浜市内に戻ってきました。
そこで行ってみたのが、写真の黒い船。





これは、「日本郵船」(最近おめでたい出来事で聞かれた名前ですね)が、昭和5年(1930年)にシアトル航路用に建造した貨客船「氷川丸」。
大正中期(1920年頃)より、欧米の大型船に対抗して、日本もそれに負けない船を建造しようとの気運が高まり、当時としては最新鋭の技術をもって建造されました。
戦時中は海軍の特設病院船となり、攻撃も受けましたが幸いにして沈没を免れ、戦後、昭和28年(1953年)にシアトル航路に復帰。昭和35年(1960年)に引退した後、翌年より現在地に係留保存されていますが、平成20年に「日本郵船氷川丸」としてリニューアルオープンし、平成28年には重要文化財に指定されるなど、産業遺産として高い評価を受けています。





手ごろな値段で入場できるのが有難いです。早速行ってみましょう。








まずここは、船内にある「一等食堂」。
豪華な食事や給仕の様子などを見ることができます。














この展示スペースでは、横浜を出航してシアトルへ向かう船旅の様子が、実物資料とエピソードで紹介されています。
じっくりと読み込めば、旅の疑似体験もできる・・・かな?





ここは、「一等喫煙室」。
といっても、喫煙限定の場所ではなく、主に男性が食後に談笑した社交場だったそうです。





「一等客室」がありました。





「一等特別室」ってのもありますよ。








ここは、かのチャップリンが利用したこともあるスイートルームだそうです。
高級ホテルの、一泊何十万もするようなスイートルーム、一度泊まってみたいとは思っていますが、夢のまま終わるんだろうなあこれは。
(宝くじでも当たれば実行してみたいですが)


(「日本郵船氷川丸」の場所はこちら。)
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難攻不落の城

2018-11-09 19:37:17 | 道外旅行記



ロケ地巡りで行ってみた小田原城だけど、せっかくなので、「道外旅行記」のカテゴリにも載せたいと思いつつ、一人ではなく仲間と一緒ということで、はぐれて観光するわけにもいかないので、仲間と一緒に歩きながら写真を撮りました。





小田原城は、元は、平安時代末期、相模国の豪族土肥氏の一族である小早川遠平の居館であったとされ、その関係で、「小早川城」(または「小早川館」)という別名を持っています。
応永23年(1416年)「上杉禅秀の乱」で、禅秀方であった土肥氏が失脚し、駿河国に根拠を置いていた大森氏が城を奪って城郭としますが、明応4年(1495年)、伊豆国を支配していた北条早雲が大森氏から奪って以降、北条氏の本拠となりました。
その後、天正18年(1590年)、豊臣秀吉率いる20万の大軍に包囲され、籠城戦のうえ開城され、徳川の譜代大名である大久保田忠世・忠隣によって近世城郭として整備されるも、明治に入り、維天守や櫓は民間に払い下げられ解体されました。
近代になり、昭和35年(1960年)に天守が江戸時代の姿として外観復元され、内部は歴史資料の展示施設となっています。





JR小田原駅を降りて、案内標識に沿って歩いていくと、「小田原城址」の文字が刻まれた石碑が。
ここからが、観光名所である小田原城の構内になります。














難攻不落と言われた小田原城の総構の痕跡については、「ブラタモリ」でも時間を割いて紹介されていました。
次回行くときは、番組でタモリさん達が歩いた場所をじっくり歩いてみたいと思います。

この表示板に空いている穴。ちょっと気になりますね・・・。経年劣化?心無い悪戯などではないと思いたいですが・・・。





本丸へと向かう「九輪橋」。
赤い欄干が、歴史的スポットとしての風情を感じさせて、私は好きです。(他に、高知の「はりまや橋」なども)











天守内部は基本撮影NGなので、最上階からの眺望を撮ってみました。
天守の高さは地上38.7m。標高約60、の最上階からは、相模湾を一望でき、良く晴れた日には、三浦半島や房総半島を見ることができます。
小田原市ではこの天守の高さを基準とした高度規制を行い、天守の高さを超える建物の建築を制限しているそうです。
これは、歴史的遺産を今に伝え、名所として後世に残していくという意味でも、大変意義のある取組だと思います。
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もぐもぐタイム

2018-11-08 21:07:47 | イベント・オフ会
昨日の続き・・・と言うより、半年前の続きと言った方が適切かと気が付いた話。
5月10日の記事に、こんなことを書いてありました。


次回の「遠足」は5月27日(日)に開催予定。
来週末、一週間前には、持参するお土産探しにいかねば。「遠足」の恒例である「もぐもぐタイム」のために。(笑)
考えてみたら、この「もぐもぐタイム」について、今まで詳しく書いてこなかったような気がするので、今回戻ってきたら書いてみます。



なんてことを書いていながら、このときはすっかり書き忘れていたので、忘れないようこの機会に書いておきたいと思います。

我々「遠足」仲間の「もぐもぐタイム」とは、それぞれの地元の銘菓の交換会のこと。
いつも、大体2~3箇所を回るのだけど、大体それが終わるのが、いつも15時から16時間頃で、お疲れ様ということで、現場近くのコーヒーショップやファストフードショップ、あるいはオープンカフェなどに立ち寄り、コーヒーや紅茶などを飲みながら、持ち寄ったお菓子を交換するということが、いつからか恒例行事となっています。
(「いつからか」って書いたけど、多分、最初はこのとき。)

私もこれまで色々と買ってきたけれど、銘菓以外で割と好評だったかなと思うのが、↑のリンク記事にも登場している、道南地方の特産品。





函館のベイエリアにある「西波止場」で買ったのだけど、個人的にも何度も買って食べて、なかなか美味しかったです。

で、今回買って行ったのは・・・、





釧路銘菓ではないのだけど、10年ぶりに道東に来たので、十勝地方の有名なお菓子メーカー「柳月」のお菓子をチョイス。
試食してみて美味しかったので、これに決めました。

