備前焼 やきもん屋 

備前焼・陶芸家の渡邊琢磨(わたなべたくま)です。陶芸、料理、音楽、路上観察……やきもん屋的発想のつれづれです。

ヒリヒリ中

2012-01-31 16:55:50 | 陶芸
明日から2月。2月になったら窯詰め開始です!という予定が……、既に、一週間遅れてます。
今、石膏型での食器作り中。これは本来なら一週間前の仕事。

という事で、窯詰めが明日からは無理なのですが、納品期日までの予備日を設定していたのを、ここで消化してしまいます。なので2,3日ほど伸びる感じ。
かなりヒリヒリした精神状態です。


そんな時にかぎって色々と厄介な事が持ち上がったり……。
文書作成やら申請手続きの頼まれ事などを時計と素地の乾き具合を見計らってこなしています。
色々(お気軽に?)頼まれてしまうと、結局「よう、せんのじゃ(出来ない)」って言える人が強いのかよっ!と、珍しくイラッとしてしまいます。
それもこれも自分のスケジュールが押しているからでありまして……ちょっと反省。

何でもかんでもイッチョカミして……きっと、我が家伝来の『器用貧乏』の血筋の所為です。
「ボチボチ、断れる人にならんといかんなぁ~~」とも。


さてさて、気分を入れ替えて、新作の角皿を作ってしまいましょう。
高さのある盛り付けをすると格好良くなるはずです。

この形は急激に乾燥させると歪むので、今作って窯詰め中にゆっくり乾かして、乾くとすぐに窯に入れるという綿密かつタイトな予定。
ちょっとアクロバティックが過ぎるかなぁ……。イケイケ!

「イケイケ、ドンドン」も伝来の家風である。


ハァァ。┐(-。ー;)┌




カモ・第二段階

2012-01-28 12:23:24 | 陶芸
冷蔵庫でオネンネしていたカモ。バラします。
捌き方は鶏と大差なかろうと判断して取り掛かりました。筋肉のつき方が違うので大差ありましたが、修正の範囲内です。
トリは関節を曲がる方向と逆へ押し返すと切るべき位置が判ります。そこへ包丁を入れて手羽、モモなどを外します。
腹を上に向けてザクザクっと。

カモ肉の一番大きな塊は胸です。

真ん中に大きな骨があるのでそれに沿って、魚の3枚卸しの如く包丁を入れます。

首の付け根にはⅤ字型の骨があるので、それを切断。


ぐるっと、大きな塊の胸肉が取れます。


背中側へと引っくり返してボンジリを確保。焼き鳥屋さんでお馴染の部位です。

塩焼きにして鶏との食べ比べの予定。
メニューなら「天然青首のボンジリ入荷しました。時価」ってヤツですな。(あるのかな?)


アバラ骨などは手でバキバキっと外せます。


これで解体終了。


さて、ここからが仕分け作業です。塊肉・ミンチ用・ガラと分けます。
ネックなどの骨付き肉は出刃包丁の背で骨ごと叩き潰します。皮を外すとやり易いのでクルクルっと。


あらかた潰したらミンサーへかけます。

何回か通して出来上がり。
手で触ってみて舌に触りそうな骨が無いかをチェック。これでツミレ用を確保。

ガラはもちろんスープ用。鶏と異なるのは骨が薄い事。そして随分と軽量です。
この軽量さとあの筋肉量で長距離を飛べるんですなぁ。フムフム。


さてさて、次は料理ですが、焼いて良し。鍋に良しです。
何するかなぁ~~。やっぱりイワツネギあたりを背負わせて……ですか。


(お酒の選定しとかなくちゃ)


カモ・第一段階

2012-01-25 17:47:54 | 料理・食材
頂き物の天然青首。番です。
「早くバラさんと~~」と気にしながらも仕事優先です。モノの乾き具合を計りながら、遂にそのタイミングが来た。一気に勝負をつけるぜ。

これまで鳥をバラした経験はニワトリ程度でカモは初めてである。ということで、まずはグーグル先生に色々とお尋ねして捌き方を予習。
ふむ。どうやら、むしろニワトリよりも簡単。(らしい)
問題は内蔵をどの段階で抜くか?(らしい)
猟犬がいれば撃った後に回収してきたご褒美にあげるという事がある。(らしい)

実際にやらんとねぇ。経験が大事。


羽は気ままに抜くと飛び散るので、まず全体をお湯に漬ける。羽を掻き分けてダウンまでしっかりと濡れるようにしておくと後がラク。散髪前のシャンプーみたいなもんだな。
「カモの羽は濡らさずとも抜けやすい」との情報もありましたが、飛び散ると掃除が厄介なので濡らす方が良いでしょう。あと温かい方が作業が快適だし。
程よく温まったところで、カモを物干し台に吊る。その下にはゴミ箱を設置。これで作業準備はOK。



