(円覚寺/鎌倉)
浜ではワカメ漁が今日から始まった。
真冬の間は閑散としていた浜の朝も、今日から梅の花が散る頃まで、こんなにも人が居たのかと見間違いかと思うぐらいの多くの作業をする人で賑わう。
浜一面に真冬とは違う優しく感じる朝の陽が注いでいる。浜に上げられたワカメは湯を潜り、水洗いされ、干し棚に一枚ずつ吊るされていく。
透き通るような、まるで森の新緑よりもやや濃い緑色のワカメが、まだ冷たい北風に微かに揺れている。
冬の間の磯の香りとは全く違った独特のワカメの香りが港中に漂う。港内の煌めく水面、時折水中から顔を覗かせる鵜も、浜の賑やかに驚いている。
人々の表情は慌しさの中にも笑いが絶えない。会話も弾んでいる。
人は皆、暖かい光が降り注ぐ春の到来を待ち望んでいたに違いない
背面の山からは鶯の「チャッ、チャッ」の囀りが聞こえてくる。
鶯には、春告鳥(はるつげどり)や経読鳥(きょうよみどり)など多くの呼び名があると言う。
梅の花が咲く頃、鶯は山深い所から人里近くに降りて来て鳴くので春告鳥。そしてその鳴き声が「ホーホケキョ」(法・法華経)と聞こえるので経読鳥と言う。しかし、この「ホーホケキョ」は春から夏にかけての鳴き方で、まだこの時期は笹鳴きと呼ばれる「チャツ、チャツ」としか鳴けない、と浜の長老に教わった。
長老が言うには、若い頃飼っていた経験があるから覚えているが、鶯は警戒心が強く臆病で、鳴き声が聞こえても姿が見えない。冬場は植物の種子や木の実なども食べるが、夏場は小型の昆虫、幼虫、蜘蛛類などを捕食する。「ホー」は吸う息、「ホケキョ」は吐く息で胸をいっぱい膨らませて囀る。
浜にも春が来たと実感する。
一度南へ遠のいた太陽が、又我々の方に近づいて来る。その暖かい輝かしい陽の光を浴びて、おのずから湧き上がる喜び、それが春。
やがて春一番が吹くのも遠い日ではないだろう。