誰しも一度は考えたことがあるんじゃないかな?
「さっきの一言いうんじゃなかった.30分前に巻き戻したい!」
てのもあるでしょうし,
「高校の数学から勉強し直したい!」
とか,
「中学時代に巻き戻して,初恋の彼女に告白したい!」
とか,いろいろありそうですね.
幼児なんてのは自分中心に考えますから,人生をやり直したいなんて考えないわけですよね.
しかし,分別が付き,自分を客観的に眺められるようになると,後悔もするし,人生をやり直したい,という発想も出てくるだろうと思うわけです.
「やり直したい」という逡巡は,その人が自分の人生を,どこの時点から,肯定できなくなったかを表しているようです.
私の場合,大学入学時に巻き戻したい,と思っていた時期がありました.
私が就職した部署は,研究所というせいもあって,新入社員の70%が修士課程修了者だったし,博士の新人も10%くらいいましたので,まわりが皆優秀に見えてしかたなかった.
実際,皆優秀で,はっきり言って劣等感にさいなまれることもしばしば.
ただ,専門知識については,意外にコンプレックス感じないのですよ.
というのは,卒論や修論はテーマが細かいというか,特定の分野を極限まで掘り下げて勉強するので,他人の専門なんてちんぷんかんぷんだけど,逆に,自分の研究テーマも他人からみたら,意味不明だから,劣等感ををいだくような種はないのです.
しかし,一般教養はだめ,そうはいかない.
コーヒー飲みながら雑談していると,すぐにボロがでちゃうんだなあ.
私の場合,文学とか歴史とかの分野で,いわゆる「教養」の無さを露呈することがしばしばでした.
同時に,『こいつら,理系のくせに,なんで,こんなに歴史に詳しいんだ???』
なんて,逆切れしてましたから.
クラシック音楽では負けてなかったけど.
(勝負じゃないちゅうに)
また,私は電気系出身だから,力学が弱い.
台風の進路はコリオリの力で曲がる,とか言われても,コリオリなんて,はるか忘却のかなたに沈んでいるので,笑ってごまかすしかない.
そんなこんなで,大学1年に巻き戻して,一般教養からやり直したいなあと,思っていたのでした.
ただ,最近はそういう巻き戻し願望はほとんど無くなりました.
これも年の功というか,人生経験というか,つまり,「知らないことは知らない」と,堂々と言えるようになったおかげなのです.
これは,結構大事なことです.
知ったかぶりをすることは疲れるし,相手はこっちにその知識があるという前提で次の話に進んでしまう.
これは,仕事の上では,かなりまずい状況といえます.
ビジネスの成否に影響するかもしれない.
知らないことを知らないといえば,たとえ多少馬鹿にされることはあっても,相手はその前提で話を進めてくれるし,最低限必要な知識を与えてくれるでしょう.
もう一つ,最近気づいたことは,知らないことがあっても,それが,私という人間の価値を下げるものではないということなんですよ.
人は,その人の「持っているもの」によって評価されるのであって,「持っていない」もので評価されることはない,ということです.
持っていないものを悔やむより,持っているものを研く方がずっといいし,幸福への近道でもある.
「さっきの一言いうんじゃなかった.30分前に巻き戻したい!」
てのもあるでしょうし,
「高校の数学から勉強し直したい!」
とか,
「中学時代に巻き戻して,初恋の彼女に告白したい!」
とか,いろいろありそうですね.
幼児なんてのは自分中心に考えますから,人生をやり直したいなんて考えないわけですよね.
しかし,分別が付き,自分を客観的に眺められるようになると,後悔もするし,人生をやり直したい,という発想も出てくるだろうと思うわけです.
「やり直したい」という逡巡は,その人が自分の人生を,どこの時点から,肯定できなくなったかを表しているようです.
私の場合,大学入学時に巻き戻したい,と思っていた時期がありました.
私が就職した部署は,研究所というせいもあって,新入社員の70%が修士課程修了者だったし,博士の新人も10%くらいいましたので,まわりが皆優秀に見えてしかたなかった.
実際,皆優秀で,はっきり言って劣等感にさいなまれることもしばしば.
ただ,専門知識については,意外にコンプレックス感じないのですよ.
というのは,卒論や修論はテーマが細かいというか,特定の分野を極限まで掘り下げて勉強するので,他人の専門なんてちんぷんかんぷんだけど,逆に,自分の研究テーマも他人からみたら,意味不明だから,劣等感ををいだくような種はないのです.
しかし,一般教養はだめ,そうはいかない.
コーヒー飲みながら雑談していると,すぐにボロがでちゃうんだなあ.
私の場合,文学とか歴史とかの分野で,いわゆる「教養」の無さを露呈することがしばしばでした.
同時に,『こいつら,理系のくせに,なんで,こんなに歴史に詳しいんだ???』
なんて,逆切れしてましたから.
クラシック音楽では負けてなかったけど.
(勝負じゃないちゅうに)
また,私は電気系出身だから,力学が弱い.
台風の進路はコリオリの力で曲がる,とか言われても,コリオリなんて,はるか忘却のかなたに沈んでいるので,笑ってごまかすしかない.
そんなこんなで,大学1年に巻き戻して,一般教養からやり直したいなあと,思っていたのでした.
ただ,最近はそういう巻き戻し願望はほとんど無くなりました.
これも年の功というか,人生経験というか,つまり,「知らないことは知らない」と,堂々と言えるようになったおかげなのです.
これは,結構大事なことです.
知ったかぶりをすることは疲れるし,相手はこっちにその知識があるという前提で次の話に進んでしまう.
これは,仕事の上では,かなりまずい状況といえます.
ビジネスの成否に影響するかもしれない.
知らないことを知らないといえば,たとえ多少馬鹿にされることはあっても,相手はその前提で話を進めてくれるし,最低限必要な知識を与えてくれるでしょう.
もう一つ,最近気づいたことは,知らないことがあっても,それが,私という人間の価値を下げるものではないということなんですよ.
人は,その人の「持っているもの」によって評価されるのであって,「持っていない」もので評価されることはない,ということです.
持っていないものを悔やむより,持っているものを研く方がずっといいし,幸福への近道でもある.
私は友達が少ないので,うらやましいですよ.
でも,これからでも,まだチャンスはあると思うので,老後のための友達作りに励みたいです.
でも…どっか醒めてたのが私です^^;
なんでだろう、どの時代に戻ったとしても、変わらず同じことして、そして同じことで後悔もしてるんだろうな~って(笑
持っているものを研ぐ…いいですね♪
でも、私って人間は何を持っているんでしょうか…
まずはそこからです^^