goo blog サービス終了のお知らせ 

九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

書評、「アメリカ帝国の終焉」②  文科系

2017年03月02日 11時05分50秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 今回の書評は、「アメリカ帝国の終焉 勃興するアジアと多極化世界」。著者は、進藤榮一・筑波大学名誉教授で、講談社現代新書、2017年2月20日の第一刷発行とあった。
 なお、本全体の概括に当たるような書評第1回目をこの24日エントリーに載せてあって、残りは、今回の他あと2~3回ほどになるだろう。著者略歴だが、1939年生まれで、京都大学大学院法学研究科で法学博士をとって、専門はアメリカ外交、国際政治経済学。ハーバード大学、プリンストン大学などでも研究員を務めて来られたアメリカ政治経済学専門の方だ。
 先ず初めに、例によってこの書の目次。
「はじめに──晩秋の旅から」と「おわりに」以外の章立てはこうなっている。
序章 トランプ・ショック以降
第一章 衰退する帝国──情報革命の逆説
第二章 テロリズムと新軍産官複合体国家──喪失するヘゲモニー
第三章 勃興するアジア──資本主義の終焉を超えて
終章 同盟の作法──グローバル化を生き抜く智恵

 今の世界には、ポピュリズムとテロという二匹の妖怪がうろついているという。そして、この二匹が同じように出没した世界が過去にもあったと。19世紀末から20世紀初頭にかけて世界のグローバル化が進んだことによって大英帝国が崩れ初め、アメリカが勃興し始めた時に。なおこのポピュリズムには、著者は独特の定義を与えている。形はどうであれ「民衆が民衆の手に政治を取り戻すという意味でのポピュリズム」(P21)と。
 ストライキを巡って市民と軍隊が市街戦を繰り広げたような米ボルテイモア。世界でも、ロシア皇帝やフランス大統領の暗殺、1901年には米大統領マッキンリー、1909年には安重根による伊藤博文暗殺。米フィリッピン戦争もあったし、中国では義和団蜂起も。

 さて、20世紀初頭のアメリカ・ポピュリズム時代も、現在と同じ三つの社会本質的特徴を持っていたと、次に展開されていく。①新移民の急増、②巨大資本の誕生、③金権政治と、印刷発達による日刊新聞や雑誌などニューメディアの登場、である。ただ、20世紀開始当時のこの3点は、今のトランプ時代とはここが違うと述べて、ここから著者はトランプ政治の正確な規定をしていくのである。

 なによりもまず、往時のこの3点はアメリカを帝国に押し上げたのだが、今はその座から降ろそうとしているのだとのべて、その上で各3点の違いを展開していく。
①往時の新移民は白人人口に算入される人人であって、アメリカ社会に包摂され、帝国建設の原動力になって行った。
②過去が大工業国になっていったのに対して、今は金融だけ、物作りは縮小している。物作りが縮小して金融がマネーゲーム中心に空回りしたら、まともな職など無くなってしまう。この点で筆頭国といえるのが米英日だと思う。
③は、ニューメディアとの関わりでこれを文化問題とも観ることができて、今の米国内は文化戦争になっていると言う。国民的文化同一性が崩れているとも換言されている。つまり、国民分断が極めて深刻だと。
 この③の国民分断について、今回の大統領選挙の得票出口調査結果分類を例に取っているのをご紹介しよう。トランプ対ヒラリーの各%はこうなっている。黒人8対88、ヒスパニック29対65。ところが、白人票、男性票ということになると実に各、58対37、53対41とあり、女性票でも42対54と、トランプが結構善戦しているのである。

「トランプのつくる世界」とはこんな物として描かれている。普通に新聞で触れられていない記述を中心にまとめてみる。
 まずこのこと。30年前に新自由主義を初導入したレーガン政権と「ポピュリズム右派」など非常によく似た点が多いのだが、ソ連の斜陽が始まった時に数々「成功」したように見えるレーガンに対して、トランプが国力衰微の中で生まれた政権だという例証として、以下が述べられる。
 IMF報告の購買力平価GDPで、2014年には中国に抜かれた。その傾向から17年、19年には各、2500億ドル、4500億ドルという差が広がっていくと予測されている。つまり、中国が「世界の工場」になっているだけでなく、「世界の市場」にもなっていることの意味の大きさを強調している。今の有効需要が少ない世界で大市場というのは、アメリカが日本の王様である理屈と同じような意味を持つのである。世界金融資本にとってさえ。つまり、マネーゲーム以外のまともな投資先がなければ、所詮金融もまともには活躍できないということである。
 また、軍隊重視には違いないが、「世界の警察を返上した」ことに伴って他国にも強力にそれを求め、国内経済第一主義の中でも国内インフラ整備には邁進して行くであろうということなど。これもトランプの大きな特徴である。

 こうして、結ばれる著者の世界政治用語は、「米英中ロの多極化」という「新ヤルタ体制」ができるだろうと書かれてあった。


 さてでは、次にアメリカの衰退ぶりを改めて確認していく部分の紹介。世界一安全な日本(人)では考えられないような内容である。
 まず、物作りの大工業国家・旧アメリカの象徴デトロイトの荒廃ぶりだ。
 荒廃した旧市街地へ入りかけると、道路脇にこんな看板が立っていたという。「これから先、安全について市は責任を負いません」。警察が安全責任を持てないから、自分は自分で守れと警告しているのである。ちなみに、市域の3分の1が空き地か荒れ地で、街灯の30%が故障中、警官を呼んで来る時間が平均27分というのだから、無理もない。全米都市中2位の殺人発生率を誇るデトロイトのすぐお隣には、殺人発生率1位都市もあるのだ。GM発祥の地フリント市である。
 デトロイトの人口も最盛時185万から70万に落ちて、9割は黒人。普通の会社の従業員などは郊外の「警護付き街区(ゲイテッド・シティー」から通勤してくると続いていく。

 
 このデトロイトを象徴として、米国二重の困窮という事項が次に解説されていく。一つが物作りの零落、今一つが連邦政府が地方政府を支援不能となったのに市民の互助活動も廃れたという、連邦赤字と市民社会劣化である。食うに困る人々だけの貧民街に公共財が何もなくては、政治など吹っ飛んでしまうということであろう。


(続く、ここまでで約4分の1。あと、3回続くと思います)


追加としての感想
 なお、この本を読んでいると、ここ「9条バトル」で僕が書評で紹介してきたいろんな著者が出て来て面白い。まず、その国連調査報告を紹介したノーベル経済学賞受賞者ジョセフ・スティグリッツの言葉が出てくるし、最近長々と紹介した「金融が乗っ取る世界経済」、ドナルド・ドーアの言葉も。さらには、最も最近の書評、エマニュエル・トッドへの言及。これは、トッドの学問の限界を指摘した学問的内容をもって、1頁近く言及されている。この内容は、僕がここでトッドの書評を書いたときに言及したことと同じ内容だと思われたものだ。トッドの「専門領域」からすると、各国のことについては何か言えても、その相互作用や世界・国連の動きなどは語れないはずなのである。例えば、経済についてはピケティやスティグリッツ、クルーグマンらを読めばよいとトッドは語っているし、国連のことは門外漢だと自認しているようだ。
 そして何よりも、この書の「おわりに」に、こんな献辞まであった。
『最期に、出版のきっかけを作って下さった孫崎享先生と・・・に深謝します』
 孫崎の著書もここで何回扱ったことだろう。
 ただし、これらのこと全て僕にとって、この本を読み始めてから分かった、偶然のことである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

次の書評① 予告  文科系

2017年02月24日 16時21分15秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 次の書評予告をしたい。僕の書評は、ご存知の方も多いはずだが、ただ感想,意見などを述べるものではなく、最近は先ず要約を何回にも渡って行う。そして最後に少しだけ意見を述べてみると、そういったものだ。今回は「アメリカ帝国の終焉 勃興するアジアと多極化世界」(進藤榮一・筑波大学名誉教授著、講談社現代新書、2017年2月20日第一刷発行)。 著者略歴だが、1939年生まれで、京都大学大学院法学研究科で法学博士をとって、専門はアメリカ外交、国際政治経済学。ハーバード大学、プリンストン大学などでも研究員を務めて来られたアメリカ政治経済学専門のお方である。

