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なんだか、時々「無性に食べたくなるもの」ってあります。スイッチが入っちゃうという状態。
ここ暫くは、それがコロッケだったわけで……。
それもお惣菜で売ってる小判型の薄いのではなくて、俵型のどっしりとしたヤツ。こうなると作って食べないと治まらない。
今日の夕方、時間が出来たので家族全員で事にあたる。
全ては、お父さん(小生)の「食べたい」という一存だけで召集される子供達である。しかも自分が子供の頃に手伝わされて嫌だった『粉付け・卵付け』作業は全て下請け(子供達)で。
親の権限というか、小さな暴君ぶりの発揮である。
お父さんが形を作って、子供二人が粉付け、お母さんが揚げる。という美しい流れ作業。
途中で子供達から『チーズ入り』のリクエストがあったり……で、山盛りに出来た。
あとは、ソース、ケチャップ、カラシを適当かつ絶妙な自己満足ブレンドの特製ソースを豆皿に作りつつ頂く。合間には焼酎も。
「食べたい~~!」という期間が長かった所為か、殊更な満足感と酔っ払い感である。
『休日のコロッケ』には、こういう作業を含めての楽しさが大事だと思うなぁ。当の子供達の印象は知らないけど。
特定のシチュエーションでの食べ物には、特別な思い出が伴う。
夏休みのソーメン。週末の鉄板焼。家族皆で作った餃子。お客さんがあった日の出前の握り寿司。飯盒炊爨の甘いカレー。突然に父親が作る謎のメニュー。祖父母と出かけた時の外食。子供だけの駄菓子屋。初めてのお高いフレンチ。演奏会打ち上げのビール。女子手作りのお弁当。一人暮らしの風邪引きでのお粥。
それぞれに特別な想いがシンクロする。辟易、ウキウキ、ワクワク、ヘラヘラ、ムムム、エヘヘ、ドキドキ、ソワソワ、ヘロヘロ、ウレシハズカシ、アキラメ、切なさ。
食べ物の思い出は、味そのものだけでなく感情もスパイス。
ウチの子供達にも、やがて『感情の中の味』の思い出が出来るのだろうな。きっと親の知らないところでも。
今日は些か食べ過ぎた感。いや、呑み過ぎかも。