(建長寺/鎌倉)
朝食が楽しみだ。
と言っても、何も凝ったものを食べはしない。簡素で手軽さが朝食の良い所だ。
和食の定番と言えば納豆、塩鮭、海苔にホッカホッカの湯気の立つ炊き立てのご飯と味噌汁。しかし納豆はあの匂いが嫌だし子供のころから口にするチャンスもなかった。また塩鮭は塩分が今の自分には強すぎる。海苔は消化が出来ない体になってしまっている。これらは食しないし出来ない。
しかし納豆の代わりに食べきりサイズの豆腐、塩鮭の代わりに地元で獲れるシラス、海苔の代わりには果物とヨーグルト入りの野菜ジュースなどと手軽だ。たまにはご飯を雑炊にしたりする。
もちろんパンも好きだ。その日の気分によってマーマレードだの杏ジャムなどを添える。以前はこれらの日本製はただベタベタと甘いだけで味わいに乏しかったが、今はオレンジの程良い苦さや風味豊かな杏の酸っぱさを満喫できる良質の瓶詰めが手軽に買えるようになった。また時々はメープルシロップをコッテリかけた甘いホットーケーキなんかもなかなか美味い。
自分は俗な人間だが、人生の幸せというものはつまるところ朝食が旨いといった事などに尽きるのではないかと考える。
実際、一日の始りには二種類がある。起きた途端に、今日は朝飯を何にしようかと気持ちが浮き立つ朝と、胃痛だか心労だかで何も口にする気になれない朝と。浮き立つ朝が続くのが何よりだが、それが実現出来たらそれだけで幸せかもしれない。この頃酒を飲まなくなったのは、身体の消化能力が不足している事が原因だけでなく、翌日の朝食を台無しにしたくないという気持ちが、どこかで働いているのかもしれない。経験から言えば、満ち足りた朝食を摂れた日は平穏に暮れて、心静かな夜が訪れるようである。
老いと死に向け、旨い朝食を日々の小さな楽しみとしながら淡々と生きていきたい。
と思ってはいるが---。