 先ず初めに、例によってこの書の目次をご紹介する。

はじめに──晩秋の旅から
序章 トランプ・ショック以降
第一章 衰退する帝国──情報革命の逆説
第二章 テロリズムと新軍産官複合体国家──喪失するヘゲモニー
第三章 勃興するアジア──資本主義の終焉を超えて
終章 同盟の作法──グローバル化を生き抜く智恵
おわりに

 さて、今日第一回目は、「はじめに」を要約して、その主要点を本書内容でもっていくらか補足することにしたい。言うまでもなくこの書は、トランプが当選した後に書き上げられたもの。そういう「最新のアメリカ」を描き出す著作全体をこの「はじめに」において著者が上手くまとめ上げている、今回はそういう「はじめに」の紹介である。

 そこはまず、『この40年近く、何度も往復した太平洋便で見たこともない光景』の描写から始まる。
 15年晩秋に成田で搭乗した「マニラ発、成田経由、デトロイト行き」の『デルタ航空便でのことだ。乗客の九割以上がアジア系などの非白人だ。ネクタイを締めたビジネスマンではなく、質素な服装をしたごく普通のアジア人たちだ』と書いて、アメリカの非白人が全人口の38%に上ることが紹介されている。
 次に、この訪米「第二の衝撃」が続くのだが、それは全米随一の自動車都市だったデトロイトの光景である。
『ミシガン中央駅は、かつて世界一の高さと威容を誇り、米国の物流と人口移動の中心を彩り、「工業超大国」アメリカの偉大さを象徴していた。しかしその駅舎は廃虚と化し、周辺は立ち入り禁止の柵で囲まれている』
 そして、最後「三つ目の衝撃」は、『首都ワシントンに入って見た大統領選挙の異様な光景だ』そうだ。『広汎な民衆の不満と反発が、職業政治家と縁の遠い候補者たちを、大統領候補に押し上げているのである』。『既存政治を罵倒する共和党候補で富豪のドナルド・トランプも、民主党候補で「社会主義者」を標榜するバーニー・サンダースも、党員歴を持っていない』・・・と語られてある。

 そしてこの『大衆の反逆の源は、二つのキャピタル、資本と首都──の有り様である』と続けられる。「金融に買われた」、『その醜悪な首都の政治の実態』という二つのキャピタルだ。こういう政治が『「世界の警察官」として二十世紀に君臨した大米帝国の終わりと二重写しになっている』として、次の文脈へと展開されていく。

『人を納得させる力、イデオロギーを不可欠の要件とする』と形容が付いた『ソフトパワー、理念の力』も失われて、デモクラシーを広める力もないと。その下りには、こんな傍証が付いていた。
『かつて米国はベトナムで、「デモクラシーを広める」ためとして、一五年の長きにわたって、自陣営に一〇〇万人もの死傷者を出し、敗北した』が、アフガニスタンから始まった中東戦争はこの一五年を既に超えているが、
『多くの人命を奪い、膨大な予算を投じたにもかかわらず、アフガニスタンでもイラクでも、リビアやシリアでも、デモクラシーを樹立できず、内戦とテロを進化させ、テロと混乱を中東全域に広げている』

 こうして、この「はじめに」の結びは、こうだ。
『二〇一五年、晩秋のアメリカで見た風景は何であったのか。トランプの登場とは何であったのか。それは欧州の動向とどう結び合って、世界をどこに導こうとしているのか』

(続く)

 補足 なおこの進藤榮一氏の書評がこのブログに既に一つ存在している。「アジア力の世紀」(岩波新書)を、14年5月5、8日に要約、紹介しているから、例によって右欄外の「バックナンバー」から、年月日で入ってお読み頂けるようになっている。ちなみにこの書は、このブログ11年ほどの数十冊に及ぶいろんな読書・学習の中で、世界情勢を学ぶ上で最も参考になったベスト5に入る1冊である。例えば、僕の中では、ノーム・チョムスキーの「覇権か、生存か──アメリカの世界戦略と人類の未来」(集英社新書)に、比肩できるような。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『問題は英国ではない、EUなのだ』 書評、要約 ④ 最終回   文科系

2017年02月18日 08時11分59秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 今回は二つの章の要約。「4 人口学から見た2030年の世界・・・安定化する米、露と不安定化する欧、中」および、「5 中国の未来を『予言』する・・・幻想の大国を恐れるな」。なお、中国が両方にダブっているのは、各章が別々の講演などを集めたものだからであって、中国については一つにまとめる。つまり、アメリカ、ロシア、ヨーロッパ、中国と、著者の未来予測をまとめる。

 と言っても、初めに一つお断りがある。著者エマニュエル・トッドは歴史人口学者を自認しているが、この学問の限界も自覚している。「人口統計的、家族構造的、社会学的」と呼ぶ域を超えず、「国民のパッションが絡むことは難しい」とか、「ここでは未来シナリオが多すぎて、何とも予言できない」とか、ご自分の学問の限界をも踏まえているように見えるのである。
 なお、この学問のこうした発言可能領域について、僕から観れば、例えばこんな問題には確かに言及できないだろうと思われる。諸国家の特徴だけからは説明できない、将来大きくなるだろうと考えられる国連の問題。諸国家の歴史的現実を時に大きく乗り越えたような史実に関わる思想・理念の問題、などである。

 さて、ともあれ、先ずアメリカ
 結論を言えば、安定はしているだろうが、ダイナミズムを失った国というものだ。そういう根拠として以下の説明がなされている。
 どの国よりもここは、高等教育進学率が早く普及した。ちなみに、高等教育とは、大学、短大、専門学校などを含むというのが世界の基準のようだ。その伸びが65年ぐらいから頭打ちになって、80年頃からは女性の方が男性よりもそれがどんどん高くなり、若者自殺、訴訟の激増、相互不信社会になっていた。が、95年以降は、若者自殺率が低下し、出生率も2・0と安定した社会になりつつある。ただし、男性の高等教育進学率低下が95年辺りから起こっていて、これが依然として高くなっていく女性との間で、現在15%もある開きが、なお進んでいるのである。トッドがダイナミズムが少ない国と規定するのは、こういう希望が少ない若者男性を念頭に置いているようだ。
 なおここで、同じ高等教育進学率成長曲線の現状(2000年までの数字であるが)を日本で見てみよう。アメリカと非常によく似ていると分かる。率はほぼ30数%で世界でも最も高い部類。男性よりも女性の方が高いのも同じ。それどころか、この進学率男女差はアメリカよりも日本の方が大きいのだ。女性はなお急に伸びていて、男性が停滞しているからである。アメリカと同様に日本も、若者男性高等教育進学率が停滞しているという点で、ダイナミズムを失っている社会と見ているのだと思う。

 次はロシアである。
 ソ連崩壊の危機を乗り越えて、安定化していると語られている。高等教育進学率は両性とも伸び続け、出生率は1・8、乳児死亡率も平均寿命も改善されている。父権的共同体家族という家族形態は中国やアラブと同じだが、女性の地位がはるかに高いとか、集団行動の文化という長所があるのも強みと述べられている。西欧の評判とは異なって、政府も信頼されていて、1億4000万人の人口では他国の脅威にもならないだろう、とも。弱点と言えば日米と同じで、男性の進学率が1990年代後半から下がっているということだ。ただこの国の高等教育進学率は、日米とは違って男性の方がかなり高い。
 ちなみにまた、ウクライナ問題は西欧が仕掛けたという側面もあって、ロシアにとってはむしろ強みになっていると語られてあった。国土の割に人口が少ないロシアにとって、ウクライナから高学歴でロシア語が話せる経済移民が入っているのが強みになると。
 
