8.アメリカ保守主義の台頭
ヨーロッパではリベラリズムの台頭によって伝統的な西欧文明は危機に瀕しており、アメリカこそがキリスト教を基盤とする伝統的な西欧文明を引き継ぐ使命を担っているとアメリカ保守主義者は主張する。
アメリカでは保守主義者思想は「キリスト教的道徳」という概念と固く結びついている。アメリカの保守主義の課題は「アメリカの精神的・道徳的な再生」を図ることである、そのためには保守主義の指導権を確立し教育を浄化することが必要である、と主張する。また、「家族と過去に敬意を払い、将来に対する責任を持ち、私的所有を尊重し、権利と同時に義務をまっとうすること」が重要である、と説く。
ヨーロッパではなく「アメリカこそが本当の個人の自由を実現する場所である」と主張するこの保守主義のなかから、「アメリカ民主主義の世界への布教」こそが、自らの使命であるという強烈な意識が生まれていく。
このように形成されたアメリカの保守主義は、観念的・思索的な論議にとどまらず、まさに現在のアメリカの社会と政治、経済の現実と深く結びついて、それらをどうするのかという現実の課題と深く結びついていたのである。
「大きな政府」に反対し「小さな政府」を、「福祉国家」に反対し「自己責任の原則」へ、 「連邦政府の権限集中」に反対し「州への権限委譲を唱える連邦主義」へ、さらに「自由競争」と「私的財産の保護」を保守主義者は強調している。
1980年代のアメリカは、この保守主義思想がアメリカ国民の意識に大きな影響を与えるようになった。こうして思想界・言論界の表面に姿を現した保守主義者は、大統領候補レーガンに大きな期待を抱き、保守主義系シンクタンクがその政策立案に積極的に協力した。さらに、保守主義者の影響下にある「アメリカ・コンサーバティブ・ユニオン」や「全米ライフル協会」などが選挙の実働部隊として選挙戦を戦ったのだ。
こうして見てくると、福音派が急速に信者を拡大した背景は明らかである。保守主義思想の広がりとあい対応しているのだ。そしてネオコンが活躍できた基盤がここにあったのだ。ブッシュが引退しネオコンが政権中枢から退いても、その政策は形を変えながらも、その本質は受け継がれていくだろうと私は思っている。
9.世界的な保守・右翼的傾向の強まりのなかで
イラク戦争を契機に、私はこのような凶暴な政策を実行するアメリカを摑み直したいという思いから、ネオコンについて分析した。そのネオコンの活動を許したのは何か、またブッシュ後にネオコンの政策をアメリカは克服できるのか、という問題意識から今回の論稿をまとめた。
世界的に保守・右翼的傾向は強まっている。それを一般的に「新保守主義」と呼んでいるが、アメリカの場合には保守主義思想が広がったこと自体が新しいので、この概念は適用できない。アメリカに対しては、やはりネオコンという略称で特定のグループに限定して使うべきではないかと思う。
国別にはこの保守・右翼的傾向を分析した論文・著作は見かけるが、世界的な潮流として捉えて分析するという作業はまだ見かけない。今その作業・研究が必要な時期にさしかかっていると思っている。「新保守主義」という概念規定が先にたち、具体的分析が遅れているという思いにかられている。「新自由主義」という概念は、経済政策の特徴を表わす概念として使用されているが、この「新自由主義」と「新保守主義」は裏表一体の関係にあると、私は思っている。
小泉内閣の諸政策は、アメリカ保守主義の主張と驚くほど一致している。その分析はまたの機会に譲りたい。小泉内閣の諸政策についての論文・著作はあふれるほどあるが、アメリカ保守主義との相関を抑えた分析はまだ見たことがない。