学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

「ガキの使い」

2008-12-24 | 佐藤優『国家の罠』&モロゾフ・野坂参三
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2008年12月24日(水)00時12分43秒

『国家の罠』の書評を見ると、佐藤優氏と西村検事の関係について、極限状況での男と男の友情、みたいなことを言っている人が多いですね。

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「結果的に我々読者が読むことになるのは、不思議な魅力に満ちた、本質的に敵同士であることを運命づけられている検事と容疑者の友情の記録だ。」
「二人とも互いが基本的に敵であることを明晰な頭脳で意識しながら、同時にぎりぎりの敵対的関係の中で友情が深まっていく。まるで小説か映画を見ているような錯覚に陥る。」
http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20080102/p1

「鈴木宗男、佐藤優、西村尚芳――大衆の支配に屈従するを良しとしない常識人、大衆社会の愚劣さを告発できる真正の知識人は、まだ死に絶えてはいなかった。彼らの命がけの闘いを記録した本書は、正気でありたいと願う我々にとって必読の一冊といえるだろう。」
http://blog.livedoor.jp/shizenha/archives/50046913.html


しかし、佐藤勝氏の解説を一旦遮断して、西村氏の発言のみを読んでみると、まず、語彙の幼稚さが目立ちます。
また、クロノロジーにしてみて驚いたのは、わずか一ヶ月にも満たない期間の中で、二人の関係がここまで劇的に変わっていることですね。
『国家の罠』p351には、

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ところで、読者は、これまでの記述で、西村氏の鈴木宗男氏に対する呼び方が、当初の「鈴木」という呼び捨てから、「鈴木さん」、「鈴木先生」と変化したことに気付いていると思う。
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とありますが、この過程は西村氏の佐藤氏への評価が「佐藤」から「佐藤さん」、「佐藤先生」と変化している過程でもあります。
西村氏は確かに検察という組織の「ガキの使い」ではないでしょうが、佐藤先生に一言注意されると部屋を飛び出して、同一組織のメンバーを問いつめ、帰ってくると組織の秘密を佐藤先生に報告する訳ですから、佐藤先生の「ガキの使い」になっているように見えますね。
この過程は「洗脳」と呼ばれる現象と共通点がありそうです。
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