 さて次が、ヨーロッパだが、ここはドイツ支配を重く見て、ほぼドイツのことだけが語られている。
 出生率は、英仏などがほぼ2なのに、ドイツだけが1・4だ。この超高齢化社会を控えて、多すぎる移民受け入れが社会を不安定にするだろう。高等教育進学率は、1990年代から男子で低下し、女子が増え続けているから、日米にちょっと遅れて同じように女子の方が上になるという逆転現象が始まっている。男性の進学率低下が米ロよりも激しく、これが不安定要因になるはずだ。
 また、ここの経済がグローバリゼーションの先頭を走っていて輸出も金融も好調なのに、高齢化社会を控えてなおこのパワーを求めている点から積極的移民政策があるということだ。私、トッドとしては移民政策には賛成だが、ドイツのは極端すぎる。文化の差違を無視すると、手ひどいしっぺ返しを受けるだろう。一例としてイトコ婚を例に取ると、トルコは10%、シリアに至っては35%なのだ。
 盟主ドイツがこうだから、EUの近未来も非常に不安定だと考えるべきだ。イギリスの離脱にはそんな背景もある。イギリス離脱が決まった時、フランスとイタリアとの元首が真っ先にドイツに馳せ参じたというのも、今のEUを象徴しているように思われる。

 次に中国である。 
この国は不安定で、問題山積である。まず、良いと言われる経済だが、自力でやったものではない。米欧などが投資して、労働力が安い製品を中国から輸入して、米欧もおおいに儲けたのだ。好調なのはインフラ拡大で、国内個人消費は35%に過ぎず、旧ソ連型経済と同じだ。さらには軍事技術は遅れていて、親米国に囲まれているのに、帝国のように振る舞っている。
 出生率がまた極端に少ないので猛スピードで高齢化しているだけでなく、女100の出生に対して男117という点がまた不安定要素になる。高齢化社会の社会保障をいったいどうするのだろうか。
 こうして、13億人口のこの国は問題が多すぎるが、将来シナリオも多すぎて行く先不明である。が、良いシナリオだけは思い浮かばない。良いという意味は、安定成長が続き、消費も増え、権力も安定し、腐敗が減るというようなことだ。
 強い父権の下で子どもは平等というここの家族制度は、今の大きな格差を受け入れ難いものだ。これを指導者がショナリズムの強化で乗り越えようとしている。ちょうど、西欧で共通してナショナリズムが激化した1900年ごろの状況に今の中国が居ると考えればよい。日本はこのナショナリズムにけっしてナショナリズムで付き合うべきではないと、特に強調しておきたい。プラグマティックにだけつき合うべきなのだ。ちなみに、中国経済がダウンしたら世界が困るのだから、日本は中国経済を支援した方がよい。そして、こういう中国との緊張関係からしても、日本はロシアとパートナーシップを確立することが最優先事項の一つになる。また、アメリカが世界の警察をやめたのだから、こういう中国を前にしたら、日本の防衛力強化も不可欠であるとも言っておきたい。

 これで、終わりです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『問題は英国ではない、EUなのだ』 書評③  文科系

2017年02月15日 09時35分38秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 今回は似た内容を扱った1、2章の要約である。『1 なぜ英国はEU離脱を選んだのか?』と『2 「グローバリゼーション・ファティーグ」と英国の「目覚め」』の。なお、ファティーグとはフランス語で疲労という意味だ。
 ただ、この二つは同じような内容で、前者はかなり長いが相手の質問に答えたインタビュー報告という断片的内容。なので、一応著者が「まとまったもの」として文藝春秋16年9月号に載せたという後者を中心にして、前者の内容を付け足すという形でまとめることにする。


 私が2015年の自著で英国離脱を予言したと言われて来たが、これまでの私の予言とはちがって、これは直感的、本能的なものである。対して、ソビエト崩壊、ユーロの瓦解、アラブの春などについての私の予言は、歴史人口学に基づく客観的なものだ。

 イギリスは、ドイツ支配のEUから独立したのである。イギリスエリート支配にウンザリした英労働者階級が、EUからの英国議会の主権回復を選んだのだ。普通の英国エリートや、その多数は、残留を望んだのだから。この英分離は、グローバリゼーションへの反乱であり、その終わりの始まりであり、EU崩壊の引き金になるだろう。
 これは一見、大衆が陥りやすいポピュリズムにも見えるが、そうではない。自分の利益だけを追求するエリートに対して、英保守党議員の半数が労働者の側に付いたことによって起こった出来事であって、これは驚くべき歴史的事件である。前ロンドン市長・ボリス・ジョンソンとか、前司法大臣・マイケル・ゴーブとかが、ポピュリズムに流れ得た大衆をそこから救い出したのである。

 今後のEUは、金融関連と移民関連とか、その国の種々重大な要求によって、「これがだめならEUを出る」という形を取るだろう。ではその先の各国はどうなるか。格差のない民主国家になるのか、エリート政権が変化を拒否して行き過ぎた移民、格差、競争という現状のグローバリゼーションを続ける国のままか、大変難しい所だ。

 ドイツが最も心配である。日本と同じように出生率の少ない、老人大国なのに、力にまかせた経済支配への欲望を諦めない国だ。そのために移民を無制限に入れている。スペイン、イタリア、ギリシャから熟練労働者を入れることによってこれらの国を疲弊させ、中東からは単純労働者をどんどん入れている。特にドイツ以外のEU各国エリート層が自国国民を無視するというような「エリートの無責任」を、ドイツのこの政策が促しているという不安定側面が心配だ。
 アメリカは(トランプかヒラリーかという現時点なのだが)当面、自国民を大事にする民主国家に向かうのか、しばらくグローバリゼーションのままなのか、これも難しい。特に、今のような時にはこういう論点もある。
『おおきく時代が変化するときには社会全体、そして政治勢力のあり方もガラッと変わるものです。「グローバリゼーション疲労」に影響されるのは、片方の陣営だけとは限りません』

 とこう述べてきて、トッドは第2章をこう結んでいる。
『私は長期的には楽観主義者ですから、近代国家の再台頭というモデルについて、いかなる疑いも持っていません。イギリスに続く「目覚め」が、フランス、そして欧州各国で起きることで、ドイツによる強圧的な経済支配から「諸国民のヨーロッパ」を取り戻せるはずです。それこそが欧州に平和をもたらす、妥当だという意味で理性的な解決策であると私は確信しています』


 なおここで、トッドの歴史人口学という珍しい学問を、ちょっと説明しておきたい。各国の人口統計関連数値の変遷や比較をしながら、人類、歴史とはなんぞやを研究していく学問と言えば良いだろうか。この関連数値とは、こういうものである。家族形態、出生数や率、子ども数、国の年齢構成、自殺率、アルコール依存数、識字率、進学率、死亡率、死亡因、平均寿命、移民政策やその数、などなどである。これらについてその変遷や各国比較から、その国の来し方行く末を見ていく学問である。これらの数字には確かに、国の相対的貧富、格差や平等度、財産などの「結果」ではなく「機会均等」という意味での正当な平等度、つまり民主主義度、公正な社会であるかどうかなどなどが顕れるだろう。また、このような数値変化の国家比較をすることのなかから、その国の現状がよく見えて、その未来も見えてくるという側面もあると思う。予言がよく当たる学者として注目されてきたのも、こういう学問の性格によるのだろう。
 こういう意味すべてから、トッドは己を哲学者では全くなくって、経験主義的学問の徒、実験科学者に近いと理解しているようだ。これは、抽象的な哲学を嫌うという意味であり、哲学的にはイギリスはトッドと同じケンブリッジが生んだバートランド・ラッセルら論理実証主義哲学を方法論的背景として持っている人だということにもなろう。ちなみにトッドは、ラッセルの「西洋哲学史」の変わらぬ愛読者だと述べている。

(あと1回で終わることにしました)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『問題は英国ではない、EUなのだ』 書評②  文科系

2017年02月13日 08時13分50秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
この本の目次はこうなっている。
『 「日本の読者へ 新たな歴史的転換をどう見るか?」
1 なぜ英国はEU離脱を選んだのか?
2 「グローバリゼーション・ファティーグ」と英国の「目覚め」
3 トッドの歴史の方法・・・「予言」はいかにして可能なのか?
4 人口学から見た2030年の世界
5 中国の未来を「予言」する・・・幻想の大国を恐れるな
6 パリ同時多発テロについて・・・世界の敵はイスラム恐怖症だ
7 宗教的危機とヨーロッパの近代史・・・自己解説「シャルリとは誰か?」 』

