竜胆(りんどう)の花は、日光を受けると開き、夜は閉じるそうだ。雨や曇りの日は閉じたまま小さく萎んでいる。
鎌倉・東慶寺に観に出掛けた。
昨日東京にも木枯らし一番が吹いた翌日とあってか、日差しもあるが空気が冷たい。境内は人影もほとんど無い。
竜胆は元来、山野に自生する花だそうだ。ここの竜胆は真っ直ぐ上に伸びる見慣れた園芸用の花では無く、低く地を這うように蔓が伸びている。まさに野草の趣がある。中には釣り鐘型のきれいな紫色で、茎の先に上向きに咲かせているのもある。
様々な角度からカメラを向けシャッターを押しているうちに、自分の脳裏に何かがチラつき始めた。
これは何なのか、形となって何かと結びつかない。自分には良くある現象だ。やがて思い出した。
数年前、思わぬ病気による手術・退院後、思うところがありビジネスも中締めを決心して都心の事務所も閉めた。
この事務所も今日が最後と感慨に耽りながら、部屋の電気を消そうとした。
その時、「お疲れ様でした」と入り口のドアーが開き、一人の女性が俯きながら花束を差し出した、竜胆だった。
彼女は、同じビル内にある他の会社の社員だった。野生的な雰囲気を持つ女性で、いつも濡れているような眼を持った人だった。人は朗らかな性格だと言っていたけど、どうしてだか自分の前では多くを喋らない人だった。
事務所を閉める事は誰にも話していないのにと思いながら受け取った。
セロハンと赤いリボンでラッピングされた花束だった。灰色の壁とロッカーや机に囲まれたオフィスの中でただ一点の紫色だった。
受け取りながら内心「どこででも売っている花束だな」と思った。
自分の気持ちを見透かしたように「私の真心は、やたらとあちこちでは売ってはいません」と、強い調子の言葉が追っかけて来た。
以前、自分は彼女とどんな事を話したのか忘れてしまったが、その時「亡くなったお父さんからも度々言われました---」との、彼女の部分的な言葉だけを思い出した。
ここ数日曇り空が続いているが、彼女の気持ちは今日の竜胆みたいに閉じたままだろうか。
上向きに花を咲かせて欲しいと願う、女性として。