トムテ・トロルの画家

 
 
 19世紀後半から20世紀第一次大戦後にかけて、“イラストレーションの黄金時代”と呼ばれる時期がある。大衆向けの新聞、雑誌などが支配的メディアとして登場し、印刷技術の革新が進む一方、大衆側の飽くなき需要がこれを受け入れた。
 大衆への発信を前提した情報の媒体としての絵。これがディテールもカラーも、空前の優秀さ、卓越さをもって、しかも安価に、再現できるようになった。当然、この新分野で勝負する画家も出てくる。

 挿画という言葉どおり、絵は二次的、付随的なもので、けれどもインパクトとメッセージを有するもので、しかも画家にとって願わくば、絵が媒体となっている情報そのものが、絵のエピソードにすぎないくらいに、絵としての完成度を持つ。
 ……挿絵というのは、考えてみれば不思議な分野だな。

 ヨン・バウエル(John Bauer)というのは、そんな時代に生きたスウェーデンの画家。彼の真骨頂は、北欧のお伽話をテーマにした絵。
 繊細で流麗な線と、ほとんどモノトーンの、淡く暗いセピア調の色彩。何気に緻密なディテールで装飾された、詩情と愛嬌の溢れる耽美な世界。
 そこにうごめくのは、トムテとか、トムテ・トロルとかと呼ばれる小人の妖精。このトムテは、スウェーデンではサンタクロースなのだという。

 ……私、好きなんだよね、北欧のメルヘンて。

 以下、受け売りだが略歴を記しておくと、ストックホルムで絵の勉強を始め、やがて王立アカデミーに。当然、同時代スウェーデン絵画の二大巨匠、アンデルス・ソーンとカール・ラーションから影響を受ける。一方、幼い頃に姉の死を経験したせいだろうか、死の画家ベックリンにも傾倒する。

 アカデミー時代にすでに最初の挿画を手がける。また、アカデミーで知り合ったエステルと結婚、ともにイタリアへと旅立つ。
 二年近くのあいだ、イタリアに滞在。その中世美術に深く感銘し、精巧な細工のディテールを自身の作品に取り入れるようになる。

 が、鬱病を患い、自己不信に陥って、自身の絵の才能も目的も見失い、家庭は一路破局へと向かう。期を同じくして世界大戦勃発。バウエルは精神回復と、暗礁に乗り上げた結婚の再起を図るために、ストックホルムに新居を得、新生活に期待をかける。
 いよいよストックホルムへと旅立つにあたって、鉄道事故の不安から、フェリーで行くことに。が、嵐に遭遇して船は難破、バウエルは妻子と、またすべての乗船客とともに死去した。享年36歳。

 画像は、ヨン・バウエル「お姫さまとトロルの兄弟」。
  ヨン・バウエル(John Bauer, 1882-1918, Swedish)
 他、左から、
  「角笛吹き」
  「熊へのキス」
  「ヘラジカと小さな姫」
  「列なす白鳥」
  「エステル・エルクヴィスト」

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