 さて、この7本それぞれが独立した、インタビューとか講演とかをまとめて紹介したものであって、全体としてまとまった著作というわけではない。また、重複も多く、要約は至難だ。いろいろ考えて、こんな要約をすることにした。最初にはじめにを要約し、上の目次で1~2回までを一つ、次にトッドの一風変わった「方法論」ということで3~4回めを一つ、最後5~7回目を四つ目として、都合4回にわたってここにまとめていくつもりだ。

 さて、今回ははじめにだけを要約する。

 第二次大戦後三つの歴史的時期があった。80年までが経済成長・消費社会期、その後2010年までが英米先導の経済グローバリゼーション期、そして2010年からはグローバリゼーションの終わりの始まりである。これを導いた英米がすでにそうなっている。それが英国のEU離脱であり、米国では例えば白人死亡率の上昇が起こっているという資料などがあげられる。

 これは「グローバリゼーション疲労」から先進国がばらばらになっていく過程を示しており、ユーロも間違いなく崩れて、不一致も多くなり、ばらばらになっていく。
 英仏の出生率は安定しているが、高齢化ドイツは移民で、同じく日本は移民ではなくロボットで補う方向だし、中国経済は内向き米とユーロ崩壊から続かなくなるだろう。

 これらの国それぞれの未来予想は難しい。経済よりもネオリベラリズム思想がこれまで前に出過ぎて来たことによって、社会科学、歴史思考が荒廃しているからである。なお、経済主義は知的ニヒリズムの一つの形態である。ちなみに、現下世界史の以上のような新たな転換は、経済転換である前に、家族、人口、宗教、教育などの転換になるだろう。

(あと3回続きます)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新たな書評、要約本のこと① 文科系

2017年02月10日 08時07分47秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 ここの11年で、どれだけ多くの書評をやって来たろうか。僕の場合はほぼすべてかなり詳細な要約が中心だから、苦労も多かったが、その分勉強になった事!
 さて、今度の書評対象に僕が選んだのは、この本。フランス人エマニュエル・トッド著『問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論』(文春新書 16年9月第一刷発行)。
 このグローバリズム時代に世界史や外国のことを知らずに近未来日本を論じられると考えているかのネット右翼諸君もここを多く訪れる。よって、こういう「世界各国比較の歴史人口学者」という珍しい人の書をいつものように何回かに分けて紹介していく意味はとても大きいはずだ。是非最後までお付き合い願いたい。
 
 同書の帯を見るとこう書いてある。
「的中した予言ーーソ連崩壊、リーマン・ショック、アラブの春、ユーロ危機、そして英国EU離脱 (などの)予言はいかにして可能なのか?」
 このような著者は以下のような人物であるが、ここ数年の日本でも大評判の学者だ。文春がこういう人物を取り上げているという点も面白いが、まず、フランス、イギリス両方を母国としてきたように両国に通じている人類学者と言うのが興味深い。フランスの「歴史人口学」者ということだが、英国にも半分国籍があるような人だ。自身ケンブリッジ大学で博士号を取り、同じくケンブリッジを出た長男が英国籍に換わったことによって孫二人が英国人という人物でもある。フランスを愛しているとは言うが、今流行の狭い愛国主義には陥りようがないということだろう。

 若い頃のトッドはマルクス主義者を自認していたそうだが、今は中道左派の学者なのだそうだ。また、マルクス主義者にはこんな人物だと紹介することもできる。彼の母の父が往年のフランス共産党員として超有名なポール・ニザンである。作家、哲学者であって、1940年に、第二次世界大戦のダンケルクの闘いにおいて戦死した人物である。ヒトラー・ドイツ相手に英仏連合軍が敗れた闘いであった。こんな祖父を持った彼もその「歴史人口学」知見から、今は、マルクスの骨子理論をいくつも批判している。たとえば、こんなふうに。
『中産階級がどうなるかが歴史の帰趨を決します。マルクスはこの点を見誤りました。プロレタリア階級の勢力が増しても、何も起こらず、歴史は動かなかったのです。イギリスでも、フランスでも、革命は、「ストーンの法則」の通り、中間層の識字率が高まることによって起きたのです!「アラブの春」も、中国の革命も同様です』(108ページ)
 その彼がまた、別の所ではマルクスについてこうも述べている。
『私にとってマルクスは重要な存在です。マルクスは、ドイツ、イギリス、フランスというヨーロッパ文化の三大潮流の交差点に位置し、ヨーロッパ・ユダヤ人の典型です。「マルクス主義」ではなく、そのような存在としてのマルクスが私にとっては大事なのです』(102ページ)
 こういう思考からマルクス主義などを経済主義として批判する彼は、経済学ではこんな人物を取り上げている。グローバリズムを生んだ供給サイド経済学には反対らしく、需要不足にこそ現在の世界経済危機問題を見ている経済学者たちばかりだ。この点は僕がここで述べてきた理論に非常に近い。
『経済危機それ自体は、ここでは取り上げません。これについては、トマ・ピケティ、クルーグマン、スティグリッツといった人々の著作を読めばよいわけで、世界で格差が拡大していることは様々に確認できます。世界的に需要不足が顕著で、これが経済危機の原因であることも確かです』(163ページ)

 さて、「日本の読者へ 新たな歴史的転換をどう見るか?」という「はじめに」から全7章を、今後、いつものように順を追ってご紹介していきたい。この極めて体系的な著者の興味深い方法論なども随所に紹介してある各章の表題を紹介すると、こんな調子である。
『 1 なぜ英国はEU離脱を選んだのか?
2 「グローバリゼーション・ファティーグ」と英国の「目覚め」
3 トッドの歴史の方法・・・「予言」はいかにして可能なのか?
4 人口学から見た2030年の世界
5 中国の未来を「予言」する・・・幻想の大国を恐れるな
6 パリ同時多発テロについて・・・世界の敵はイスラム恐怖症だ
7 宗教的危機とヨーロッパの近代史・・・自己解説「シャルリとは誰か?」 』 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

随筆紹介  羨望    文科系

2017年02月08日 05時37分32秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 羨 望  S・Yさんの作品です
                                  
 新しい年が明けた。一月生まれの私は新年と同時にひとつ年をとる。
 そして誕生日のたびに老いを意識するようになってきた。ことに体調不良の昨今は不安材料ばかりが気にかかるが、一方、年々親族が増えるという嬉しいこともある。娘夫婦に子どもが次々と授かり、息子には可愛いお嫁さんが来た。この正月はいままでになく賑やかになった。

 お屠蘇でご機嫌の夫、お年玉を手にしたニコニコ顔の孫たち、正月ならではのカルタやスゴロクに興じてみな笑顔である。食卓にはご馳走もいっぱい、幸せの光景だ。
 せっかくみんな集まったのだから初詣に行こうとなったとき、玄関先で私は驚愕した。決して大げさではなくほんとに驚いたのである。娘と嫁が素足なのだ。足指のソックスのようなものは履いているが、スリットの入ったスカートからは二人とも脚が丸出し。暖かな正月とはいえ真冬である。私は厚手のタイツにパンツ、靴下も重ね履きをしている。むろん服装もそれなりに着込んでいる。いつの間にこんなに寒がりで年寄りくさくなっていたのか。
「そんな薄着でいいの?…」
 老婆心ながらつい嫁に言ってしまった。彼女は妊娠六カ月である。「はあい、大丈夫で―す」明るいトーンの声が返ってきた。
 たぶん大丈夫なんだろう。肌はピチピチさくら色、髪もサラサラ艶々の栗色。しなやかな肢体。何度も彼女たちに見とれてしまう。いいなあ。若いってこういうことなのか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

書評  「ルポ・難民追跡」(完結編)    文科系

2016年12月23日 08時34分01秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 既載の3回連載を1回にまとめてみました。気を入れた僕にとって大事な記事とて、できるだけ多くの方々に内容を知って欲しいと思いまして。よろしくお願いします。
   

「ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く」(著者は、坂口裕彦・毎日新聞外信部。岩波新書)の内容をご紹介したい。
 二〇一五年に西欧への難民大移動が特に激しかった時期、著者はウィーン特派員。記者として避けて通れない問題と考えた。ルポとはルポルタージュの略で、「現地報告」を決意したのである。それも、西欧への入口トルコ・ギリシャからドイツへという典型的ルートを通るだろう一家族に密着同行取材を認められて、その家族が属していた千人程の一団を追跡していくことになる。
 いろいろ断られた揚げ句の取材相手は、イランから来た三人家族。アリ・バグリさんはアフガニスタンはバーミヤンの出身で三二歳、蒙古人の血を引く日本人に似た容貌のハザラ人。彼がイランに亡命したのが二〇一〇年、そこで同じアフガン出身のハザラ人、タヘリー・カゼミさん三〇歳と結婚した。一人娘のフェレシュテちゃんが四歳になったこの年に、ドイツへの移民を決意したのである。彼らに坂口さんが出会ったのは二〇一五年一一月二日。約一か月前イランを後にしてドイツに向かうべく移動し続けた末に、ギリシャ領レスボス島からアテネ・ピレウス港行きの難民船乗り込みを待って延々数百メートルも続いた隊列の中のことだ。なんとか英語が話せるアリさんが密着同行取材を快諾してくれたと、これがこのお話の始まりなのである。ちなみにレスボス島とは、トルコ領北西端の沖十キロにあるギリシャの島で、この島への渡航が密航業者で有名なすし詰め、決死のゴムボート。ここからアテネのピレウス港までは一日がかりのフェリー航海になった。
それからのこの家族の行程は、アテネには一一月一〇日まで居て、一一日がマケドニア、一二日がセルビアで、一三日にクロアチア、スロベニアを経て一四日には目的のドイツは南部メステュテッセンに着いている。マケドニア、クロアチア、スロベニアなどは特別列車を仕立てて、他は難民用バスで、千人単位以上を次の国に送り込んでいく。なんせ一五年に欧州に渉った中東難民は凄まじい数とあって、オーストリア、ドイツ、スェーデンなどの大量受け入れ国へと、どんどん送り込んでいくというやり方である。このルートは、二〇一五年春から二度変更された末に自然に出来あがったものと述べられている。セルビア・ハンガリー国境などをハンガリーが塞いでしまったことから以降二度大移動の流れが変わっていたということだ。

「世界総人口の一一三人に一人が強制移動」
 これは、二〇一六年六月二〇日の国連難民高等弁務官事務所発表の見出しである。二〇一五年末で紛争や迫害で追われた人々が過去最多の六五三〇万人を、世界総人口七三億四九〇〇万人で割り出した数字だ。一五年度の新しい数字は一二四〇万人である。よって、一五年度末難民総数の五分の一近くが、一五年度に生まれたことになる。一五年度に生まれた難民の出身国内訳の五四%が、シリア、アフガン、ソマリアの三か国で占められているともあった。また、いわゆる地中海ルートなどを除いたこの本の舞台・バルカン半島北上ルートで多い順を見れば、シリア、アフガン、イラクの順になる。よって、難民が、戦争、内乱などから家族の命を守るために生まれるというのも明らかだろう。ただ、この本に書いてあったことだが、「豊かな人しか国外脱出難民にはなれない」のである。家など全財産を売って旅費が作れる家族とか、親族の「希望」が込められた金を掻き集めて「先遣隊(後には「本国に残った親族などの呼び寄せ隊」に変わる)」として出かけてきたという人々が多いと言われていた。彼らは希望を求めて難民の旅に出たのである。掲載された写真にある顔はほぼ全員明るく微笑んでいて、僕が持っていた難民というイメージとはかなり隔たっている。

 さて、これを受け入れる側には明確に二種類の国がある。その両巨頭がドイツとハンガリーなのだが、この本の四,五章の題名が「排除のハンガリー」と「贖罪のドイツ」となっている。貧しいハンガリーは一五年秋に四メートルのフェンスを設けてセルビア、クロアチアとの国境を閉ざしてしまった。クロアチア国境のそれは約三百キロにも及ぶもの。他方のドイツは、「ドイツ、ドイツ!」、「メルケル、メルケル!」との掛け声が出る局面もあるような凄まじさだ。なぜドイツか。その理由は、想像にお任せする。
 断る国の理由は当然理解できる。が、関ヶ原の戦い直前に、岐阜や三重に逃げてきた人々が居るとしたら、人としてどう接するべきか。その答えもまた、自明だろう。いわゆる経済難民との区別も難しいし、とても難しい問題だ。そして、この難問に向けて今の日本政府が世界一遅れた先進国だということだけははっきりしている。上記「排除のハンガリー」でさえ、排除策実施前の一五年夏時点では、首都ブダベスト東駅が列車待ちをするシリア、アフガン難民の「難民キャンプ」と化していたという事実もあったのだ。

 最後に、この本末尾における、アリさんら三人家族の置かれた状況を、報告しておこう。著者は、最後に別れた仮収容の土地、ドイツ南部メスシュテッテンで再会してから、約四か月ぶりにチュービンゲンの新しい仮住まいを訪れている。当時チュービンゲンに身を寄せた難民は約一二〇〇人で、その九割はシリア、イラク、アフガンの人々という。三人家族は街の中心部からタクシーで十分程の閑静な住宅街の古い二階建て住宅に住んでいた。一階には三部屋があって、シリア人など他の二家族と十畳一間ずつをルームシェアしている。この三家族皆が難民申請が認められる日を待ってドイツ語教室にバスで通いながらいろんな猛勉強をしているということだった。
「フェレシュテちゃんは、相変わらず快活だ。ギリシャのレスボス島で、ボランティアにもらった象のぬいぐるみは、ベッドに大切そうに置かれていた。二週間前から、バスで五分程の幼稚園に、午前八時から午後一時まで通っているという。こちらも無料だ」

 なお、こういう難民ルートとか受け入れ状況などの事実はすべて、仲間の難民や出身国に残された親類などに瞬時に伝わっていくのである。現代の難民らは皆、スマートフォンを持参し、ワイファイなども使いこなすから、これが難民の爆発的増加に拍車を掛けているようだ。酷い国は捨てられるということ。これも貧し過ぎ、人を虐げすぎる世界へ民衆が投げかける究極の抗議なのだろう。
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

書評「ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く」(3)   文科系

2016年12月17日 01時50分17秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 書評「ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く」(坂口裕彦・毎日新聞外信部ウィーン特派員 著)の3回目である。今回は、15年のEUだけでも100万人という難民が生まれる背景、受け入れ側の立場、やり方などを見て、この書評を終わっていくということにしたい。

「世界総人口の113人に1人が強制移動」
 これは、2016年6月20日の国連難民高等弁務官事務所発表の見出しである。2015年末で紛争や迫害で追われた人々が過去最多の6530万人を、世界総人口73億4900万人で割り出した数字だ。その内訳は、先進国の庇護を求めた人320万人、自国に戻れず難民と認められた人2130万人、国内難民4080万人とあった。この三区分のなかで15年度の新しい数字はそれぞれ、200万人、180万人、860万人とあって、この合計が1240万人である。よって、15年度末難民総数の5分の1近くが、15年度に生まれたことになる。
 この15年度に生まれた難民の出身国内訳の54%が、シリア(490万人)、アフガン(270万人)、ソマリア(110万人)の3か国で占められているともあった(P125)。また、いわゆる地中海ルートなどを除いたこの本の舞台・バルカン半島北上ルートで多い順を見れば、シリア、アフガン、イラクの順になる。よって、難民が、戦争、内乱などから家族の命を守るために生まれるというのも明らかだろう。ただ、この本に書いてあったことだが、「豊かな人しか国外脱出難民にはなれない」のである。家など全財産を売って旅費が作れる家族、一族郎党の金を全部集めて先遣隊として出てきた父子などが多いともあった。

 さて、これを受け入れる側には明確に2種類の国がある。その両巨頭がドイツとハンガリーなのだが、この本の4,5章の題名が「排除のハンガリー」と「贖罪のドイツ」となっている。貧しいハンガリーは15年秋に4メートルのフェンスを設けてセルビア、クロアチアとの国境を閉ざしてしまった。クロアチア国境のそれは約300キロにも及ぶもの。
 他方のドイツは、「ドイツ、ドイツ!」、「メルケル、メルケル!」との掛け声が出る局面もあるような凄まじさだ。だからこそ、難民に悩む国ほとんどすべてがドイツへ、ドイツへと列車でバスで流し込んでいくという有様になるようだ。この管理された素速さについてはその(2)で見たところである。なぜドイツか。その理由はここでは語らず、想像にお任せする。ドイツの他は、オーストリアやスエーデンなども希望されていた。