あとはジャンジャン毟っていく。確かにニワトリよりもやり易い。羽の先端は手で折っておく。乱暴にすると皮が破けるので注意。皮が美味しいもんね。
細かなダウンに至ってはある程度まで指で引き抜いた後、擦ると消しゴムのカスの如くモロモロになって取れる。
頭以外は全てキレイに。


羽が無くなってみると既に内臓は抜いてありました。ここまで事前にして頂いていると有難いですね。GJ。


最終的に産毛のようなものが多少残るので、トーチで軽く炙って焼いてしまう。

「寒いんか? 鳥肌やん。暖めてあげよ。」とか言いつつ。


最後に流水で腹の中も外も洗えばすっきりキレイな体に。
お二方が揃ってダブルピースなんぞ。(してないな)


ちなみに尾羽が残っているのは、子供の抜く分です。
教育的意図として「こうやって命を頂くのですぞ」というつもり。ではなく「自分もやりたかったのに無かった!」と言われると困るので。


さて、本日の作業はここまで。
一羽あたり30分弱で完了します。やってみれば簡単。まっ、相手が息をしていないからね。


頭を飛ばした状態で冷蔵庫に入れておいて、折を見て精肉と本命のミンチ製作ですが……いつ出来るかなぁ?

スパイス

2012-01-24 11:15:01 | 陶芸
「スパイスが要るな~」と思い立って、少量だけ作る。原料はストックしてある。

これは火に強くて、持ち味である粗さもへたらないし、何よりも全体が白い仕上がりになるので色を付けたくない場面では重宝する。
ただ量が多いと締まりが無くなるので注意が必要。
煮物における白醤油や薄口醤油のような扱いです。

原料全体を細かくして水に溶いて、一旦ザルで漉します。
カッテージチーズやマスカルポーネの中間ぐらいの雰囲気になったら、布を敷いたザルに移して余分な水を抜いたら出来上がり。簡単。
布はウチの場合、造り酒屋さんが使っている酒を絞る袋を流用しています。丈夫ですし澄んだ水が排出されるくらいメッシュが丁度良い。
キャンバス地でも良いけれど、あまり厚手の布では逆に排水しにくくなるので注意。ウールはダメです。綿は長持ちしないけれど……少量なら、まぁエエか。

夏なら一日あれば充分排水する。冬場は2日か3日は掛かるかな。ちょっと堅めなモッツァレラぐらいが使い頃。
ビニール袋に入れておくと、何年経っても使える。もし堅くなっていれば水に漬けて戻せばOK。

使いどころさえ押さえて置けば、なかなかに便利なスパイスです。


スパイスといっても粘土。備前産の粘土です。

備前でも耐火度の高い『ほぼ一次粘土』状態の白くて粗い山土があります。雰囲気としては信楽のような感じ。
かつて大窯(桃山期)の発掘調査時に発見されたというお話を伺っておりますが、その同じ流れの粘土です。ただ連房式登窯の方は使わないかな。
これは窖窯(あながま)の特定の場所焼くと、素地は白くて自然釉が面白い発色になります。単味では焼き締まらないのでブレンドして使う事が多い。
鉄分の少ない粘土に少量混ぜて使うのがウチの定番ですが、いずれにせよ、大量には使う事のないスパイス的な土です。

備前の粘土は一般に黒色が多いけれど、まぁ色々あるという事です。


特に『窖窯使い』にとっては、窯の中の還元雰囲気や温度帯のムラを積極的に活かそうとすれば、俄然使う粘土の種類が増えることになります。
そこが他にはない面白さですが管理が大変。
今回使う粘土は原土ベースで6種類あります。
同じ原土でも異なる粗さのメッシュで粘土にしてあるので……ウ~~ン……いっぱい。

こうなると、少量使い残した黒い粘土があると「これは何だっけ?」という状況になる事もあります。
そういう場合はどうするか……。
小生の場合、一点モノを造ってしまいます。同じモノは二度と出ないという備前焼の特性を逆手にとって。


釉薬のヤキモノ屋さんなら釉薬自体が種類が多くなるので、結局は管理能力の問題なのでしょうが。上絵なんてやってたら……。
(ビゼンヤキデ、ヨカッタヨ)


それにしても、この粘土。

美味しそうです。



※備前粘土の黒は有機物の色です。成分比で見ると『灼熱減量』として表記されています。二次粘土であるので移動中に夾雑物を巻き込むので有機物の量が比較的多くなります。
このような一次粘土は備前では珍しい部類になります。
古老にお伺いすると、山に入って採掘したり「秘密の場所がある」という話も色々とありますし、山で犬に追いかけられたオモシロ話もあったり。
なにかと参考になるお話が雑談に紛れていたりするので、先達のお話はなかなかに重要です。ただ、秘密と言いながらも皆に話して公然というのもありますが……。



