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空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

「殿、利息でござる」はすばらしい映画である

2016年05月15日 11時35分31秒 | 思考試行

舛添知事の杜撰極まる公費の使い方が問題となっている。それを、この映画はまともに批判しているようである。もっとも、彼の様子をみて作った映画などではない。

もっと、大きく、世界の潮流にも批判をくわえる作品である。登場する人物が、実話とあって、まことにリアルで、その中で、義民あり、人情あり、迷いあり、見栄あり、思惑有りと、また、役者の演技そのものも、みんな達者である。

こんな作品は、滅多にお目にかかれない。武士の家計簿をみた、仙台の人が、吉岡にこんないい話があると作家に訴え、作家がこれに応えて調査研究、感動し、作品にしたという。

富裕層が、タックスヘイブンを駆使してる今の時代の醜い姿の真逆の話だが、現在進行形の人類のプロセスのなかで、こうした物語が「実話」として登場するところがすばらしい。

そのすばらしい力となった人たちが、ケチで、しみったれであった人の真意を知ったときの驚き、協力する力、豊富なテーマを内包して、素晴しい作品になっている。これは、必見の作品である。

昨日が、上映初日だが、ひさしぶりに、かなりの観客数で、そのことも嬉しいことであった。このような作品がヒットすることは、世の中捨てたものではないと感じさせる。つくづく、世の中、良くしていきたいものだ。


表現すること

2016年05月14日 09時10分38秒 | 思考試行

言い過ぎると醜い。言わないと、コケにされる。その塩梅が難しい。適切な表現というのは、時と所、相手の条件など、いろいろ考えられて発せられるのだろう。

条件無視で、自分の見解を述べ、主張することは、自身の至らない認識のこと、反省すべき点などが顕になることだから、それに対する反応は、自身でそれを知る契機となる。

なにも自分から発出しなければ、そうした反応はないから、わからないまま進行することとなる。波風を避け、事なかれ主義に陥るのだが、大部分の人が選択する道かもしれない。

そのへんでは、西洋とは違うかもしれない。かれらの教育では、自己主張をしないものは、無視されるか、愚か者として扱うようだ。何も言わない相手は、無視するのがいいとする文化は、わかり易い。

となれば、なんか言わないといけないし、言えば、黙って事なかれ主義を貫くというわけにはいかない。その方が、合理的であり、公平のような気がする。


人としての成長

2016年05月13日 09時48分59秒 | 思考試行

人格の成長をめざして、なんて最近は言わないようだ。人として生まれた以上、人間として成長したいというのは、自然の流れ、欲求だと思うのだが、みんながそう思うわけでもないようだ。

価値観が違うといえば、それまでだが、とりわけ他者との関係に関わる。人格成長と言っておきながら、他者との関わりをまったく考えないというのは、成り立たない。

みずからの鍛錬、修養もさることながら、他者との関わりにおいて、どう対処するのか、が重要である。

トランプ氏が共和党の大統領候補者になりそうだというので、たいへんな話題となっている。大金持ちで、自己資金で選挙戦を進めてきている。しがらみがないというので、思い通りの好き勝手を言っているらしい。

そこがウケタというのだが、極端な主張を本当に実行すると、混乱のもとになるのは間違いないだろう。楽観的に、その内主張を変えると言っている人もいるが、こういう考え方が、受け入れられること自体が、恐ろしい実態を示している。

アメリカの民度は、この程度なのだろうか。揺れは、しばらく続くとみなければならないかもしれない。


アメリカの姿勢

2016年05月12日 12時11分35秒 | 思考試行

都市を丸ごと吹き飛ばす原爆を投下したことについて、戦争を早く終わらせるためだった、というのは、そうだったんだ、と応えておくことにしよう。

その上で、その結果どんなことが起こったのか、今も起こっているのか、それを知らずにいるのは、これは良くない、といおう。

何かを信念を持っていうのはいいけれども、そこには、それなりの調査が必要だ。何事も、対決で問題を解決するという姿勢では、良くない。

日本だって、先に、原爆を開発していたら、使った可能性が高い。なんといっても、国民の人命さえ武器として、国家は捨てることを強要してきた国なんだから。

戦争は、かくも残酷であり、必要のないものであり、意味のないものであることを、あれだけの犠牲のもとに学んだのに、もう、それが薄れかけている。

戦争だって、辞さないぐらいの構えの意見が目立ってきている。政治の世界では、改憲勢力がすでに多数をしめており、彼らは、大部分がそう考えている。

こんな連中の思惑にはまれば、国民は間違いなく、戦場へ送られるハメとなる。選挙を軽視してはならない。


強欲資本家をどうするか

2016年05月11日 00時17分54秒 | 思考試行

変なルールを作って、合法だという。合法の名のもとに、不公平極まりない税逃れをする。金儲けのためには、手段を選ばず、人を踏みつけにして、くいものにして、反省することもない。

それどころか、踏みつけた人々を嘲笑う。人を人とも思っていない。侮蔑の視線で、貧者を眺める。馬鹿にする。高級官僚は、シモジモと国民を呼ぶ。こんな連中が、世の中を牛耳っている。

悔しくはないか。権力構造の醜さ、酷薄無情ぶり。

これは、どうにもならないか。このまま、すすめば、必ず、人類は、破滅的な結果に至るのではないか。それは、自然ではない。人間の愚かしさの究極の姿になって、始めて気付くことなのだろうか。

パナマ文書は、そのきっかけになるのかもしれない。莫大な資料がでてきて、隠されてきた、矛盾、腐敗構造が明らかになれば、治癒力が働くかもしれない。

トランプ氏の登場も、もし、大統領になったとしたら、大化学変化が起こるかもしれない。


冨の偏在こそ諸悪の根源

2016年05月10日 10時45分55秒 | 思考試行

パナマ文書。これこそ、強欲富裕層を告発する。地球上の不公平、不合理、紛争、・・・の根源は、富の偏在にある。少々のごまかしの寄付程度では、この問題の解決にならない。

いろんな現象、自然現象は、確率的に富士山のようなカーブを描くことが知られている。中間が厚く、両裾にながい裾を引くのである。

冨の存在は、世帯別にすると、このカーブにならないと言う。ものすごい冨を持つ層があるので、そうはならないのである。

その仕組みの一端が、パナマ文書で出てくる。富裕層は、必要のない、冨を独占して、貧困層を苦しめている。いまこそ、地球上での不幸の根源、諸悪の根源の、この事態を改善していかなければならない。

課題を鮮明にして、世界全体で、対処しなければならない。それは、一人ひとりの意思から、始まる。富裕層は、自らなすことができるところから、スタートしなければならない。

情けないカーブを改善しなければならない。人智は、そこまできて、解決を迫っているのだ。


いいものを求めて

2016年05月09日 00時43分37秒 | 思考試行

気持ちいい世界、愉快になれること、すばらしい感動、こういうものに注目して、俳句にする。今まで、そんな観点はなかったようだ。どうかすると、変わったことに注目しているキライがあった。それでは、感動がない。

感動することに、注目しなければ人に作品を見せる意味がない。それぐらいの気持ちが必要ではないかと思う。それでいて、自分に正直に、ごまかさないで、作品ができたら最高だと思う。

兼題があって、そこから、どう発想するか。忙しい2週間が始まる。落ち着いた生活が始まれば、また、変わると思うが、住んでいる家を出て、新しい環境で、やっていくための準備に労力がかかりそうなこともあって、少し落ち着かない暮らしぶりではある。

そんな中で、放送大学の準備もある。放送教材の視聴と印刷教材の読み込みの課題もある。通信指導の提出もある。結構、やることがあって、なかなか遊びに行けない。といっても、全体が遊びに近いことになっている。

生活への不安感がそれほどなくなっている。少額ではあるが、年金の存在が大きい。そこそこ、幸せな毎日といえるのだろう。


しばらくみない内に

2016年05月08日 11時51分19秒 | 思考試行

いつの間にか、年月は経っているもので、有名人の方など、ひさしぶりに登場されているのをみて、その変貌ぶりに驚く。

エーっ、こんなに変わったのかと。ということは、我と我が身もそうなのだが、家の鏡では、それほど感じないのだが、映画館のトイレで鏡を見たときには、ギョッとなった。

鏡は正直に、自分の現況を示している。もう、どこから見ても、リッパなじいさんである。まことに、年月の経つのは、早いものである。

気持ちだけは、仕事をしていたり、放送大学で刺激をもらったりしていると、それほどの変化は感じないのだが、イカンセン、皮膚の具合とか、眉毛とか、目の勢いであるとか、これは、隠しようもなく年齢を示している。

憲法記念日ということで、大江健三郎さんが、演壇に立っているニュースが流れた。馴染深い顔がすっかり、「お年寄り」になっている。

それでも、多分気持ちは若いのだろう。主張するファイトは健在である。


今週は落選

2016年05月07日 09時29分42秒 | 思考試行

俳句の投句を、続けているが、あまり打ち込むことができないせいか、今ひとつ、伸びがとまっている。今週は、落選である。

他の句友達の伸びをみていると、刺激をうけるけれども、それは、自分の感覚とは違うから、いままさに、モヤモヤの真っ最中であることが自覚される。

要するに、ピタッとくるものができないということだけなのだが、それができるようになれば、大したもののような気がする。

仕事に恵まれ、やるべきことがあって、放送大学に学ぶ身は、少々背伸びしすぎで、なかなかすべてをこなすことはむずかしい。

どうやら、決め事は、やっていこうとする性癖があり、それがいいのかどうか、些か集中を欠くことは否めない。

日記、ブログ、これも続けている。

その内、しぼってやるべきことを決めていく気配もあるけれども、そうなったときには、相当寂しい思いをするような気がする。


今日は結構忙しい

2016年05月06日 10時04分08秒 | 思考試行

連休があると、何かと仕事がたまってくる。あれもこれもと、結構忙しく感じる。

要領よく、片付けていきたいのだが、こんなブログを書いている暇はないのだが、ルーチンになっているので、飛ばすわけにもいかずの仕儀となっている。

恐らく、全部はできないが、できるところから、着手していきたい。

一番目、二番目ぐらいは、見当をつけているが、相手もあるし、休みかもしれないし、順番となると難しいものがある。

できるところから回っていくつもりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


陰謀の存在

2016年05月05日 00時33分20秒 | 思考試行

冨がすべてと考えている連中が、独占し始めて、少数の人間が、全体の冨の大部分を占めてしまう現象が、起きている。貧富の格差が深刻になっている。

アメリカで、韓国で、中国で、日本で。

これは由々しきことである。そもそも、冨は、個人にとって、それほど必要とは思えない。

なのに、なぜそんなに冨が欲しいのか。これが、さまざまな困難、悲劇を生み出す。このことについて、それほど問題になっていないように見える。

冨の集中には、さまざまに陰謀が、張り巡らされているに違いない。陰謀だから、あまり知られてはいないし、その仕組みは、隠されている。

だが、アメリカ大統領選挙のなかで、この陰謀の害悪、矛盾がふきだしてきているように見える。貧困層の鬱憤が噴出してきている。

サンダースの善戦もそうである。自ら社会主義者と公言する。焦点は、貧困層の不満にある。地球上全体に、この問題は広がっている。

陰謀との戦いである。陰謀を明らかにし、暴き出し、対処策が検討されなければならない。

これに対処する方法は、地球規模でなされないと解決不可能であろう。その道を人類は、いずれ選ぶに違いない。さもなければ、滅びるほかないと思うからだ。その方向へ、すみやかに動いていくことを期待したいし、そうなるように動いているつもりである。


自分がどう反応するかが大事

2016年05月04日 11時12分40秒 | 思考試行

映画「追憶の森」をみて、いろいろ示唆されることが多かった。しょうもないことにこだわる愚かなふるまいを反省する。

すなおに謝り、反省する。心からの謝罪ができるかどうか。それができれば、人生どれほど豊かになることか。

まさにドラマであるから、訴えたいテーマをもって、製作者はフィクションでもなんでも持ち込んでくる。それでいいのだ。

シンプルな主張だけど、大事なことを言っている。人生には、非常に大事なことである。小生の歳になると、謝ることなど滅多に生じない。考えれば、そのような場面がないのである。