 断る国の理由は当然理解できる。が、関ヶ原の戦い直前に、岐阜や三重に逃げてきた人々が居るとしたら、人としてどう接するべきか。その答えもまた、自明だろう。いわゆる経済難民との区別も難しいし、とても難しい問題だ。そして、この難問に向けて今の日本政府が世界一遅れた先進国だということだけははっきりしている。上記「排除のハンガリー」でさえ、排除策実施前の15年夏時点では、首都ブダベスト東駅がシリア、アフガン難民の「難民キャンプ」と化していたという事実もあったのだと書き留めておきたい。


 最後に、この本末尾における、アリさんら3人家族の置かれた状況を、報告しておこう。著者は、第1回の最後で書いた仮収容の土地、ドイツ南部メスシュテッテンで再会してから、約4か月ぶりにチュービンゲンの家族の仮住まいを訪れている。当時チュービンゲンに身を寄せた難民は約1200人で、その9割はシリア、イラク、アフガンの人々という。3人家族は街の中心部からタクシーで10分程の閑静な住宅街の古い二階建て住宅に住んでいた。1階には3部屋があって、シリア人など他の2家族と10畳一間ずつをルームシェアしている。この3家族皆が難民申請が認められる日を待ってドイツ語教室にバスで通いながらいろんな猛勉強をしているということだった。
「フェレシュテちゃんは、相変わらず快活だ。ギリシャのレスボス島で、ボランティアにもらった象のぬいぐるみは、ベッドに大切そうに置かれていた。二週間前から、バスで五分程の幼稚園に、午前八時から午後一時まで通っているという。こちらも無料だ」(P204)

 なお、こう言う難民受け入れ状況などの事実はすべて、仲間の難民や出身国に残された親類などに瞬時に伝わっていくのである。現代の難民らは皆、スマートフォンを持参し、ワイファイなども使いこなすから、これが難民行程などの導きにも使われているのである。


(終わり)
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

書評「ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く」(2)   文科系

2016年12月14日 15時09分29秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
「ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く」(坂口裕彦・毎日新聞外信部ウィーン特派員 著)の書評、2回目を続ける。今回は、アリさん家族の行程ということになる。またどうも、今回では終われそうもないということも、予め申し上げておきたい。

 アリさんは、ほぼ1ヶ月半のこういう旅をした。
 まず、イランからトルコに入るまでが約1か月。ここには書いてないが、歩いたり、国境越え待機をしたりの長い旅だったのだろう。そして、トルコとのギリシャ国境の島、レスボス島でアテネへの船待ち行列の中で坂口さんの同行取材を快諾したのが、15年11月2日。以降の旅はこう続いていく。
 レスボス島・アテネ(ギリシャ)・マケドニア・セルビア・クロアチア・スロベニア・オーストリア・ドイツである。この旅程を何日で通ったか。まず、11月2日にレスボス島で取材を始めてから8日の出航までは船がストライキで決行。8日8時に出発して18時にアテネ・ピレウス港に着いている。以下ドイツまでアリさんらが旅した行程はこうなっていく。

 アテネには10日まで居て、11日がマケドニア、12日がセルビアで、13日にクロアチア、スロベニアを経て14日には目的のドイツは南部メステュテッセンに着いている。マケドニア、クロアチア、スロベニアなどは特別列車を仕立てて、他は難民用バスで、1000人単位以上を次の国に送り込んでいく。なんせ15年に欧州に渉った中東難民は約100万人とあって、オーストリア、ドイツ、スエーデンなどの大量受け入れ国へと、どんどん送り込んでいくというやり方である。他方、受け入れを好まぬハンガリーのような国はこんなことをした。初めはセルビアとの国境に、次いでクロアチアとの国境にも塀を作って、難民の流れ、つまり彼らの通過の流れを2度も変えさせた。初めセルビア国境を封鎖して以降、この流れがクロアチア経由でまたハンガリーから、ドイツ方面へと変わったから、クロアチアとの国境も封鎖したということだ。

 さて、アリさん家族のこの流れの後半は後に分かったこと。著者は不運にも途中ではぐれてしまって、再会は11月20日、前記のドイツは南部メステュテッセン市ということになる。マケドニアで難民・一般と分けられた国境通路において互いを見失い、次のセルビアでは難民区画を外から見た遠くにアリさんを見つけて写真も撮っていながら、警官の制止で面会できなかったのである。難民特別列車には作者は乗ることが許されないという問題もあった。ドイツでの再会は、坂口さんが手渡した携帯が料金切れからやっと機能を回復して果たすことが出来たということだ。

 ともあれ坂口さんは、アリさんを捜し回って難民とともに同じコースを移動していったことには変わりはない。レスボス島アリさんの仲間を見つけてはアリさんの行方を質問したりしながら。見つけられなかった理由は、アリさんらの旅が予想以上に速かったこと。なんせセルビアからドイツまでの間の最後3国を難民特別列車などによって2日で通り過ぎていたのである。

 次の3回目を終わりとするが、そこでは難民に対する考え方、あるべき態度のようなことにも触れてみたい。 
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

書評 「ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く」(1)   文科系

2016年12月13日 14時01分38秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
「ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く」(坂口裕彦・毎日新聞外信部、ウィーン特派員 著)の書評を書きたい。

 僕がこの本を読もうとした動機は、こうだ。
 右翼論者が苦手な「世界を」、「100年単位で観る」時、現在中東・西欧を揺るがせているこの問題が日本を含めた世界の人々の未来に影響するところは計り知れぬと考える。それ以上に、100万人単位どころか1000万人にも及ぶ昨今の民族大移動・大事件を気にかけることは、人として最低の義務の一つだろうと考えるのである。つまり、この問題をよそ事とする頭脳には、何か政治論議を語る資格さえ無い、とも。この二日間書いてきた立派なノーベル賞物理科学者(益川敏英)さんでさえこう語っていた。「科学者である前に先ず人間であれ」。これは、普通の道義を備えた人々には、常識に属することだろう。


 さて、2015年に西欧への難民大移動が特に激しかった時期、作者はウィーン特派員。記者として避けて通れない問題と考えた。ルポとはルポルタージュの略で、「現地報告」を決意したのである。それも、西欧への入口トルコ・ギリシャからドイツへという典型的ルートを通るだろう1家族に密着同行取材を認められて、その家族が属していた1000人程の一団を追跡していくことになる。なお、「その日のことはその日の内にに書きとめる」と心に決めて来た坂口氏は、この本を「同時進行ルポ(現地報告)」と名付けている。

 いろいろ断られた揚げ句の取材相手は、イランから来た3人家族と決まった。アリ・バグリさんはアフガニスタンはバーミヤンの出身で32歳、蒙古人の血を引く日本人に似た容貌のハザラ人。彼がイランに亡命したのが2010年、そこで同じアフガン出身のハザラ人、タヘリー・カゼミさん(この15年で)30歳と結婚した。一人娘のフェレシュテちゃんが4歳になったこの年に、ドイツへの移民を決意したのである。
 こういう彼らに坂口さんが出会ったのは2015年11月2日。約1か月前イランを後にしてドイツに向かうべく移動し続けた末に、ギリシャ領レスボス島からアテネ・ピレウス港行きの難民船乗り込みを待って延々数百メートルも続いた隊列の中のことだった。なんとか英語が話せるアリさんが密着取材要望を快諾してくれたと、これがこのお話の始まりなのである。
 ちなみにレスボス島とは、トルコ領北西端の沖10キロにあるギリシャの島で、この島への渡航が密航業者で有名なすし詰め、決死のゴムボート。ここからアテネのピレウス港までは1日がかりのフェリー航海とのことである。