あの日

2012-01-17 19:21:56 | Weblog
今日は、神戸・淡路島周辺の方々にとっては『時の分水嶺』とも言うべき日。
「あの日どうでした?」で意味が通じる日。あの日を境に価値観が変わった人も多いと思う。

9.01、1.17、3.11……記憶に残る大きな災害はその他にも沢山ある。それぞれの『あの日』がある。
けれども、いつも思うのは被害状況に関わり無く「災害はいつも個人的な出来事」という事。
誰もが皆それぞれの事情を抱え、誰もがそれを代わる事は出来ない。心の内を推測する事は出来ても本当には理解出来ないと思っている。
自分の周りの被災経験から思うと、被災した方々に対して自分が出来る事は「そこに寄り添う事」に尽きると感じている。

今日は、関西のメディアではあの日の事が多く語られていたし、関東では別の事が語られていた。時が経てばそういうのが自然な事だと思う。
前を向いて過ごし、時々振り返る必要がある人が振り返る。だからこそ個人的な出来事である。
克服、復興、建て直し……その言葉に含まれるような『強さ』を皆が持てる訳ではない。時々泣いたり、話したり、佇んだりしながら時間を過ごすのも在り方。
そして、その内容の積み重ねが人生になる。
大きなショックに対する向き合い方も人それぞれ。

それぞれの『あの日』を今も誰もが抱えている。


『あの日』の夜、テレビの画面から流れる馴染みある風景であるはずの場所の変貌に戸惑い、ラジオから流れる安否情報に耳をそばだて、自分の無力さに悄然とし全く眠れなかった。
その後、原チャリで神戸まで行って手掛かりのある知り合いの消息をガレキの間を廻って状況確認した。無事な所も無事でなかった所も様々。生死に直結したシビアな場面の繰り返しだった。
目の前の風景から色彩が消えるという経験。


その翌年から、個人的に恒例行事にしていることがある。今日はその日。

それまでの人生は音楽漬けの生活だったのに、『あの日』以来、数ヶ月間、音楽が聴けない心理状態になっていた。幼少から思い返しても音楽が長期間聴けなかったのはあの時が初めての経験。
その事に気付いた時には自分でも驚きだった。音楽が無い生活。
あの都会だった被災地でも音が消えていたけれど。

その状況から立ち直ろうとした時に最初に選んだ曲がある。「あの日以来、初めて聴くべき曲は何なのか?」
まだ、幾分音楽を欲っしていない自分に対して無理矢理な選択を強いた。前を向く為に。
しばらくCDの棚の前でタイトルを目で何往復も追って逡巡した。色々な曲のフレーズを少しづつ頭によぎらせる事で音楽環境を意識的に取り戻す時間が過ぎた。
……と思う。

そして、棚から一枚選んだ。同時に「必ず毎年『あの日』に聴こう」とも決めた。

それが、自分が自分の心に寄り添える行為と思った。誰の為でもなく。
でも自分の中の「誰か」であったり「何か」の為ではあるけれど。


深夜、独り仕事場で聴く予定である。

『あの日』をかみ締めて。


今日はそういう日。



今日の夕日

2012-01-05 19:57:27 | Weblog
仕事場のロクロ座は夕日鑑賞スポットでもある。大きな窓が広がっているので。
特に秋冬はダイナミックな雲の造形が多くて、夕日を見るのが楽しみのひとつになっている。夕方になると何度となく西の空を見るのが習慣。

今日は真面目(?)に日がなロクロをしていて、「ちょっと気温が下がったかな」という感じがして顔を上げると、既に太陽が山の稜線の向こうに落ちていた。

ちょうど『マジックアワー』の時間帯である。

青い薄暮に包まれた山と雲が帯のように夕焼けを挟んでいる。ニュアンスのあるグラデーションが綺麗。
赤い夕日も良いけれど今日の『青』も好いな。


良いものはすぐに消える。
ロクロ座から飛び降りて、カメラを引っ張り出して本日の一枚を収める。
「あえてシャッターを切らないという選択肢もあったかもな……」とか思いながら。「撮る事に集中した結果、美しいものを見そびれる」という事も無きにしもあらずだし。


夜の帳が下りてロクロ再開。
周囲が暗くなってロクロ場の光量が相対的にそこだけ高まっている。集中力を高めるには好ましい環境。


ロクロは、手に中で生み出された「イイナ」という形を求める作業である。
それに出合った瞬間に手が離れるのが最高の感性なんだけど……ついつい触ってしまって雲散霧消になる事も多い。
ベストに感じた時には、既にロクロが一回転して幻のように消えている。


ふと浮かんだ泡のような理想を掬い取る事が出来ればなぁ~~。


夕日とロクロにシンクロする想い……夜は更けていく。