海側生活

「今さら」ではなく「今から」

相槌(あいづち)

2010年02月04日 | 鎌倉散策

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風が冷たい。節分だ。今年は鶴岡八幡宮の神事をこの眼で見て、豆撒きに加わろうと考えた。
早めの昼食を取った、この店は気に入っている。刺激のある香辛料は手術以来、自分には不向きなため、この事をわかって調理してもらえる店を選ぶ。御成町のこの店もその中の一つだ。店の入り口横には大きな梅の木に隠れるように鳥居があり、中には可愛いキツネが鎮座した小さな祠がある。

偶々隣に座った物腰の柔らかいオジイサンと、カウンター越に眺められる、まだ咲いていない梅の花がきっかけで言葉を交わす事にになった。
表の神社は相槌神社と言って、元来、京都で三条小鍛冶宗近が稲荷神(キツネ)を相槌として神刀を打って天皇に献上した伝承が知られ、この鎌倉にも鎌倉時代後期に、その社が分祀されたとの事。
また相槌は鍛冶 (かじ) で、師匠の打つ鎚に合わせて弟子が鎚を入れる事で、私も長い間、相槌を打ったし、また弟子に相槌を打たせもしたと、遠くを見るような眼差しで話している。
聞けば、自分は、日本刀の頂点とも言える鎌倉時代末期に相州伝を完成させた刀工・正宗の二十二代目の子孫であるとの事。
正宗の造った日本刀は、日本刀剣史のみならず日本美術史に於いて重要な位置を占めており、皇室の御物をはじめ日本の文化遺産として大切にされているとも聞いた。

聞くほどに自分が全く知らない世界の事で、オジイサンの話をもっと聞きたかったが、節分の神事が始まる時間が気になって、立ち上がってお礼を言うと「---、今日は冷えますねー、また---」と、私を見ながら言った。
思わず自分は「あと3、4日は冷えるそうですよ」と相槌を打っていた。

正宗のお墓は本覚寺にある。
又現在は二十四代目の子孫の山村綱廣氏が鎌倉で、正宗工芸美術製作所を営み、刀剣・包丁・ハサミ・小刀等を制作している。