学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

石光真清がスピノザ?

2014-01-01 | 佐藤優『国家の罠』&モロゾフ・野坂参三
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2014年 1月 1日(水)12時40分6秒

『知の武装 救国のインテリジェンス』では手嶋・佐藤の両氏が石光真清を次のように絶賛しています。

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手嶋 一方で、日露戦争をかろうじて勝ち抜いた日本人には、インテリジェンスの豊かなDNAが脈々と受け継がれている。これもわれわれの共通認識です。従って「日本は情報小国なり」と絶望の唄を歌うのはまだ早いのです。明治という時代が生んだインテリジェンス・オフィサー群像は、当時の世界的水準から見ても、超一流だといっていいでしょう。

佐藤 これも、異論はまったくありません。

手嶋 これら明治期の青春群像のなかで、好きな人物をひとりあげよと言われれば、やはり石光真清ですね。自らを律するに厳しく、いかにもあの時代の青年らしい。明治という時代がもっていた凛とした空気が、どこか伝わってきます。

佐藤 『城下の人』をはじめとする『石光真清の手記』四部作の著者ですね。これは公刊することを想定せずに書かれたメモワールなのですが、この類稀な著作が残されたことで、明治という時代を駆け抜けた情報仕官の素顔を知ることができました。(中略)

佐藤 『坂の上の雲』では、明石元二郎が対露謀略の元締めとして描かれているけれども、この時期の情報仕官としては、石光真清の方が圧倒的に質が高かったと思います。(中略)

どうやら、明石ってひとは政治家であり、講談師でもあったんですね(笑)。インテリジェンス・オフィサーとして名前が残っている人には、講談師の要素が少なからずあったのでしょうが、石光真清にはそうしたヤマ師的な要素が驚くほど稀薄です。(中略)

気質といえば、石光の手記を読んで思ったのですが、西洋だったらこの人はスピノザですよ。スピノザのようにレンズを磨いていて、静かな生活を送っている。しかし自分で記録はきちんとつけていて、様々に思索は巡らしている。それに対して、白洲次郎や明石元二郎は、さしずめライプニッツでしょう。あっちこっちと動いて、膨張と収縮を繰り返す。非常に活動的でした。

手嶋 スピノザとライプニッツ。面白い見立てだなあ。どうやら僕はスピノザのようなタイプに心惹かれるようです。義和団事件で列強に「柴五郎あり」と言わしめた、柴五郎も大好きですね。石光真清の精神の師でもあったのですが、『ある明治人の記録』からは、その人柄がよく伝わってきます。(後略)
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石光真清については熊本大学教授・小松裕氏の『「いのち」と帝国日本』を素材にして少し検討したことがありますが、いくらなんでも「西洋だったらこの人はスピノザ」は誉めすぎじゃないですかね。
ヤマ師的・講談師的な要素が驚くほど濃厚な佐藤優氏に比べれば、まあ、石光真清にはヤマ師的・講談師的な要素が比較的稀薄ですが、それでも変なところは結構ありますね。
石光四部作に登場し、小松裕氏がやたら感情移入して描いている水野福子は講談の登場人物のような感じもします。

「茶碗を投げつける女」
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カテゴリー: 小松裕『「いのち」と帝国日本』
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