(小坪海岸より/逗子)
台風一過の秋の空は空気が澄み、空が高く夕焼けが美しい。また日の長かった夏から徐々に日没が早くなっていくため夕焼けをとくに意識してしまう。
ここから見る夕焼けは西の空一面が焼けるように橙色や朱鷺色や茜色や金色で埋め尽くされ、今まで見えなかった富士山も雲の中からシルエットになり浮かび上がってくる。とても幻想的な光景である。どことなく寂しい気分になったりもする瞬間だが、あの美しい夕焼けを嫌いな人はいない。
船に乗らなくなって、すでに20年は経ったという元漁師さんの短い言葉を、また途切れ途切れの会話をまとめてみた。老漁師は夕方近くになると浜小屋の、いつも決まった海側の椅子に座り、何もせず、まるで修行者のように動かず、海に顔を向けている。
「夕焼けが見えた次の日は晴れ」とこの浜では言われている。これは、一般的に天気は西から変化してくるので、日が沈む方向である西の空に太陽を隠すような厚い雲がなく、空が夕焼けになっているときは、その翌日も晴れるというなんとも単純な理論。ここから見て富士山まで厚い雲がないのは、雨を降らせるような雲がないことを物語っている。富士山まで雨雲がないのであれば、まあ、よほどのことがない限り翌日は晴れると思ってよい。
しかし、これには明らかな例外がある。富士山までのどこかに厚い雲がある場合だ。この場合、当然この厚い雲は雨雲で雨を降らすこともある。曇りや雨になる夕焼けもあるのだ。例外となる場合の見分け方は二つ。「赤黒い夕焼け」と「夕日の高入り」だ。
「赤黒い夕焼け」は、富士山までのどこかに雨雲がある場合に発生する。雨雲がない場合の夕焼けは、西の空が橙から次第に赤くなるように空全体を焼きながら、徐々に濃い青色の夜空に変化していく。しかし雨雲がある場合、高い位置にある雨雲は底が赤く焼け、低いものは夕日を途中から覆い隠し、夕焼けが「赤黒い」色に変化してしまう。この「赤黒い」夕焼けが発生した場合は、西から雨雲がやってくるということを物語っており、翌日は曇りや雨になる可能性が高い。
また「夕日の高入り」は、夕日が高い位置で隠れてしまう現象だが、富士山付近に雨雲がかかることによって起こる。雨雲によって光が吸収され、山の稜線よりも高い位置で夕日が隠れてしまったように見えるのだ。この場合も、この雲が翌日には雨を降らせる結果になってしまう。
夕焼けに染められた海の静寂に耳を傾けると心が落ち着く。
風もそよがず、波も立たず、刻々と変わり行く夕焼けを眺める、この瞬間ほど追憶と瞑想とに適した時間はない。
秋の七草もすでに花は散り、ススキだけが微かな風も無いのにソヨと穂をなびかせている。