ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

泉南信長道を行く3

2018年05月27日 21時05分30秒 | ウォーキング

この地方は弥生時代から
いくつもの集落が存在していた
といわれます。

其のうちの一つとして
大きな遺跡だったのが

「男里遺跡」です。

今は男里と書いていますが、
呼唹里とも書かれていました。

男里川が流れるこの地域に
その川の痕跡といわれる
双子池が今も残っています。

これ。



池の真ん中に信長道が通っています。
池の周りを見ていると、
こんな石碑があったり、



池の周りにはフェンスが
張られたりしています。



で、よく見るとこの池では
大阪府の特産品である
カワチブナの養殖をしているようです。



カワチブナとは
「ゲンゴロウブナ」の体高が高い
突然変異体で、
大阪のため池なんかでよく
養殖されたのでこういう
名前がついています。

昔doironの家の近所でも
ため池がよくありました。

そこでやる遊びはあぶなくて
大人によく怒られましたが、
ヒシ取り、カラス貝取りや
エビカニ釣り手作りボートを
浮かべた原始的アウトドア
遊びなんかもやりました。

そしてなかには大人の真似をして
鯉釣りなんかもしたなあ、
うどんをエサにつってたなあ。

あの時につってたのは、
こういうヘラブナだったのかもしれません。

ここではこういうヘラブナの
養殖をやっているようで、
周りのフェンスに
「ブラックバス」や「ブルーギル」の
放流を禁止していることが
しっかり書かれてありましたね。

そんな双子池のそばにあったのが、
この地域のでかい集落
「男里遺跡」です。

大きな竪穴が30数個も
見つかっているそうです。
その集落の中にあった大きな森が、
いまも残っています。

道を歩いていくと
大きな鳥居が目に入ってくる
「男神社」です。



豊かな緑を誇るこの神社は、
神武天皇が御東征のみぎり、
傷を負った皇兄である
五瀬命(いつせのみこと)が
雄たけびをあげたことから、
「おたけびの宮」とも呼ばれており、
いまは大阪府緑の百選にも選ばれています。

いずれにしても古い歴史を持つ
この神社の周りで、双子池の水を
使った農作業なんかが
行われていたのでしょうねえ。

戦国旗を掲げ、争いに向かう人々を
どんな気持ちで見送ったのでしょうかねえ。

双子池からこんな古い感じの
家が並ぶ道を進んでいくと、
小学校のすぐ横にこんな
男神社の鳥居があります。



ああ、見慣れた道標です。



大阪緑の百選の森ですねえ。
こんなクスノキや



府内最大の
むくろじの木もあります。



そしてこれが本殿。



それにしてもこの神社の
名前は何ともいえませんね。

男神社にお参りに行ってきてね
とかいうと、男だったら
「男として強くなれますように」とか
女だったら
「立派な旦那さんが見つかりますように」
なあんてお祈りしてきたのか
と思われそうです。

あ、もしかしたらどこかに
「女神社」なんてのもあるかもねえ。

神社を出ますと近くに
川が流れています。



これが男里川ですね。
この前の台風で氾濫し、
南海本線の線路橋をぶち曲げた
川ですねえ。



この日は静かに流れていたのにねえ。

自然災害は恐ろしいものですねえ。
この川を男里川橋で渡ると、
信長道はすぐに海岸線の方に
曲がっていきます。

マンふたを見ると、
ああもうここは阪南市ですねえ。



市の木マツと市の花サツキが
大阪湾の波の下に刻まれていますねえ。

あっなんとこの辺の工事会社は
「安土建設」ですか。



安土城を持っていた
信長道沿いになんとふさわしい会社名か。
選んで作ったんだったらすごいなあ。

道はまた村中の狭い道になってきました。



この辺りは、尾崎の駅に
近くなってきましたねえ。
家も多くなってきて道端にある
地蔵さんもしっかり置かれていますし、



こんな虫籠窓のあるような
古い家も並び道も以外に
まっすぐついています。



あと南海電車で一駅分の距離です。
頑張りましょう。

続く


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