学問空間

【お知らせ】teacup掲示板の閉鎖に伴い、リンク切れが大量に生じていますが、順次修正中です。

世界は二人のために

2008-12-30 | 佐藤優『国家の罠』&モロゾフ・野坂参三
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2008年12月30日(火)22時34分5秒

>筆綾丸さん
>ただのコドモ
そうですね。
「とにかくこっちは人を疑うのが仕事なんだ。あなたを信頼していて、もし裏切られたら、僕は傷ついてほんとうにどういう暴れ方をするかわからないからね。お金が鈴木さんのところにいっていたら、ほんとうに教えてね」(p396)なんていう発言は、子供を通り越して、幼児的な感じすらしますね。
佐藤氏は「読者はこれまでの記述で、西村氏が『難しいお客さん』から供述をとる能力に、どれほど長けているかがわかっていただけたと思う」(p348)などと西村氏を随所で褒めまくっていますが、取調べの中でも、旧ソ連で鍛え上げた手腕で西村氏のプライドを巧妙に刺激し、西村氏にまるで自分が佐藤氏と同レベルの知識人であるかのような錯覚を抱かせることに成功してますね。
また、佐藤氏のような「難しいお客さん」は自分でなければ供述を取れないんだ、という錯覚を抱かせることにも成功してますね。
p415の記述は両者の関係の最終段階を示しているように思えます。

-----------
西村氏も私も基本的に黙っているのであるが、ときどきこんな会話をした。
「佐藤は頑強に否認するのでこちらは机を叩いてガンガン取り調べている」
「そうそう。検察庁とは基本的利害関係が対立しているので、ひじょうに険悪な雰囲気だ」
「そうそう。いかなる利害の一致もない。険悪な雰囲気だ」
「しかし、西村検事に対してはほんのちょっとだけ信頼関係がある」
西村氏は右手の親指と人差し指の間に数ミリの隙間を作ってこう言う。
「そうそう。佐藤優との間にはほんの少しだけ信頼関係がある」
「しかし、それは僕にとって本質的な問題ではない。検察庁とは基本的利害が対立している」
「そうそう。だからガンガン机を叩いて取り調べている。しかし、もしかすると調室の中にいる僕たち二人がいちばん冷静なのかもしれないね」
「そうだね。どうしてなんだろうね」
「よくわからないね」
-----------

BGMには、古い歌ですが、いずみたく作曲の「世界は二人のために」が似合いそうですね。
西村氏は客観的には検察内部情報の被疑者への漏洩を行っていますが、本人にはその自覚が最後の最後までありません。
エージェントとしての自覚なきエージェントの育成、しかも検察官のような「むずかしいお客さん」を素材としてのそれは、佐藤氏にとってもかなり珍しい経験であり、西村氏は佐藤氏の最高傑作のひとつなんじゃないですかね。
そして、『国家の罠』は、西村氏が抱いた錯覚をそのまま読者がリアルに追体験できるよう構成された迫真の心理劇であり、『罪と罰』に匹敵する文学作品として、また、情報操作の教材として、末永く読み継がれて行くことになるでしょうね。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ロシアンサウナ的存在 | トップ | 「葛野友太郎」の仕事 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

佐藤優『国家の罠』&モロゾフ・野坂参三」カテゴリの最新記事