 それからのこの一団の行程は、結果的にこうなっていく。アテネ(ギリシャ)・マケドニア・セルビア・クロアチア・スロベニア・オーストリア・ドイツである。このルートは、2015年春から2度変更された末に自然に出来あがったものと述べられている。9月14日までは、セルビア・ハンガリー・オーストリアというルートだったのが、セルビア・ハンガリー国境をハンガリーが塞いでしまったことから以降2度大移動の流れが変わっていたということだ。この難民大移動は、なぜドイツを目指すのか。アリさんらは、11月14日にはドイツに着いているが、どういう運命が待っていたか。この書評は次回で終わると申し上げておきたい。

 乞うご期待として一言。彼らは希望を求めて難民の旅に出たのである。掲載された写真にある顔はほぼ全部、明るく笑っていて、僕が持っていた難民というイメージとはかなり隔たっている。もっとも、一定裕福であるとか、親族の「希望」を背負った金を掻き集めて「先遣隊(後には「本国に残った親族などの呼び寄せ隊」に変わる)」として出かけてきたという人々が中心と言われていた。

 2015年国連調査によれば「新しい避難民」1240万人。出身国内訳で多いのは、シリア490万人、アフガン270万人、ソマリア110万人とあって、アリさんらのバルカン半島ルートで3番目に多いのはイラクとあった。受け入れ国トップは、トルコの250万人、次がパキスタンで160万人である。アフガン戦争、シリア内戦(工作)、イラク戦争と打ち続いた戦乱の歴史の罪の重さを痛感せざるを得なかった。
 
(続く)
 祝、昨日のアクセス390人!
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

益川敏英さんの著書から  文科系

2016年12月10日 07時37分07秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 益川敏英さんの本「科学者は戦争で何をしたか」(集英社新書)を拾い読みしました。ある箇所を引用して、皆さんに広めたい。このブログで常に問題になってきた重要思考、発想法が何点もこの箇所に入っていたから、思い立ったことです。
 なお、このノーベル賞物理学者は、知る人ぞ知る、このブログがその姉妹ブログとして発足した「(名古屋市)昭和区九条の会(ブログ)」に極めて縁の深い方。昭和区、鶴舞公園の傍で育ち、昭和区内の名古屋市立向陽高校から、名古屋大学大学院物理学科を出られたんです。子どものころから読書が好きでいろんな種類の本を読むために図書館通いをしたと述べておられるから、鶴舞図書館の常連お子様だったなどと想像するのです。また同時に、九条科学者の会の呼びかけ人も引き受けられているお方だからまた、ここと縁が深いというわけです。

『私は、後二〇〇年経ったら戦争はなくなるとあちこちで発信しています。仲間内からは、「また始まった。何を寝ぼけたこと言ってんだ」と笑われることもしばしばです。あるいは、「益川、その頃はお前が生きていないから、今何言っても大丈夫だと思ってんだろう」と、どやされたこともあります。
 確かに二〇〇年後は生きていませんが、私はこの持論をかなり本気で信じています。今、多くの人々は直近のことばかりを話題にしますが、一〇〇年、二〇〇年のスパンで世界のことを考えてみてください。今、見えている世界ではなく、そのずっと先を考えてみる。それは、普遍の法則や本質を見抜くことを本懐としている科学者にとって必要欠くべからざる視点です。
 しかし本来、科学者だけでなく、誰にとってもこのような長期的視野で物事を考えることが重要なのです。
 科学者も含め、政治家も国民も、目の前の課題に振り回されて、対症療法しかできなくなっています。それではなかなか人類全体のことが見えません。
 人間の寿命よりも遙かに長いスパンで考察してみると、いろんなことが見えてきます。そのスパンで見ると、人類の未来はそう悲観したものじゃない。我々の社会が確実に進歩してきているのが分かります。』

 益川さんはこう述べた上で、この「進歩」の内容をかなり長く述べていきます。
 世界大戦のようなことがなくなったということ。植民地が例外的になって、大国による暴力的な収奪が減ったこと。一応、8時間労働が実現したこと。オバマ大統領実現が示すように、人種差別が減ったこと。これらの人類「進歩」を挙げた上で、益川さんはこう結論を結んでいます。
『このように世界は、ある局面において、「後退」を見せることもありますが、それでも、少しずつ前進してきた歴史があります。
 つまり、一〇〇年単位で見れば、人類はつまずきながらも、おおむね正しい方向に進んでいると言えるのではないでしょうか。』
(以上のうち『』の引用は、全て一六九~一七二ページから取りました)

 上のお話の中には、このブログで主張されてきたのと同じ発想、思考、事項が多く含まれていると、ここをずっと読まれてきた方はすぐにお分かりになるはずです。
『戦争はなくなる』
『一〇〇年、二〇〇年のスパンで世界のことを・・・』
『(科学者だけでなく)誰にとってもこのような長期的視野で物事を考えることが重要』
『一〇〇年単位で見れば、人類は・・おおむね正しい方向に・・・』
 このように世界を見て、世界大戦(が無くなったこと)、植民地、8時間労働制度、人種差別などに人類の前進を見ている事もここと同じですよね。
 

 そう。この金融グローバリゼーション時代の下では特に、科学者だけではなく、日本を大事にする誰もが、こう発想していく必要があると益川さんとともに言いたいものです。「(日本だけでなく)世界を」、「長いスパン、一〇〇年単位で見る」、「(日本人だけでなく)人類を」、「人類はつまずきながらも前へ進んできた・・・こんな点で」。
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「金融が乗っ取る世界経済」理解のために    文科系

2016年10月26日 03時24分18秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 このブログでこれまで、この本の要約・紹介・書評を3回、関連エントリーと合わせれば10本もの拙稿をあれこれと書いてきたかと思います。そのなかで最も大事なものを、こうお勧めしたい。本全体の内容としては、要約①~③(9月24日、10月1日、そして19日)が先ず上がりますが、金融化そのものの歴史的統計推移を書いたエントリーこそこの本の理解を最も助けてくれると確信します。これが同時に「金融化が実体経済を支配するに至った経過、その程度」を示すからです。そういう意味で是非、9月28日のエントリー『米企業社長たちが「金融の馬車馬」に』をお勧めしたいと思います。ここをお読み願えれば、他のすべてが分かりやすくなるはずです。

 重ねて、今のアメリカは、この複雑な金融化現象が分からねば何も分からぬに等しいと思います。また、これが分からないと、「アメリカの日本、世界へのごく自然な、かつ必然的な働きかけ」の最も深い所が分からないに等しいとも。
 よろしくお願いいたします。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「チリの闘い」3部作を観た  文科系

2016年10月21日 08時20分15秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 昨日名古屋シネマテークでのこと。アメリカが起こした1973年9月11日の世界史的クーデターを図らずも前段階から目撃、撮影することになった噂の3部作を観に出かけた。2回の休憩を挟んだ合計上映時間は、4時間を優に超えたと思う。選挙で生まれた史上初の社会主義政権、大統領を、軍部クーデターが倒したという、その始終を記録した映画である。要所の報告という形式で、以下を進める。

 チリにアジュンデ大統領が自由選挙によって生まれたのは、1970年11月。その時からテレビ・ニュース映画用に撮影を始めたものを編集して、繋いだ作品なのである。監督パトリシオ・グスマンが、史上初めてのこの「政治的実験」を記録に収めるべく各方面へインタビュー撮影などを行っていた、その成果というわけだ。
 第一部はまず、右派が総力を上げたアジュンデ政権不信任投票とその政権側勝利から始まっていく。この敗北から右派がいろんな政権破壊工作を強めていき、いずれも失敗した末に、二部の最後に大統領府への空爆、軍部突入、大統領殺害クーデーター完遂で終わるまでを描いている。三部は言わば、二部までの補完作品と言って良いだろう。

 僕のメモにある、これを書くために残した記録を中心に順不同で描いていくと・・・

① アメリカが、この国への輸出を急速に止めていき、最後には往時の15%程度に仕向けて行ったこと。これはつまり、国民生活を困難に陥れる目的、反政権感情の増大を狙ったものだったと解説されてあった。

② アメリカCIA工作員が、最多時40名入っていたこと。また金銭面では最高時500万ドルの政権転覆工作資金も流れたということ。

③ この国のGNPの2割を占める銅鉱山操業を反革命ストライキで都合75日間止めて、最大の外貨獲得手段を妨害したこと。これも、国民生活を困難にする政権妨害工作なのである。

