空をみながら

 地球規模、宇宙規模で考える。死角のない視野の獲得。憲法9条を守ろう。平和のための最高の武器だと思う。

嵐と想像力

2013年06月09日 00時35分14秒 | 思考試行

嵐は、歌手であり、ショービジネスで生きるタレントであるから、そこには、生きた素材としての人間そのものがいて、そのほかには、彼らの姿、声、などから刺激をうけての想像力も、感動や興奮を起動する源泉となっている。

野球の熱狂するファンの姿自体が、野球自体を盛り上げるように、サッカーの試合も観客と一体となって、雰囲気を作っているわけで、観客がいなければ、まことに、寂しい風景になるだろう。

嵐のコンサートのチケットがとれない、という言い方ではなくて、ファンは当選しますように、などと神頼みをするぐらいに、気持ちを寄せているので、嵐のファンは、観客としては、最高の部類の盛り上げ要素の人々ということになる。

人は、生きるにあたって、さまざまに悩み、迷い、いろいろ事象にも、翻弄されながら生活をしているわけだが、この作業のなかから、生きがいを見いだし、他者とも共感しながら、その人生観を深めていく。その際、他者との関係において、身近に感じ、共生している実感を得られるということの意味は大きい。

どう考えようと、正解はないのだろうが、根本のところで、健全であれば必ずや、この世に生を享けたことを感謝し、一生命体としての、自らの存在を、自己肯定し、その気持ちを他者との関係においても実現し得たなら人生捨てたものではない、ということになるのではなかろうか。その背景には、想像力の存在がある。