あれば、直ちに、すなおに謝れるような気がするし、事実そのように実行しているつもりでいる。だが、真実はどうかはわからない。頑固でどうしょうもない人物と思われているのかもしれない。

映画のなかで、主人公が、反省して、号泣する場面がある。ここが、従来にない、アメリカ映画と思うところだが、すばらしい。この場面のために、すべては準備されていたと感じた。

いい映画であった。観客が少なく、もったいない気がした。


憲法をどう考えるか

2016年05月03日 11時23分00秒 | 思考試行

憲法は、国民のためにある。為政者から守るためのものである。それを為政者は、国民を縛る道具にしようとする。

改憲騒ぎの中に、そんな道筋のあることがわかってきた。うかうかしていると、とんでもない方向へと、国を引っ張っていく。

安部政権は、憲法解釈をいとも簡単に変えた。法の番人たる内閣法制局のヘッドを取り替えて、自分の意向に従わせるという荒技をやってのけた。

選挙で多数を占めれば、好き放題になんでもやる。武器産業を起こし、自衛隊を集団的自衛権の名のもとに、海外に派遣することも厭わず、戦争だって、やりかねない。

集団的自衛権あり、となれば、アメリカの意向に従って、どこへでも、戦争に行くことも厭わないということである。否応なく、アメリカの戦争に、巻き込まれることになる。断る術もなく、ズルズルと戦争勢力の一員となってしまう。

平和憲法があって、戦後、戦争に巻き込まれることはなかった。だが、安部政権になって、様子が一変している。いま、まことに、危険な状態にある。

選挙で多数をとれば、なんでもする危険性がある。そのための布石をうってきている。有名キャスターの降板、秘密保護法、報道に対する牽制、あちこちで、その動きがはじまっている。警戒しなければならない。


腹の据わった生き方をめざす

2016年05月03日 00時10分55秒 | 思考試行

信念に生きるとか、イデオロギーのもとに確信をもって生きるとか、そういうことではなく、自身として、自然な、しかも納得しながら生きる選択をしていくことをめざす。

最悪の事態を受け入れ、そうはならないように努力しながらも、そのようになろうとも、致し方なしの心境を維持し、うろたえることなく、最善の行動を維持していくこと。

できるかぎり、広い視野を持ち、個にとっても、集団にとっても、いい方向への進路のために、力を尽くしていくことを、心底に持ちながら、行動していく、意識的に自覚的に、具体化していく。

そのようにして、与えられた生の期間を過ごしていく。それでなにほどかのことができれば良しとする。できなければ、それは、自身を誤魔化したことになる。具体的に実行していく。

ただし、焦ることはない。能力のこともある。無理をしても、それは無謀なだけである。自然の流れでいい。それぐらいの覚悟でいく。


立憲主義を知らない人々

2016年05月02日 11時11分40秒 | 思考試行

個々の人間の考えは変わることもある。指導者と言われる人物も、当然ながら、入れ替わる。議員も然り。国を構成する仕組みが、その都度コロコロ変わるようでは困る。

安部政権が、憲法解釈をかえ、海外に派兵することを可能にし、武器輸出も可能にした。トランプ大統領候補が言っていることと、なんだか符合してきた。

自前で、日本は防衛しろと、憲法を変えずともそれは可能ということが、中国やロシア、北朝鮮などの影響もあって、今や常識化している。自衛隊は合憲であると。

憲法を素直に読めば、自衛隊だって、違憲としかみえないのだが、とてもそれではやってはいけない、というのが、国家である以上は、譲れないところなのだろう。

まったく、丸腰でいて、さまざまな脅迫があれば、要求に屈し、負けるまで、というのはありえないのだろうか。高潔な宗教家のような、行き方が、国家としては、ありえないのだろうか。

人類の実態、人間の実態、そこからみれば、自衛権はあるのだというギリギリの線は守るべきであろう。集団的自衛権となれば、もはや、戦争をするぞという決意を示しているのと同義である。