④ 運輸業経営者団体がそのトラック使用を許さないというロックアウトを敢行して、細長いこの国の物流を止めることによって、国民生活を困難に陥れたこと。他にも、生活必需品の大量隠匿が全国的に摘発されるなどという民生妨害もあった。

⑤ 軍幹部将校らには、公然と政権反対を唱え、はなから文民統制には従わぬ姿勢を示していた者も多かった。軍幹部ら高級軍人が護憲派と反護憲派とに公然と別れていた。海軍には、護憲派が多かったとあった。なお、後に軍事政権首班となったピノチェトは、「護憲派幹部」と目されていたとあった。政変後に反憲法派の黒幕として正体を現した訳である。また、アメリカがチリ軍将校らをパナマの軍事訓練学校に招いて、教育、訓練してきたという暴露もあった。

⑥ 軍隊が次々と出動を始めて、労働組合事務所などを徹底的に捜査して、人民が武器を持っていないかどうかと調べ尽くしていったという事実も撮されていた。結局どこにも何も武器はないということを確認し続けただけだったのだが。

⑦ 一度大統領官邸を戦車で包囲して警護関係者と撃ち合いになり、22名の警護官を殺し、国民の反応を伺うという様子見を敢行している。つまり、武力による政権転覆があるだろうということは、クーデターのかなり前からもはや公然となっていたのである。

⑧ アジュンデ政権が和解の相手に選んで連立政権が成功しかけたカトリック教会(キリスト教民主党)の動きを潰したと言う数々の場面もあった。

⑨ 最後に、あの細長い国の沿岸部に4艘の米駆逐艦を集結させて、その上でチリ軍部が大統領府爆撃を始め、その後に官邸突入、大統領殺害に至ったということ。大統領に「降伏・亡命」が事前提案されていたが、彼がこれを拒否して敢えて官邸に入り、そこに籠もって射殺されたというのも史上有名な話である。自ら希望して彼と同じ道を往った警護官が20数名いたとも解説されてあった。


 この後の、政権側関係者、労組役員、共産党や社会党の党員などの逮捕、殺人などが起こっていったという事実は史上よく知られているが(競技場などに多数集められて、その後行方不明者多数がでたと聞いている)、その経過は当然ここには撮されてはいない。監督が映画と共に首尾良く亡命を果たしているからである。このカメラマンに献辞が捧げられていたから、彼は亡くなったのだろう。
 こうして史上初の選挙による社会主義政権誕生を追いかけ始めた映画が、政権転覆結末を撮ることによって終わったわけである。その後の軍事政権によって没収されずに済んだのは奇跡に近いと言われてきた映画である。
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

書評③ 各国、世界機関の金融改革を巡って   文科系

2016年10月19日 10時41分28秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 ドナルド・ドーア著「金融が乗っ取る世界経済 21世紀の憂鬱」(中公新書2012年6月第5刷発行)の終章である第3章は、計4節に分かれている。「国際協調」、「適切な報酬制度」、「現状維持に終わる金融改革」、「金融化は不可逆的か」。これを、順不同で要約していきたい。サブプライムバブルが弾けた後のG20やそのサミットでどんな改革論議がなされ、対立があって、ほぼ元の木阿弥に戻ってしまったか。リーマン以降、ロンドンG20から、10年のソウルG20とそのサミットまで、世界の金融規制論議経過は省いて、書かれている改革の内容自身を観ていきたい。

 ロンドン大学政治経済学院の「金融制度の将来」には4つの目的がこう書かれているとあった。①実体経済を攪乱しないように。②破綻金融の税金救済の問題。③そんな金融機関の報酬が高すぎる問題。④高報酬により人材が集まりすぎる問題。
 また、2010年11月のG20ソウル会議でもっと具体的に4つの討論がなされ、抽象的合意だけが成されたと言う。①銀行規制。②金融派生商品契約を市場登録すること。③格付け会社の公共性。④新技術、商品の社会的有用性。
 以上から何が問題になってきたかをお分かりいただけたと思うから、G20ソウル会議の4項目の順に討論内容などを観ていきたい。

 ①の銀行規制に、最も激しい抵抗があったと語られる。また、現に力を持っているこの抵抗者たちは規制提案に対して「否」と言っていれば良いだけだから、楽な立場だとも。国家の「大きすぎて潰せない」とか「外貨を稼いでくれる」、よって「パナマもケイマンも見逃してくれるだろう」とかの態度を見越しているから、その力がまた絶大なのだとも。この期に及んでもなお、「規制のない自由競争こそ合理的である」という理論を、従来同様に根拠を示さずに押し通していると語られてあった。

 ②の「金融派生商品登録」問題についてもまた、難航している。債権の持ち主以外もその債権に保険を掛けられるようになっている証券化の登録とか、それが特に為替が絡んでくると、世界の大銀行などがこぞって反対すると述べてあった。ここでも英米などの大国国家が金融に関わる国際競争力強化を望むから、規制を拒むのである。つまり、国家が「外国の国家、法人などからどんどん金を奪い取ってきて欲しい」と振る舞っているから換えられないと、酷く暴力的な世界なのである。

 ③格付け会社の公準化がまた至難だ。その困難の元はこのようなものと語られる。アメリカ1国の格付け3私企業ランクに過ぎないものが、世界諸国家の経済・財政法制などの中に組み込まれているという問題だ。破綻直前までリーマンをAAAに格付けていたなどという言わばインチキの実績が多い私企業に過ぎないのに。ここで作者は「ワイヤード・オン」という英語を使っている。世界諸国家法制にムーディーズとかスタンダードとかの格付けランクがワイアーで縛り付けられているという意味である。この点について、こんな大ニュースが同書中に紹介されてあったが、日本人には大変興味深いものだろう。
『大企業の社債、ギリシャの国債など、格下げされると「崖から落ちる」ほどの効果がありうるのだ。いつかトヨタが、人員整理をせず、利益見込みを下方修正した時、当時の奥田碩会長は、格付けを下げたムーディーズに対してひどく怒ったことは理解できる』(P189)
 関連してここで、つい昨日の新聞に載っていたことを僕がご紹介したいのだが、こんな記事があった。先ず見出しは、『国際秩序の多極化強調BRICS首脳「ゴア宣言」』。その「ポイント」解説にこんな文章が紹介されていた。
『独自のBRICS格付け機関を設けることを検討する』
 15日からブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ五カ国の会議がインドのゴアで開かれていて、そこでの出来事なのである。ついでに、日本でこういう記事はまず大きくは見えないようになっているということも付け加えておきたい。なお、この会議宣言4つのポイントすべてにおいて「国連」が強調されていたということも何か象徴的なことと僕には思われた。国連を利用はするが無視することも多いアメリカと、国連を強調するBRICSと。
 とこのように、国連や、G7などではなくG20やにおいてアメリカ以外の発言力が強くなっていかなければ、金融規制は進まないということなのである。

 最後に、「④新技術、商品の社会的有用性」について。金融商品、新技術の世界展開を巡る正当性の議論なのである。「イノベーションとして、人類の進歩なのである」と推進派が強調するが、国家の命運を左右する為替(関連金融派生商品)だけでも1日4兆ドル(2010年)などという途方もない取引のほとんどが、世界的(投資)銀行同士のギャンブル場に供されているというような現状が、どうして「進歩」と言えるのか。これが著者の抑えた立場である。逆に、この現状を正当化するこういう論議も紹介されてあった。
『「金作り=悪、物作り=善」というような考え方が、そもそも誤っているのだ』
 金融が物作りを「攪乱」したり、現代世界人類に必要な新たな物作りへの長期的大々投資を事実上妨げているとするならば、それは悪だろう。関連して、世界的大銀行は、中小国家の資金まで奪っていくという「罪」を史上数々犯してきたのである。そして、世界の主人公である普通の人人の生活、職業というものは、物(作り)とともにしか存在しない。

 この本の紹介はこれで終わります。ただし、この著作中に集められた膨大な数値などは今後の討論で折に触れて適宜ご紹介していくつもりです。「金融が乗っ取る世界経済 21世紀の憂鬱」という書名をどうかご記憶下さい。

(終わり)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする