特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

小満足

2015-03-07 15:02:07 | 遺品整理
昨年秋からのプチダイエット。
約三ヶ月で標準体重まで落とし、以降は、その維持に努めている。
ただ、維持のつもりでも、ダイエットで身についた習慣をベースに生活しているから、体重は微減を継続。
今では、夕食後の計測でも標準体重を下回るようになっている。
必要以上に痩せたいわけではないので、今後は、摂取カロリーと消費カロリーのバランスをうまくとっていきたいと思っている。

ダイエットの収穫は減量だけではない。
私は、これを通じて面白いことを発見した。
それを一言でいうと、
「空腹でしか味わえない満足感がある」
ということ。
そして、
「満腹で味わう満足感より、空腹で味わう満足感のほうが充足度が高い」
ということ。
ダイエットに難なく成功した達成感がそう思わせているのかもしれないけど、少し腹が減っているくらいが身体にも精神にも健康的なような気がする。
実際、空腹のほうが夜よく眠れるし、朝の心身も軽い。
現場でも、身体がよく動く。
「努力して・忍耐して・挑戦して得られる満足感は、楽して・楽しようとして得られる満足感に勝る」
この感覚をうまく伝えられないのが歯痒いけど、そんなきれいごとを、私は実感として覚えているのである。



「相続するかどうか考えてまして・・・」
「相続しない場合は頼めませんけど・・・」
依頼者の女性は、少し気マズそうに言った。
「大丈夫ですよ・・・現場を見ないと何も始められませんから」
仕事にならなそうでも現場を見に行くことをモットーとする私は、女性の躊躇いを掃うように明るく応えた。

出向いた現場は、市街地に建つマンションの一室。
亡くなったのは部屋の主である年配の男性。
発見は、死後二ヶ月余。
女性は、故人の親戚。
ただ、生前の面識は一切なし。
それでも、女性は、妻子もなく親兄弟も先逝した故人の法定相続人になっていた。

相続財産は正の遺産ばかりとはかぎらない。
借金などの負の遺産だってある。
そのため、遺産相続は、“単純承認”“限定承認”“相続放棄”と、様々な方法を選ぶことができるようになっている。
ただ、後二者の場合、死亡を知ってから三ヶ月以内に決めなければならない。
決められた期間内に故人の遺産をキチンと見極め、相続方法を決める必要があるのである。

老朽マンションで、管理費は高そうで耐震性は低そう。
間取りも1DKで狭小。
場所も街中ではあったが風紀のよくない地域。
不動産としての価値も低いうえ、その原状回復には大きな費用をともなうことは明白。
不動産以外に大きな財産がないかぎり、相続しないほうが有利に思え、私は、あくまで一個人の私見としてその旨を伝えた。
ただ、私が意見するまでもなく、女性も、既に、相続財産が大きなプラスでないかぎり相続を放棄することを決めていた。
それは、手間と心労を考えると、少々のプラスでは割りに合わないと考えてのこと。
そのためにも、女性は、とにかく故人の財産を精査する必要があった。
「ズルい人間のように思われるでしょうけど・・・」
と、少々気マズそうにしながらも、女性は、包み隠すことなく正直な心情を語ってくれた。

女性は、レインコート・防塵マスク・手袋などを用意してきていた。
それらは、一緒に室内に入ることを前提に、電話相談の段階で私が勧めたモノだった。
しかし、玄関ドアを開けると同時に漂ってきた異臭に女性は後退。
早々と気持ちが萎えたらしく、部屋に入ることを断念。
結局、部屋には私一人で入ることになった。

遺体痕は台所の床にあった。
遺体は白骨化していたと思われ、赤茶黒の粘液とウジの食べカスがオガクズのように盛り上がり人型を形成。
更には、頭があった部分には、頭髪・頭皮の一部が付着凝固。
ウジ・ハエの発生はとっくに峠を越え、室内で動いているのは時計と私くらい。
異臭も生々しいものではなく、カビ臭に似たものに変化。
一般の人には耐えられなくても、私には短時間なら専用マスクなしでも耐えられるレベルにまで緩和されていた。

遺体痕と異臭を除けば、室内は整然としていた。
男性の独り暮しにしては、きれいに片付いていた。
そして、片隅には金庫があった。
私は、女性に見せるために、部屋のあちこちをケータイで撮影。
そして、一通りの観察を終えると、身体に付着した異臭とともに玄関前で待つ女性のもとへ戻った。
そして、「見たくない」と言われた遺体痕画像を飛ばしながら撮ってきた画像を女性に見せ、部屋の状況を説明した。

財布・通帳・カード類など、あらかたの貴重品は警察が女性に渡していた。
そして、部屋に金庫があることも女性に知らせ、その鍵も渡していた。
ただ、肝心のダイヤル番号は不明。
金庫の中を確認したくても、手も足もでない状況だった。
しかし、女性は、どうしても金庫内を確認したいよう。
「何かいい方法はありませんかね・・・」
と、困惑した表情を浮かべながら、依りかかるような視線を私に送った。

仕事上、貴重品探しを手伝うことや代行することは珍しくないけど、それは物理的に明確なものばかり。
物理的に存在していれば、相当凝った隠し方をしていないかぎり探し出すことができる。
しかし、ダイヤル番号には“かたち”がない。
“記憶”という目に見えないかたちでも残せる。
それを探し当てるなんて至難の技。
もちろん、番号が記されたモノがどこかに残されている可能性もあったけど、私は、それを探す=雲をつかむような作業に躊躇を覚えた。
それでも、「乗りかかった船だから仕方ないか・・・難儀しそうだな・・・」と、場の流れに身を任せることにし、気が向かない雑用に身を向けることにした。

色々と思案する中で、私は、「ひょっとしたら、故人は開けるたびにダイヤルを合わせるのは面倒だから、常にダイヤルを合わせた状態にして、鍵を差すだけで開くようにしていたかもしれない」と考えた。
だとすると、番号をつきとめる手間が省ける。
だから、番号探しをやるかどうか決める前にまず鍵を差してみることを女性に提案。
すると、即座に女性も同意し、そのまま話を進めた。

ただ、私が女性から鍵を預かって差してみるのはやめた。
中には貴重品が入っている可能性もあるわけで、私が一人で開けて後で疑義が生じたら困るから。
だから、その作業は女性にやってもらうことに。
しかし、女性が凄惨な部屋に入るのは無理。
信義を担保するため私が丸裸になって金庫を開けるのも無理(違う犯罪になる)。
そこで、私は、金庫を女性が立ち入れる玄関まで移動させることにした。

しかし、そこで問題が。
金庫は、私のような普の男が一人で持ち上げるのは不可能なくらいの重量がある。
そもそも、簡単に運べないことが金庫の役割なわけで・・・
「さてさて、これをどうやって玄関まで運ぼうか・・・」
と、工程をシミュレーション。
一人作業が好きな私は、通常なら二人でやるような重荷の移動も一人でやることが多く、
ここでもその術を応用し、押入から一枚の毛布をだし、金庫の前に敷いた。
そして、
「ヨッコイショ!」
と、足腰と腕に力を入れて、その上に金庫を転がし乗せた。
そして、金庫を毛布の中央に寄せてから毛布を強く掴み、倒した状態のまま、「開かなかったら面倒だな・・・」と心配しながら玄関に向かってズルズルと引きずっていった。

玄関まで移動させると、ドアを開け、金庫を女性にみせた。
そして、横倒しを正規の座に直すため、脇に回った。
すると、金庫の底面に貼ってある一枚のメモが目に入った。
よく見ると、そこにはダイヤル番号らしき文字が。
そう・・・私の心配をよそにダイヤル番号はアッサリと見つかった。
同時に、面倒な作業を覚悟していた私は、プレッシャーから解放された安堵感も手伝って、女性にドヤ顔をしてしまった。

金庫には何が入っているかわからない。
貴重品は何も入っていない可能性もあれば、スゴイ財産が入っている可能性もある。
他人事ながら、私は、ちょっとドキドキしながら、ダイヤルを回す女性の手を見つめた。
女性も緊張していたのだろう、その手を微妙に震わせていた。
が、無事に開いた金庫に入っていたのは、部屋の権利書・印鑑など、我々のドキドキ感に反して至って無難なものだけだった。
それでも、女性は金庫の中が確認できたことに満足し、私に深々と頭を下げて礼を言ってくれた。


最終的に、女性は相続放棄を選択。
遺産を±すると、ほとんど0みたいなものだったらしい。
したがって、その後、私がこの部屋に行くことは二度となかった。
結局のところ、仕事(金)にはならなかったけど、損した気にはならなかった。
女性は、始めからその可能性があることを伝えてくれていたわけで、私は、それを承知のうえで動いたわけだから。

「“少しでもお金が入るなら”と思ってましたけど、ダメでした」
「色々とお世話になったのに・・・ごめんなさい」
女性は、私に仕事を依頼しないことを詫びた。
そして、
「来ていただいたときの手間賃は払いますけど・・・」
と言ってくれた。
が、私は、始めの約束を堅持し、その気持ちだけをもらって事を収めた。


遺産を巡って打算を働かせた女性だったが、私が同じ立場だったら同じようなことをしたはず。
だから、女性を非難する気持ちは沸かず、むしろ、私はその人間味に親しみを覚えた。
そして、タダ働きは会社からいい顔されないし、管理会社や近隣住民のことを思うと複雑な心持ちではあったけど、ちっとは人の役に立てたことに小満足できる自分に満足したのであった。


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