九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

随筆紹介  万葉からだ歌(十三)  「身」こころとひとつ   

2015年12月27日 11時47分07秒 | 文芸作品
万葉からだ歌(十三) 「身」こころとひとつ  N・Rさんの作品です
 
 朝影に吾が身はなりぬたまかぎる
 ほのかに見えて去りにし人ゆえ
 ──あなた恋しさゆえに、わが身はやつれて朝影のようにやせ細りましたわ──。

 万葉集に、あふれるほど多様に出てくるのが「身」という表記。日本人は古代から”身と心はひとつのもの”として使い込んできた。「身を入れて」は、心をこめて──の意。「身」の字は、女が身ごもり、体内に子どもがいる実のあるかたちで生まれた文字。社会への一歩も”身を立て名を挙げ”の歌詞で踏み出した。
 「身分」「出身地」「自分自身」「身のほど知らず」とか「身を捨てる」「身を粉にして」「肌身離さず」など。さらに「転身する」「独身」「身支度」「身辺整理」「身投げ」「この身にかえ」と、それこそ身のまわりには整理しきれないほどの歌ばかり。
 そんななかでも「身のこなし」「身につける」と頭より身についたものの大切さを表記したものが一番多い。

 あしびきの山の雫に妹待つと
 わが立ちぬれぬ山の雫に
 ──待ちわびて、わが身は山の雫にぬれてしまいましたよ──
 これに対し相手の女性からは〈私は山雫になって恋しいあなたにまとわりつきたいね〉と返歌がくる。この身を何々にかえてでも的な表現が連発。

 後年、樋口一葉の名作『たけくらべ』のなかでは、主人公の少女のことを〈身のこなし活き活きとして、色白く声も清くさわやか〉と身だしなみの美をこまごまと描き語っている。
 つまり、頭でおぼえたものではなく、からだでおぼえる、身のついてこその”美”なのである。”身のこなし”という言い方は、近ごろあまり使われなくなってしまったが……。
一葉のいう「身のこなし」は、語源からみて”身を粉にする””熟す””こなす”という字にあてはめていたにちがいない。”着こなす”がそれ。

 験なき物思わすは一杯のにごれる酒を
 飲むべくあるらし
──か弱い人の身、くよくよ物思いにしずむより、酒に身をゆだねた方が楽しいぞ──
 大伴旅人、酒の歌集中の第一首の秀歌。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 琉球新報より  らくせき ... | トップ | 原発差し止め仮処分取り消し... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。