対して、頂いたものも、どれも美味しいものばかりで、自分だけでは食べずに職場に持って行ったりもしているのだけど、今回は例えば、








本当は全部ご紹介したいくらいだけど、写真が大量になってしまうので一つだけ。
クッキーは大好物なので、大変美味しくいただくことができました。

さ、次回は何を買って行こうかな。
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道民としては

2018-11-07 20:38:01 | 事件・ニュース
「#MeToo」「そだねー」... 新語・流行語大賞 30語ノミネート(NHK NEWS WEB)


今年もそんな時期になったんですね・・・。
色々とあったけど、ネガティブな言葉(例えば「ブラックアウト」とか「悪質タックル」)は、そもそもこの大賞には馴染まないと思っているので、道民としては、やっぱり「そだねー」を推したいかな。

あ、よく見ると、「そだねー」の他に、「もぐもぐタイム」もありますね。
ということで、この記事は明日へ続く。
明日は、「もぐもぐタイム」について書きたいと思います。
と言っても、ロコソラーレの皆さんによって有名になったあれではありませんが。
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石の形が決め手

2018-11-07 20:24:57 | ロケ地巡り
小田原城のロケ地検証第2弾は、我々の主たる活動目的である、80年代戦隊シリーズの検証。
対象エピソードは「電子戦隊デンジマン」第42話「少年を喰う悪い夢」なのだけど、実は、今年の5月に検証した内容と繋がっています。

ということで、まずはこちらをご覧いただければと思います。


【リンク記事で検証した内容】
「電子戦隊デンジマン」第42話「少年を喰う悪い夢」
ベーダー怪物ニンポーラーが、デンジピンク=桃井あきらの水泳教室の教え子である早川秀一少年に憑依してあきらに接近。デンジマン抹殺のため、少年とあきらが対面するタイミングを見計らってあきらに憑依するまでのシーンが、リンク記事の現場で描かれている。


劇中ではこの後、あきらに憑依したニンポーラーは、デンジレッド=赤城一平達4人の抹殺を試みるが、憑依から解き放たれた秀一によって事実を知った赤城達は、あきらを救うべく、秘密基地デンジランドへ。
実はこれこそがニンポーラーの真の狙いであったのだが、赤城達は、あきらに強い電気ショックを与えることで、ニンポーラーをあきらの体から追い出すことに成功。姿を暴かれたニンポーラーは、デンジランドから脱出すべく内部を右往左往するが、実はこのデンジランドは、このような事態のために用意されていた偽物で、八方塞がりになったニンポーラーは、ようやく見つけたドアを突き破って脱出するが、その先にあったのは、何処とも知れぬ城の門の前。そこに赤城達が現れ、ニンポーラーは騙されたことを知り、デンジマンとの戦闘が始まった。





ということで、偽のデンジランドのドアを突き破ってニンポーラーが現れたのが、この「常盤木門」の前。








劇中では、偽のデンジランドから現れたニンポーラーが、この位置で、無様にもスッテンコロリンするシーンが描かれている。





ニンポーラーを追って偽のデンジランドから現れた赤城達。
劇中では、忍者の扮装をした赤城が、この位置から「ベーダー怪物!お前は俺達に一杯食ったのさ!」と告げている。





再びこの写真。
劇中では、デンジブルー=青梅大五郎が、門の前(写真の左側)に立ち、ニンポーラーが潜入したデンジランドは真っ赤な偽物である旨を告げている。





ニンポーラーが突き破ってきたドアは当然ながら合成なのだけど、劇中でドアがあったのは、大体この写真の白い壁の真ん中ぐらいかなと。








昨日紹介した「ウルトラマン」でもそうだったのだけど、今回、ロケ地を検証するのに最も大きな決め手となったのが、石垣を構成している石の形。
門の造りや植え込みなどは当時から変わっている部分も多いのだけど、積んである石はさすがに当時(1980年)からというより築城時から変わっていないので、門や植え込みを見て「本当にここで大丈夫だろうか」と思っても、最終的には、石の形が当時と同じであることが決め手となって、特定に成功しました。





劇中では、勢揃いしたデンジマン5人が、石垣の上に立って名乗り挙げるシーンが描かれている。
その時の立ち位置は、左から、デンジピンク、デンジブルー、デンジレッド、デンジイエロー、デンジグリーンの順。
私達は、できれば劇中と同じアングルから撮影したかったのだけど、あいにく、石垣の真下が立入禁止だったため、立ち入ることのできるギリギリの所から撮影。





5人各々の名乗りと、「見よ!電子戦隊デンジマン!」のお決まりの全体名乗りが終われば、いよいよ戦闘開始。
劇中では、デンジレッドと、ベーダーの戦闘員ダストラーの戦闘シーンがこの位置で描かれている。







本丸へと向かう赤い橋。
劇中では、デンジグリーンとダストラーの戦闘シーンが描かれている。

本当はもう一箇所、写真と同じような赤い橋での、デンジピンクとダストラーの戦闘シーンを検証したかったのだけど、そちらの方は既に撤去されており、特定ができず残念。
でも、いつものことながら収穫も多く、満足の行くロケ地検証となりました。
次回は何処へ行こうかな・・・。デンジマンに関してはそろそろネタも尽きてきた感があるので、私も微力ながら、別な戦隊まで対象を広げ、まだ判明していないロケ地の検証を始めていますが、何分にも土地勘もないので、果たしてどこまでできるか・・・。ま、頑張ってみます。
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